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花嫁の来た道 −貴州・西江村〜開覚村のショート・ハイキング−

 
開覚村

開覚村に到着 静かな村でした


裏山への道

西江の村の中心から山の斜面を埋め尽くすように建つ高床式の住居群。その間を縫うように人がやっとすれ違える程度の幅の階段が続いている。峠の向こうの開覚村は、歩いて1時間半ほどところにある。道案内してくれることになった李さんの後ろをついて歩く。李さんは軽装。女性なのだが、その軽やかな足取りに坂道は歩きなれているように思われた。「西江にきれいな道路ができるまでは、この道は隣村の市場に行ったり、買い物を担いで帰ってくる、にぎやかな道だったのよ」と話をしてくれる。道はしばらくはセメントで固められていて雨の日でも歩きやすくなっているが、人通りはまばら。昨夜がお祭りがあったとのことで、お祝いの豚肉を天秤棒で担いで村へと急ぐ人や農具をかかえて田畑へ向かう人が少しいる程度。

西江村から田畑へ向かうの農家の人たち

西江村から田畑へ向かうの農家の人たち


小さな祠

 村のはずれに来た頃、小さな少し古びた祠があった。「これは何ですか?」と聞くと、いきなり「指をさしちゃだめ。大事な神様だから!」とぴしゃり。小さなころ親から同じように言われたのだろうか。信仰心の薄い日本人には驚くほど神様を身近に感じているようだ。

 棚田が見えてきた。振り返ると西江の町並みが下のほうに見える。農具を担いだ村人に追い抜かれる。田んぼに行くのに毎日この坂を登っているのだ。


結納の儀

開覚村

峠からは、棚田の向こうにうっすら開覚村が見えた


 峠に着いた。「あれが開覚村よ」。李さんが指をさすほうを見る。斜面に木造の家が数軒見える。

 「あの村から嫁いできたの。もう10年以上前だけど。そのときはこの道を歩いて来たのよ。親族が長い行列を作って、この道を向こう(開覚村)から歩いてきたわ。それで、旦那さんとその親族一行は、ちょうどあのあたりで私たち一行を迎えに来れたの。」

 李さんが腕を伸ばす方法には、あぜ道が続いているのだが、指先が指し示すあたりで、ちょうど人が行き交えるほどにあぜ道の道幅が少し広くなっている。

 「あそこで両家が、それぞれの村から来て出会うことになるの。そして、新郎新婦両家総勢50名くらいが、もち米で造った酒や豚肉やお餅を食べて祝うのね。すると、私の父は、『まだこの子は若いから嫁にはやらない、結納金は要らないから、娘を返してくれ』と嫁入りを拒みだしたの。そうすると、先方は、『いやいや、そういわずに、大事にするからどうか嫁に下され』なんて言って頑なな父をなだめて私を西江に連れて行こうと・・・。でも、これは、ひとつの儀式でけんかではないのよ。ミャオの結婚にはそんな習慣があるの。」と教えてくれた。やはり、お嫁さんは大事に迎えられたのだ。

 峠を下って、李さんが家族と分かれたという場所に着く。何の印も飾りもない、ほんの狭い空間だが、車道が出来るまで何組もの結納の儀礼がここで執り行われたことでしょう。

ミャオ族の「婚障(結婚を妨げる)の儀」

農民画家でもある李さんの旦那さんが書いたミャオ族の「婚障(結婚を妨げる)の儀」


願掛け

開覚村の入り口付近にあった木に結び付けられたおまじない

開覚村の入り口付近にあった

木に結び付けられたおまじない

 森を出て、李さんの実家のある開覚村に入るすぐ手前の木に日本では神木につける目印のようなものがくくりつけてあった。聞くところでは、子供が病気になったときする願掛けだそうだ。小さな山あいの村で子孫の誕生・成長は何にもまして望まれたことだろう。ミャオ族はその綺麗な刺繍でも有名だ。子供を背負うおんぶひもの頭あてに施される手の込んだ刺繍にも、その愛情が表れている。


花嫁の来た道は、ミャオの人たちの温かい愛情を再確認する小さな旅となった。