添乗報告記●ブータン最大の祭 パロ・ツェチュ祭とホームステイ8日間(2013年3月)

添乗ツアー名 ●ブータン最大の祭 パロ・ツェチュ祭とホームステイ8日間
2013年3月23日~3月30日
文・写真●川上哲朗(東京本社)

パロ空港に着陸が許されるパイロットは少ない。

山間部という特殊な立地条件により雲やガスがかかり易く、谷からの強風が吹き荒れるため、世界的にも難度の高い空港として有名だ。また、2200m以上の高所のため、両翼にかかる揚力やエンジンの出力、着陸時の制動力は大幅に低下する。空港管制がない有視界飛行方式において、これらの繊細な操作は全て操縦士の両腕に任されることになる。そのプレッシャーを克服する精神力、天候や地形に対応する技術力、そして専用のライセンスを取得したエリートパイロットのみが、この空港への着陸を許されるのだ。

機内はほぼ満席の状態。まもなく到着するブータンに興奮を隠せない人、隣の人と楽しそうに会話をする人、少し強張った表情で窓の外を覗く人。皆それぞれ着陸までの僅かなひと時を過ごしている。

着陸態勢に入った120人乗りのジェット機は、のびやかな緑の尾根に繁る針葉樹の松ぼっくりを数えられるほどの低高度で急旋回を繰り返す。パイロットが機体を傾かせると、眼下の田畑は彼方に消え、爽やかな青い空と真夏のような積雲が見えた。ブータンの神様は我々を歓迎してくれたようだ。

今回は「ブータン最大の祭 パロ・ツェチュ祭とホームステイ 8日間」というツアーに同行することとなった。このツアーは風の旅行社でも定番コースであり、詳細な行程などは過去の報告をご覧いただきたい。

2012年の様子「添乗報告記●ブータン最大の祭 パロ・ツェチュ祭とホームステイ 7日間

今回はツアー中に垣間見たブータン人の娯楽や生活をご紹介する。

パロツェチュにて出会った家族

パロツェチュにて出会った家族


市場・食事

我々がブータンへ到着したのは日曜日。ティンプーでは、サブジ(野菜)バザールと呼ばれる市場が開いていた。

サブジ・バザールの様子(ティンプー)

サブジ・バザールの様子(ティンプー)


ここは世界一商売っ気のない市場である。子供達は自由に市場の中を駆け回り、売り子は客が来てもお喋りを止めない。お金持ちの観光客にも馬鹿正直に定価で販売してしまう。こんな仕事で一体いくらの稼ぎになるのだろうか。でも、きっと、それでいいのである。

サブジ・バザールという名前の通り、市場で目を引くのは様々な野菜だ。トマトや玉ねぎ、アスパラに大根など、日本でもお馴染みの食材が山のように積まれている。それもそのはず、ブータン農業の発展に大きく寄与し、国王から「最高に優れた人」を意味する「ダショー」の称号を贈られた、故・西岡京治氏が日本からブータンに持ち込んだ数々の野菜が、今でも現地で栽培されて続けているのだ。

カラフルな野菜。春にトマトが採れるのだろうか

カラフルな野菜。春にトマトが採れるのだろうか



見学する中で特にブータンらしいと感じたのは、大量に売られているトウガラシだ。大きいのや小さいの、青いのや赤いの、生や乾燥させたものなど、幾多の種類を幾多の店で販売している。ブータン人はトウガラシを「野菜」として調理することで有名で、ツアーでもエマダツィと呼ばれるトウガラシのチーズ煮を味わうことができたが、脂分やチーズで辛さが程よく中和されたそれは、明太子にも負けないほど素晴らしいご飯の友であった。辛いものが好きな方はぜひ挑戦してみてもらいたい。

干した唐辛子

干した唐辛子


この市場で買い物をするのはブータン人だけではない。ブータンにはインドから出稼ぎにくる労働者が沢山いるが、食料品などは日曜日にまとめて買出しをするようだ。この日は彼らの姿を頻繁に見かけ、まるで違う国に来たような雰囲気を味わうことができた。


賭け事・遊び

祭の期間中、街の一角には沢山の出店が建ち並ぶ。

ブルーシートで作った即席テント村の軒先には、インドから来たと思われる洋服や靴、玩具や食料品など、色彩豊かなモノが溢れかえっている。

特に人だかりが多い小屋では、男達がギャンブルをしている様子であった。ルーレットのような道具は、回転する円盤が4分割されており、玉がどのマスに止まるかを賭けているらしい。それぞれのマスはBHUTAN・PAKISTAN・CHINA・INDIAと書かれてあり、大の男が「ブータン!ブータン!ブーターン!!」などと必死に国名を叫んでいるのは、とてもユニークな光景であった。どこの国でもギャンブラーは必死である。

