特別記事

ペルーのんびり自転車旅行記 アンデスでインカの末裔たちに出会う!

 

文・写真●丹羽 隆志

氷河を抱くアンデスの山並みを仰ぎ見ながら走る
氷河を抱くアンデスの山並みを仰ぎ見ながら走る

いにしえの交易路 インカ古道ダウンヒル

自転車ペルー地図
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ランドクルーザーが乾いた谷を上り、やがて紺碧の空が大きく広がってくる。谷底から上がってきた証だ。高度計は4,000mを越えている。はるか遠くの対岸に目をやると、か細い道が、谷の中腹にへばりついている。それがインカ古道だ。
標高4,300mの峠で、クルマからマウンテンバイクを降ろし、下り始める。紺碧の空の色に突き刺さるように、5,770mのサワシライ山がそびえ、静けさの中にタイヤが乾いた路面をグリップする音だけが聞こえる。
ボクは1986年より、ほぼ毎年チベット高原を訪れている。インカ古道はそのチベットの標高4,000mオーバーの森林限界を超えた風景にそっくり。違うことといえば、ヤク(チベット牛)ではなく、アルパカが放牧されていることくらいか。
マウンテンバイクで轍を残している道は、インカ帝国の首都クスコから、アマゾン方面へと延ばされた交易路。その道は看板も何もなく、さりげない。インカ帝国については諸説あるが、およそ13世紀に成立し、1532年にスペインによって滅ぼされた。最盛期の人口は1000万人、その範囲は今のエクアドルからチリまでと推定されている。その統治を支えたのが、今にいうインカ古道だ。
道には水切りの溝があり、それなりにテクニカルだ。
5歳くらいの遊牧民の少女とすれ違う。
「オーラ(やあ)」
とスペイン語で声をかけると、照れくさそうに笑った。遊牧民たちはスペイン語ではなく、彼らが征服される前から話してきたケチュア語を常用している。インカの末裔だ。ガイドは片言のケチュア語でコミュニケーションしてくれる。これから彼女は、山の上に放してある羊を集めにいくのだそうだ。
途中、徒歩の3人を追い抜く。彼らはボクたちが下りだした峠の向こうの村を、明け方に出発し、MTBのゴールであるカルカで買出しをして、その日のうちにまた村に戻るという。ボクたちが休憩しているうちに彼らに追い抜かれ、その後、姿を見ることがなかった。なんという健脚だ。標高4,000mの世界にも、さまざまな生活があるところはチベットと同じだ。
標高が3,000m台になると、低木が現れ、やがて森となる。走り出したところでは、細い湧き水だったのが、沢となって力強く流れている。
長袖が暑く感じられるようになると、やがてクルマが通れる幅の道に合流。さらに駆け下っていくと、ゴールの町・カルカに辿り着いた。標高は2,928m。南緯14度あたりなので、標高さえ下げれば亜熱帯の雰囲気になる。沖縄でよく見かける花、ブーゲンビリアが町のあちこちに咲いていた。

アンデスの懐に抱かれて村人との出会いを楽しむ

自転車だからこんな出会いも見逃さない
自転車だからこんな出会いも見逃さない

「聖なる谷」とは、南米大陸を横断して流れるアマゾン川の最上流部となるウルバンバ川に沿った谷のこと。周辺にはマチュピチュに代表されるインカ時代の遺跡が多く残っているので、そんなふうに呼ばれている。
この川の流れに平行する形で丘が続いている。ジャガイモ畑が続くそこは、旅行者が目的地として行くようなところではないが、自転車で行くにはとっても魅力的なところだ。
その丘の上の方までサポートカーで上り、そして積んでいた自転車を下ろして走り始める。
大きくうねる大地の向こうに、氷河を抱いたアンデスの山並みが連なっている。
「オーラ(やあ!)」
羊を追う子供たちは、はにかみながら手を振る。自転車に乗っていると、通りすがりの人が親しみを感じてくれるのがわかる。ニッポンから見て地球の裏側までやってきてよかったと実感するときだ。
ボクが走った8月下旬は、ジャガイモの収穫が終わった頃。もう少し早ければ畑の作物の違いによって、丘全体がパッチワークのようになるらしい。また5~7月の収穫の頃には、採れたジャガイモを畑の脇で茹でているとか。現地の自転車ガイドがいうには、とれたてのジャガイモをごちそうになるのがうまいんだとか! そんなときにも再訪してみたい。

