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きぬのみち観光案内所

トユク千仏洞のツボ[SILKROAD]

 2009 年 7 月 29 日 水曜日     八田裕子  カテゴリー » きぬのみち観光案内所,

トユク千仏洞はトルファンの東、火焔山の谷間にあるトユク村というウイグルの村の奥深くに眠るマイナーな千仏洞です。ですが、トユク村に行かれたらぜひここを訪れて頂きたい。今回はトユク千仏洞のおすすめポイントをご紹介します。

◎トユク千仏洞の歴史
トユク千仏洞が作られたのは4世紀中頃からであるとされています。それからイスラム教が伝わってくるまでの間、仏教寺院として使われました。莫高窟よりも開鑿された時期が早く、西から東へと伝わっていった仏教の流れを知るために重要な遺跡です。イスラム化が進み、千仏洞が使われなくなった後、1,900年代はじめに列強の探検家によって再発見されるまでにほとんどが崩れたりして廃墟と化してしまいました。その後も保護されているのは一部だけに留まっています。

◎トユク千仏洞の概要
現存する石窟の数は約94。その中で壁画が部分的に残っているのは8つの窟しかありません。そのうち見学可能なのは3つの窟のみです。石窟は見学の基点となるトユク村から徒歩でしか行くことができません。所要時間は徒歩で片道30分、見学時間は20分程度です。石窟には見学者がいないときは鍵がかかっていますので、見学を希望する場合は、村の入り口で千仏洞を見学する旨を伝え鍵を開けてもらう必要があります。

◆トユク千仏洞のツボ1
「漢字で読み解く千仏洞」
トユク千仏洞の中にはところどころ漢字による記述を見ることができます。それを原文のまま楽しめるのは日本人の特権と言えるでしょう。ただし、読めても意味が分からないこともありますので、小さな辞書を持っていくことをおすすめします。たとえば第4窟には「尸び大王」(びは田偏に比)と書かれています。これを辞書で調べると、しび大王という項目が出てきて、これが釈迦の前世の名前であったことがわかります。鷹に追われた鳩のために自分の肉を割いて鷹に与え、鳩を救った(広辞苑)という釈迦の前世の物語を辞書から知ることができ、壁画に関連した部分が残っていないかを探す手立てになります。
また、第3窟には座禅した僧の姿などとともに「僧知空」の文字。千仏洞を一歩出ればそこはイスラム圏のトルファン地域で、1000年以上前から残るこの美しい三文字に出会うのは、ただならぬ感動があります。窟の中は真っ暗ですので、懐中電灯をお忘れなく。

◆トユク千仏洞のツボ2
「火焔山の峡谷を歩く体験も」
とは言え、石窟の中の文字を調べながら見学するというのは、かなりの労力を強いられる作業です。石窟にあまり興味がなければ、周りを大きく見渡してみて下さい。千仏洞があるのはトユク大峡谷と呼ばれる火焔山の谷間。赤い岩肌に無造作に残る石窟の洞穴。千仏洞の近くを流れる小川にたよって繁茂する緑。ときどき村から来た遊牧の群れに出会うこともあります。実はトユク千仏洞のもうひとつのおすすめはこの環境にあります。
火焔山の観光というと、もっぱら火焔山の碑がたつポイントで写真を撮って終わりですが、トユク千仏洞の周辺では火焔山の皺の間を自分の足で歩き、峡谷を見上げることができます。トユク千仏洞までの峡谷には歩きやすい木道も整備されており、快適に千仏洞までのウォーキングを楽しむことができます。

◆トユク千仏洞のツボ3
「そこはイスラムの聖地」
トユク千仏洞の特異な点はその立地にあります。実はトユク千仏洞のあるトユク村は、今ではイスラムの聖地として新疆では知られているところなのです。村の丘には、トルファンにイスラム教を広めた布教者が突如姿を消した洞穴があり、マザール(墓)として祀られています。参拝のためこの村に遠くやってくるウイグル族も多くいるそうです。イスラムの村の奥深くに眠る仏教遺跡、新疆ウイグル自治区の文化の変遷の縮図がここにあります。


コメント / トラックバック 8 件  

    [コメント]
  1. Daisuke Murakami より:

