人々の往来を止めてはならない

4月4日、知人が働く旅行会社が倒産したとネットのニュースで報じられた。従業員7人ほどの小さな会社だったし、突然の倒産でお客様が成田空港でほったらかしになるなどということもなく静かに営業を停止したから、通常なら一般のマスコミで報じられるようなことはない。にもかかわらず、何故かニュースになった。理由は、その会社がインド、中東を中心にツアーを販売していたからだ。マスコミは、「IS」のテロの影響がこんなところにも出ていると報じたかったのだろう。
心配されたエボラ出血熱がようやく沈静化し始めてほっとしていたのに、年明け早々のパリのテロ事件が起き、その後もテロ事件が続いている。ケニアの大学襲撃事件に至っては常軌を逸しているとしかいいようがない。

私たち、海外旅行を扱う旅行会社にとってこうしたテロの影響は計り知れない。大手旅行会社は、売上げの約7割が国内旅行だから意外と影響は少ないそうだが、都市部の中小の旅行会社は海外旅行専門店が多いから、もろにパンチを食らう。弊社もまさにそのひとつである。
今、各社は、このような状況の中で海外ツアーを実施するか否か判断に苦しんでいるはずだ。「え?ツアーを行っていいかどうかは、国が決めるんじゃないの?」と思われるかもしれないが、現在は、旅行会社の判断で決めることになっている。
実は、2001年の9.11米国同時多発テロまでは、外務省の海外危険情報がレベル2(現在の「渡航の是非を検討」に相当)以上はツアーを実施してはならないという国の通達があったのだが、危険情報が出ていなかったアメリカでこうしたテロ事件が起きたことを受けて、自分たちの責任で決めなさいということになった。即ち、外務省が出している海外危険情報は目安に過ぎず、すべては自己責任で決めろというわけである。国は責任を放棄するのかと批判されたりもしたが、本来的には自己責任に委ねるべきものだと私は思う。しかし、実際は、「渡航の是非を検討」が出ると、ツアーを行わない会社が多いから以前とあまり変わっていない。自己責任といいながら暗黙の了解で「通達」は活きている。

ところが、かつてのレベル1に相当する「注意喚起」しかでていなかったチュニジアで、テロ事件が起きて日本人の犠牲者も出たことを受けて「注意喚起」でもツアーを実施するか否かを再考すべしと観光庁長官が言い出した。長官は、どこの国・地域に注意喚起が出されているかご存知なのだろうか。アフリカ、中東だけではない。日本の隣国であるアジアの多くの国々にも出されている。フィリピン、カンボジア、ラオス、ミャンマー、インドネシア、インド、バングラデシュ、ネパール、中国西部などなどである。そもそもこの危険情報が何を根拠に出されているのかもよく解らない。パリであんなテロがあっても危険情報は出されなかったが、チュニスのバルド国立博物館でテロが起きれば即座に「渡航の是非を検討」が出された。こんな出され方をするとヨーロッパは本当に安全なのかと文句の一つもいいたくなる。どうも先進国とそれ以外で色分けされているような気がしてならない。話を元に戻すが、こういう困難な状況だからこそ、人々の往来を止めてはならない。すべてが危険だというような言い方は慎まれたほうがよかろう。
また、日本旅行業協会(JATA)は国の要請を受けて最も危険度が高い「退避勧告」が出されている国・地域への航空券の手配などの手配旅行を行わないことを申し合わせたが、航空会社には何の制限もかけていないのに旅行会社だけがやっても意味がない。第一、日本中の旅行会社にこうした手配旅行を禁止することなど実際上は不可能である。
国が、中途半端に口を出すのは感心しない。「世界情勢が変化し、国が窮地に立たされるような場合がおきているので、場合によっては国の責任で日本人の渡航を禁止する」というならそう明確化すべきだ。

それにしても、イラク戦争が、21世紀をこんなにも困難な世紀にするとは予想できなかった。「IS」もイラク戦争なくして生まれていないといわれている。米国はもちろん、イラク戦争を支持した日本の責任も大きい。
人間の歴史には数多くの愚行・蛮行が刻まれてきた。新大陸を発見し疫病と銃で原住民を殺しつくしてしまったこともあれば、第一次、二次の世界大戦だけでも何千万人もの人々が死んでいる。開高健は「最後の晩餐」にアウシュビッツのことを書いているが、その実態たるや実におぞましい。歴史上のどんな蛮行も正当化されることは決してない。否、あってはならない。
一方で、キューバのニュースは、どんなに衝突しても和解できる可能性があることを示してくれた。もちろん、あのキューバ革命が、まさかこういう形で「終息」するとは思わなかった方も多いだろう。時代とはこんなにも大きく変化するものなのかと驚くと同時にそれが希望でもあると思える。

現在起きている衝突も、今は到底終わりそうもないと感じるが、いつか和解を迎えるときがくるだろう。蛮行を振るわんがための組織が長続きするはずがない。しかし、それまでには多くの時間が必要だろう。人間の智恵が、その時間をより短くしてくれることを願うばかりである。
弊社は、従来から現地と状況を確認しながら安全を確保する努力を怠らず、お客様にも十分状況お伝えした上でツアーを実施してきた。今後も、それは変わらない。
繰り返しになるが、人々の往来を止めてはならない。何故なら、平和を実現していくには人と人が相互に理解し合い笑顔で接することが不可欠だと思うからだ。そのために、私たちは尽力していこうと思う。

※風の季節便(2015年夏〜秋号)より転載

シェアする