バザールで声が掛かることも
バザールで声が掛かることも

さらに走っていくと、遠く丘の向こうに、町らしきものが見えてきた。風景が大きすぎるので、日本的な距離感がまったく役に立たないが、恐らく4~5kmだと思う。歩きでは一苦労の距離だろうが、自転車であれば問題ない。少しずつ町が近づいてくると、すれ違う徒歩の人、ロバを連れた人などが増え「オーラ!」を連発する。町はちょうど市が立つ日で、村人たちが生活雑貨や食料品などを並べている。赤を基本とした民族衣装を身に纏い、聞けばそれぞれの村ごとにデザインがあるとか。自転車を携えて市をのぞいていると「どこから来たの?」「どこまで行くの?」と何気ない会話に花が咲く。正直なところ、スペイン語は初めてのボクでも、このくらいの言葉を人と出会うごとに繰り返していれば、なんとなく覚えるものだ。
「ペルーのサイクリングはいいですよ!」
というと、多くの人は「なんだかキツそう・・・」と思ってしまうようだ。でも
「自転車で観光するんですよ」
というと、
「え? それなに?!」
と、興味を持って聞いてくる。
アンデスを走る、となると、大ごとのようだけれど、出会いのある旅の手段としての自転車、と考えてみたらどうだろうか? 自転車というのは、二本の足の延長だと思ってもらいたい。それがあれば畑の中の農作業の道も、川沿いに続く道も、村々を結ぶ道も、それぞれが魅力的なフィールドとなる。自動車やトラックなどが頻繁に行き来するわけではなく、そして山坂が激しくないところ。そんなところであれば有名な観光地でなくていい。いやむしろ、そうでないほうがいい。地元の人たちが普通に暮らすところにきっと素晴らしい出会いがあるのだ。

1日に走る距離は20~30kmほど。スポーツサイクルは息が切れないくらいの運動強度で平地を走ったときは、時速15~20km程度で走れるように設計されている。標高が高いこともあって、さらにのんびり走って時速10kmとしよう。すると20~30kmという距離は、走り続ければ2~3時間で終わってしまう距離だ。それを休憩を交えながら、1日かけて走る。いかにのんびりかが分かると思う。
アメリカ人グループに出会ったが、彼らはわき目もふらず、距離を稼ぐ。北米やヨーロッパでは、自転車はスポーツとして定着している。彼らのように必死にペダリングをして、カラダ全体でアンデスを感じるのもありだ。でも、歩きよりも長い時間行動しやすく、長い距離を移動できることの強みを生かして、いろいろな出会いを楽しむような自転車の旅もあっていい。挨拶を交わす村人の数が、他の旅の手段と比べて、圧倒的に多いのが、自転車ではないかと思ったりもする。
市の立つ町を後にして、さらに広大な丘の上に昼がる畑の中の道を行く。聖なる谷を挟んだ向こう側に、アンデスの雪山が見えている。インカ時代の農業実験場として知られるモライから、谷一面が白く輝く塩田のマラスへと下る。こうしてウルバンバ川沿いまで下ったところでサポートカーと落ち合ってゴールとした。南米大陸を横断し、やがては大西洋に注ぐこの川の水を頭から被ってクールダウン。近くの商店に飛び込み、インカコーラかクスケーニャという地元のビールで乾杯すれば、その日の旅の最高の締めくくりになるに違いない。

風通信」33号(2008年3月発行)より転載