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小川 康のヒマラヤの宝探し

第78回●ンゴティン ~佐渡島の宿題~

 2010 年 9 月 1 日 水曜日        小川 康   カテゴリー » 小川康のヒマラヤの宝探し,
tibet_ogawa078_1ンゴティン(日本名:アキカラマツ)

小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

さぞかし小さい頃から薬草に興味を持っていたのだろうと思われがちだが、実は23歳のときからだったと告白してしまうと自分の株を下げてしまうことになるだろうか。

17年前、23歳の僕は佐渡島の自然学園で指導員として働いていた。都会の子供たちが山村留学と称して1年間、寄宿舎生活を行い、その面倒を見ることが主な仕事。しかし、自分の高邁な理想とは裏腹に何の魅力も感じさせてあげられない無力さに打ちひしがれることになる。目の前が砂浜なのに水泳は根っから苦手で、工作や木工も苦手ときている。そんな時に、ふと浮かび上がってきたのが「薬草」というキーワードだった。薬剤師として薬草を学ぼう、と思いたち早速、海岸線に咲く花を観察しに出かけたのを今でもはっきりと覚えている。初秋の頃合だったろうか。 (続きを読む…)

第77回●ドマ ~ブータンの嗜好品~

 2010 年 8 月 21 日 土曜日        小川 康   カテゴリー » 小川康のヒマラヤの宝探し,

小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

tibet_ogawa077_1ドマ

ブータン薬草探検ツアーの3日目、いよいよナンビ・メンカンを訪れる日である。ナンビは仏教、メンカンは病院を意味しており、仏教病院すなわち伝統医学院と日本語では紹介されている。その名に相応しく施設はすべてブータンの伝統建築様式で建てられており期待が膨らむ。朝9時半に到着すると早速、旧知のサンポ先生(第70話参)が“人の良さ丸出し”の笑顔で風の一行を出迎えてくれた。
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第76回●ターキン ~進・・まないぞ!ブータン薬草発見隊~

 2010 年 8 月 4 日 水曜日        小川 康   カテゴリー » 小川康のヒマラヤの宝探し,

小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

tibet_ogawa076_1ターキン
普段はのんびりしているが、実は走ると速いらしい。ティンプーの動物園にて撮影

風の旅行社の重要な命を受け、我々「風の薬草発見隊」は7月18日、薬草の王国ブータンに降り立った。(『アムチ小川同行!ブータン薬草を見る、聞く、探す8日間』ツアー参)「国花・ヒマラヤの青いケシ」はもはや使い古された宣伝文句となりつつある。ここは風のオリジナル薬草を発見しブータンツアーの新境地を切り開かねばなるまい。

お任せください。なにしろ隊長はチベット文化圏以外の外国人で初めてのチベット医となったアムチ小川。そして隊員1号はチベット文化圏以外の外国人で初めてのセイタカダイオウに成りたいと願うAさん。2号はブータンのマンホールに魅力を感じるなど異次元の着眼点を持つBさん。そして3号はバリバリの植物専門家、隊長の立場を脅かすCさん。
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第75回●チュツァ ~酸っぱい思い出~

 2010 年 7 月 16 日 金曜日        小川 康   カテゴリー » 小川康のヒマラヤの宝探し,

小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

tibet_ogawa075_1アムチ薬房裏の畑のチュツァ(ルバーブ)

小諸・アムチ薬房の裏の畑でルバーブ(タデ科)が大きな葉を広げた。「6月が採りごろよ」と知人に促されて真っ赤な茎を採取し、早速、ルバーブジャムを作ってもらった。しかし、僅かな躊躇の後にジャムを口にした瞬間、その酸味によってルバーブはチベット語でチュツァ、ジャムは強制労働へと脳のシナプス回路が接続され、かすかな頭痛に襲われてしまった。すなわち、チュツァ強制労働。
「ルバーブが口に合わなかったの?」と心配してくれる知人に「いや、大丈夫です」と無理な笑顔で答えると窓の外のカラマツ林を眺めながら遠い昔の郷愁を呼び起こした。あれは4年前、確か安部さんが首相に就任し、僕がまだメンツィーカンの4年生だった2006年の夏のことだったろうか…。 (続きを読む…)

第74回●タルシン ~桑の実ジャム~

 2010 年 6 月 29 日 火曜日        小川 康   カテゴリー » 小川康のヒマラヤの宝探し,

小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

tibet_ogawa074_1桑の実

ふとしたことから神の国に紛れ込んでしまった千尋。突然、体が透明になりはじめ、いまにも消えそうになったとき、ハクという男が助けてくれた。「この丸薬を飲むんだ。この国のものを食べればお前は消えずにすむ。さあ、早く」

