添乗報告記●いにしえのミャンマーと出会う旅8日間(2013年12月)

四輪駆動車で川を渡る

四輪駆動車で川を渡る

コース名:いにしえのミャンマーと出会う旅8日間

2013年12月28日~2014年1月4日

文●鈴木 雅子

ミャンマーのチン州を訪れるツアーに添乗しました。チン州はインドの国境に近いミャンマー西部にあり、深い山々が連なる山岳地帯です。一昨年まで外国人の入域が制限されていました。交通が極めて不便な地域ですが、それゆえに、古い伝統が残されているのがこの地の魅力となっています。


チン州への道のりは、まず首都ヤンゴンに入り、次に国内線で仏教遺跡で有名なバガンへ。そしてバガンから四輪駆動車に乗りダート道を走ること6~7時間でチン州の州都ミンダに到着。ガタガタの悪路、砂ボコリ、車で川を渡ったりなど、移動だけでもなかなか大変です。


古い伝統が残るチャードー村へ


真の辺境地 チャドー村

真の辺境地 チャドー村

チン州到着後、最初に訪れたのはこの旅のハイライトの1つ、チャドー村。村にはまだ電気も車道も通っておらず、携帯の電波が繋がらない、本当の辺境です。ミンダからさらにクネクネ・ガタガタの悪路を四輪駆動車で進んだ後、約1時間のトレッキングをしてやっと到着です。この村にはムンチン族という民族が住んでいます。この周辺で一番大きな村で、おおよそ100戸ほどが家があります。家は高床式で、屋根は古い家は藁葺、新しい家はトタン、壁は竹を編み込んでできています。平地はほぼなく、家は驚くような山の斜面に建てられているので、家が「清水の舞台」の様に谷側に飛び出していて、家を支える細くて曲がった柱を見ると、ちょっと心配になってしまいます。村の生活はもちろん自給自足。村には生活雑貨を売るお店さえないそうです。この日は多くの村人が家の庭や軒先で穀物を足でつぶして脱穀をしたり、臼でとうもろこしをつぶしたりなどの作業をしていました。


急斜面に建てられた家

急斜面に建てられた家

とうもろこしを臼でつぶす

とうもろこしを臼でつぶす


石引の儀式


大きな石は富の象徴

大きな石は富の象徴

村を散策していると、家の前に石で出来たテーブルの様なものが置いてあるのに気がつきます。この大きな石は「石引き」という儀式の際に村人が山の麓からなんと人力で引き上げた物だそうです。この儀式は男性が村人から一人前と認められるための、言わば「男の晴れ舞台」。村ではなく家ごとに主催されますが、主催する家は手伝ってくれた村人たちに牛の肉などの食べ物や酒を振る舞わなければならず、石が大きいほど人手や日数が必要なので、大きな石は富の象徴なのだそうです。運ばれた石は墓として使われ、石の下には遺灰が埋まっています。

牛を繋いでおくY字ポール

牛を繋いでおくY字ポール

その脇にY字型をした木製のポールが並んでいます。これは儀式の際に人々に振る舞うために捕まえた牛を繋いでおくための物。牛は山の中で放し飼いにしておりほとんど野生なので、捕まえる時は非常に危険なんだとか。


家に飾られた牛の頭蓋骨

家に飾られた牛の頭蓋骨

さらに、家の軒先には牛などの動物の頭蓋骨がズラッと飾られていて、ちょっとギョっとしてしまいました。これは儀式の際に屠った動物の物だそうで、数が多いほど裕福ということになり、石と同じ様に富の象徴です。チン族伝統のアミニズムには、これらの動物は死後も自分の財産になるという信仰があるそうです。数が多いほどあの世での暮らしが豊かになるのですから、人々は儀式のたびに喜んで牛を屠ったのでしょう。ただ、今ではこの石引の儀式は行われなくなってきているそうです。


女性の刺青


刺青をしたムンチン族の女性

刺青をしたムンチン族の女性

村で顔に刺青をしている女性に出会いました。顔の中心に縦の線が、頬には半円を繋いだような絵が描かれています。一説によると、チンではその昔部族間の抗争が激しく、略奪の対象となる女性は他の民族に醜いと感じさせるために顔に刺青をするようになったそうです。そのため民族によっても刺青の模様は違うのだとか。私の出会った刺青をしたその女性は堂々としていて、どこか誇らしげに見えました。魔よけやオシャレの意味もあるのではないでしょうか。なお、現在は政府が刺青を禁止しており、刺青をしているのは年配の女性がほとんどです。


聖山「ヴィクトリア山」へトレッキング


登山道はとてもゆるやか

登山道はとてもゆるやか

頂上でまばゆく光る黄金のパコダ

頂上でまばゆく光る黄金のパコダ


チン州のもう1つのハイライトはチンの人々に聖山として崇められている「ヴィクトリア山」へのトレッキング。標高3,109mチン州の最高峰です。頂上付近まで樹木に覆われ、多くの鳥類や野生動物が生息しており、一帯は国立公園に指定されています。緩やかな道をゆっくりと3時間ほど歩くと山頂に到着です。この日は快晴で日差しが暖かく、快適に歩くことができました。山頂には黄金のパコダ(仏塔)が立っていて、雲の無い青空にパゴダがまぶしく輝いて見えました。また、眼下には一面の雲海が広がり、美しい景観を見せてくれました。


変わり行く信仰と伝統


小さな村にも教会が

小さな村にも教会が

州都ミンダで托鉢をするお坊さん

州都ミンダで托鉢をするお坊さん


ミャンマーでは一般的に上座部仏教が広く信仰されていますが、チン州ではキリスト教が浸透しています。ただ、チャドー村の様な交通の不便な山奥では昔からのアニミズム信仰が根強く残り、シャーマンもいます。チン族の伝統である石引きの儀式や家に飾られた動物の頭蓋骨、女性の刺青などは、どれも呪術的な匂いを感じます。

ただし、最近シャーマンは非常に少数になっているようです。その一方、非常に小さな村や山奥のチャドー村でさえ、教会があります。さらに政府は仏教を広めようとしています。キリスト教では刺青など体に傷をつける行為、仏教では動物を殺す行為は禁忌です。その影響があるかは分かりませんが、実際に女性の刺青や動物を殺す石引きの儀式は段々と行われなくなってきています。今後、チン族の伝統や信仰がどのように変化していくのか、気になるところです。


チンの人々の笑顔


チャドー村で出会った子供たち

チャドー村で出会った子供たち

チン州を訪れて、もちろんその独自の文化はとても印象深かったのですが、最後に心に残ったのはこの地に住む人々の笑顔かもしれません。みんな素朴でとてもシャイです。カメラを向けると最初は恥かしがりますが、次第に近づいてきて笑顔を向けてくれるようになり、表裏の無い純粋な笑顔に癒されました。これも、悪路を長時間移動したり、トレッキングをしたり、ハードな行程を進んできたからこそ。外国人に開かれたばかりのチン州では人々の笑顔も大きな魅力のひとつに違いありません。