ルーレットのような遊び

ルーレットのような遊び



ルーレットの隣ではダーツのようなものを投げていた。これは非常に簡単な遊びで、ルールはほぼ、縁日の「輪投げ」と同じだ。しかし、かなり離れた場所から投げ、かつ的も大変小さいため、狙ったところに的中させるにはかなりの練習が必要だと思われる。


近年、ディスコなどの遊び場も誕生したブータンだが、まだまだ盛り場とよべるような繁華街はない(当然、女の子がいる店もない)。そこで、遊び盛りの男達はどこかの穴ぐらに集まり、ちょっと一杯引っ掛けながらサイコロ賭博に励む。ブータンにおいてギャンブルはご法度でないらしく、ティンプーのバーでは若い警察官も一緒になって楽しむ姿を目撃した。いずれも「丁々発止とやり合う」感じではなく、始終和やかな雰囲気だったのが印象的である。


映画・テレビ

ブータン人は映画好きである。ティンプーやパロの市街には映画館があり、カップル達のデートコースになっているらしい。また、祭の出店にも大型のテントに暗幕を張った簡易映画館があり、中ではブータンの国産映画を放映しているようであった。入り口には料金を回収する係員が待ち受けているが、子供達は逃げ隠れしつつ隙間から内部を覗いている。

サブガイドのツェテンから聞きとった、GOODBYE GALEMという映画のストーリーを要約してみる。

「ある寺の僧侶が妊娠の知らせを聞き、遠く離れた彼女の元へ向かう。しかし、そこで彼が目にしたものは、両親に結婚を反対され自死を選択した彼女の姿だった。悲しむ彼もまた後を追い、荼毘の炎に飛び込んでしまう。」

結局二人とも死んでしまうという救いようのない話なのだが、チベット仏教において僧侶の密通はタブーである。あえてそれを犯す映画が流行るという事は、ブータン人の考え方の変化をも表しているのかもしれない。ちなみにこの映画、最後には来世で再び出会うというオチがつくらしい。きっと、この簡素な映画館の中では、大勢のブータン人が涙している事だろう。

映画『GOOD BYE GALEM』の広告

映画『GOOD BYE GALEM』の広告



一方、ブータンでテレビ放送が開始されたのは1999年のこと。一説によると、世界で最も遅くテレビが導入された国ということだ。今でこそケーブルテレビで様々なチャンネルを視聴することができるようになったが、現在でもその多くはヒンドゥー語のインド番組だ。今回、ブータンで製作されたテレビドラマを見る機会があったので、その一部を紹介したい。

「舞台はブータンの片田舎。喧嘩でもしたのだろうか。人気のない道を歩くカップルに、なにやら不穏な空気が漂う。突然泣き出してしまった彼女に、彼氏が優しくハンカチを差し出す。」

言葉が分からなくても、シリアスな雰囲気に感じ入っていた私だったのだが、続いての場面で軽いカルチャーショックを受けてしまう。

「彼女が大きな音を立てて鼻をかみ、そのハンカチを洗いもせず彼氏に返す。ハンカチを受け取った彼氏は、鼻水まみれのそれを自分のポケットにしまう。」

日本であれば「そっと涙を拭う」くらいの控えめな演技にする所だが、ブータン人はこれで違和感を覚えないのだろう。ブータン女性とお付き合いをしたいなら、骨の髄から鼻水まで愛さないといけないようだ。


動物

ブータンの街には野良犬が多い。特にティンプーでは増えすぎてしまい大変困惑していると聞く。しかし、虫の殺生すら嫌うといわれるチベット仏教徒において、動物を捕らえ処分してしまうなど考えにも及ばないことであろう。過去には施設に囲ったこともあったようだが、ストレスを溜めた犬同士が喧嘩をし、何頭かが死んでしまうという事件があった。ブータン人はそれに気を痛め、現在ではほぼ野放し状態にしているらしい。そんな経緯を知ってか知らずか、ブータンの犬は本当にのんびりとしている。日中はまず動いている姿を見ることがない。まるで上野動物園のパンダである。

ティンプーの野良犬

ティンプーの野良犬


きっと私は疲れていたのだろう。そんな野良犬を見ていたら、ふと、「輪廻転生があるならば、次はブータンの犬に生まれたい」と思ってしまった。お客様にその話をしたら、次から寝ている犬を見かけるたびに、「あ、また川上さんがサボってる!」と言われるようになったのには苦笑するしかなかったが・・・。

また、寺院では猫も多く見かける。愛想のない猫が多かったが、きっといい餌を貰っているのだろう、毛並みの良いものが多かった。

ブータンは動物にとっても幸せな国なのだ。

どの国にも沢山の庶民が仕事をし、遊び、一生を過ごしている。国王やGNHなどマクロな話題が報道されがちなブータンだが、もっと低い目線で旅行をすると、また新しい発見が待っているのかもしれない。