『千と千尋の神隠し(宮崎駿監督)』の冒頭の一場面を思い浮かべながら、僕は家の脇に生えている桑の実を採って口に頬張った。土地のものを口にすると、きっとその土地に受け入れてもらえるような気がする。小諸の街に受け入れてもらうために、まず僕は桑の実を採ってジャムにし、庭に生えているヨモギを摘んで草餅を作って体に取りこんだ。 (続きを読む…)

第73回●チャワ ~薬の物語り~

 2010 年 6 月 15 日 火曜日        小川 康   カテゴリー » 小川康のヒマラヤの宝探し,

小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

tibet_ogawa073_1アムチ薬房の畑のチャワ(当帰)

越中富山の配置薬業をはじめて1年が経過した。もともと薬剤師であったとはいえ、生まれてはじめての自営業は右も左も分からない新入生と同じである。仕入れの方法から帳簿の付け方、さらには自己管理も含めて戸惑うことばかり。「地域医療に貢献したい」そんな高邁な思想は得てして現実という大きな壁に当たってしまうもの。正直なところ現代においては病院の医療保険が充実し、ドラッグストアが夜遅くまで営業し、なによりも車社会になったことで配置薬の絶対的な必要性はあまり実感できないのが本音である。 (続きを読む…)

第72回●ロッ・シ・ソン ~停電になっちゃった~

 2010 年 5 月 24 日 月曜日        小川 康   カテゴリー » 小川康のヒマラヤの宝探し,

小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

tibet_ogawa072_1ネチュン寺での読経風景

5月2日からのダラムサラ・ツアー中、声明を聴きたいというお客さんのご要望にお応えして夕方の6時半から始まるネチュン寺(第57話参)の読経に参列させていただいた。お寺ではわずか8人ほどのお坊さんが、その名の通りネ(場所)チュン(小さな)に整列して読経が始まる。と、10分ほど経過したあたりで突然、停電になり暗闇に覆われてしまった。随分、減ったとはいえインドでは停電は日常的な一コマ。それでも読経は暗闇の中で一瞬たりとも滞ることなく進められていく。医学にしろ仏教にしろチベットの学問は暗誦が基本であるから電気が消えてもまったく動じることはないのである。 (続きを読む…)

第71回●チャク ~鉄は柔らかい~

 2010 年 5 月 7 日 金曜日        小川 康   カテゴリー » 小川康のヒマラヤの宝探し,

小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

tibet_ogawa071_1

眼の前で一本の鉄棒が瞬く間に葉っぱのペンダントに生まれ変わっていく。「鉄ってねー、柔らかいんだよ。ほら、もうフニャフニャになったでしょ」軽妙なトークを交えつつもハンマーを持つ手が勝手に動いているあたりに、鉄彫刻この道40年の歳月を感じ取ることができる。眼の前で当たり前のようにやって見せること、これに勝る信頼はない。

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第70回●ドゥクユル ~ブータン伝統医学院~

 2010 年 4 月 19 日 月曜日        小川 康   カテゴリー » 小川康のヒマラヤの宝探し,

小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

tibet_ogawa070_1ブータン伝統医学院で行われた講演会にて

小学生4年生のとき社会科の授業中、世界地図を指差しながら「おい、みんな見ろよ。ブータンて変な名前の国があるぞ」と大声でクラスの笑いを誘ったのを覚えている。

それから20年後の2002年、メンツィカンに入学して間もないころ、突然、柔和な顔をしたおじさんが話しかけてきた。
「クズザンポー(こんにちは)。日本の方ですか。私はブータン伝統医学院から製薬の研修にきたサンポと申します。ブータン(チベット語でドゥクユル)の橋や道路はほとんど日本の支援で作られました。本当に感謝です」 (続きを読む…)

第69回●メンペー・ヘンゾム ~アムチ合同会議~

 2010 年 4 月 1 日 木曜日        小川 康   カテゴリー » 小川康のヒマラヤの宝探し,

小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

tibet_ogawa069_1アムチ合同会議の休憩時間

『シュクドゥ・アムチ・タラ・ション/ギューシ・アムチ・ニンマ・ラ・ドゥ』
(意:世襲アムチは馬に乗って先に進んでいき、教典アムチは日向ぼっこでのんびりしている)

こんな自虐的な諺が同級生の間で流行したことがある。世襲アムチ、つまり地域に根ざす代々チベット医の家系では、教典『四部医典』を突き詰めて学ばないが一子相伝のごとく施術を小さいころから学んでいる。それに対して我々、メンツィカン(チベット医学暦法大学)の学生は重箱の隅を突くごとく教典を学ぶが施術を学ぶ機会は比較すると少ない。 (続きを読む…)