    八田さんこんにちは。

    チベット・ラサ駐在の村上大輔です。

    二年前、八田さんのおかげで非常に濃い新疆ウイグルの旅
    ができたのを思い出します。 今更ながら、「ただの旅」では
    ありませんでした。 そのとき書き付けたノートを今見たのですが、
    そのときかなりのインスピレーションを得た自分がいます。
    ほんとうにありがとうございました。

    ところで、トユク村でお世話になったご家族のみなさんや、
    歓待してくれたウルムチのみなさんはお元気でしょうか。。
    先日ウルムチに立ち寄った時には、李さんとお電話で会話
    しただけとなってしまいましたが、またお会いしたいです。

    * * *

    トユク千仏洞の近くにある聖者の墓、その洞窟の中、
    ただならぬ雰囲気ですよね。 ちょうどウイグル人巡礼者がそばの
    礼拝堂で祈っていたのですが、僕が日本から来たというと、
    一緒に祈ってくれたのを思い出します。

  2. 八田裕子 より:

    村上さん

    コメントありがとうございます!
    トユク村のあの一家の大黒柱であったおじいちゃんは去年亡くなってしまいましたが、他の皆さんはお元気です。そろそろおじいちゃんの墓参りにも行かないとと思っています。ぜひ村上さんもトユク村にまたいらして下さい。
    夏には葡萄狩りも楽しいです。

    このブログを書いていてひとつ気になったことがあり、ちょうど村上さんにお尋ねしようと思っていたところでした。

    トユク村のマザールのそばには棒が立っていて、そこに巡礼者が持ってきた布を結びつける習慣があります。(願い事をしながら布を結びます)

    新疆の西のキルギスやウズベキスタンではそのような習慣を目にしたことがありません。むしろチベットに行ったときに見たタルチョに同じものを感じます。これはもしや独特の歴史と地理に育まれた新疆イスラム独自の習慣なのでは、と勝手にロマンに感じているのですが、村上さんはどう思われますか?

  3. Daisuke Murakami より:

    そうですか。おじいちゃんは亡くなってしまったのですね、残念です。
    でもトユク村、そしてまだ未踏地の仏教石窟にはぜひ行ってみたい
    と思っています。 
    そのときはまたよろしくお願いしますね!

    > トユク村のマザールのそばには棒が立っていて、そこに巡礼者が持っ
    >てきた布を結びつける習慣があります。(願い事をしながら布を結びます)

    どういう布なんでしょう? コーランが書かれていたりするのかな?

    タルチョの起源は、どうやらかなり古いようです。
    今では仏教的な解釈および色合いが濃くなっていますが、
    チベットに仏教が入ってくる以前にもあったようで、山岳(=祖先)信仰
    との関係、それと、古代チベット人の戦闘的気質ともなにか
    つながりがありそうです。 

    新疆の西ではそういった習慣がないとすると、中原の文明との直の接触に
    なにかヒントがあるかもしれませんね。

    それか、八世紀にチベットが中央アジアの一部を占拠していたときに、
    タルチョの習慣が伝わっていたりして!?

  4. Daisuke Murakami より:

    追記:

    あとは、ウイグルの独自の習慣がチベットに伝わって・・・、
    とか考えていくときりがないですね(笑)。

    翻って考えるに、布というのは非常に貴重なものだったに違いなく、モスクへの「お布施」なんかの意味合いはなかったのでしょうかね。 まさに「絹の道」であるが故の最大級のお布施。

    ちなみに昔のチベットでは、布はそれはそれは貴重だったみたいで、
    タルチョの代りに羊毛を紡いでできた糸の塊に染色して、タルチョ代わり
    にすることが多かったようです。

  5. 八田裕子 より:

    村上さん

    お返事ありがとうございます。トユク村での話になりますが、布は何でもいいみたいです。スカーフのような柄物もたくさんありました。タルチョのようにお祈りグッズとして決まったものはないようです。

    本件は、もしかしたら私がイスラムの習慣について知らないだけかもしれません。アラビア半島などにも布を結ぶ習慣があるのかもです。(イスラムに詳しい方にぜひ教えて頂きたいですね)。しかしやはりシルクロード好きとしては、チベットから伝播して・・・・とか、仏教以前の文明の名残ではないか・・・・という方に期待をしてしまいます。絹の道だからこそ布という発想も刺激的です。

    シルクロード好きはロマンチストが多いですよね。現地でお客様をお迎えしていたときにもそのように感じました。

  6. MEIKO より:

    八田さん  はじめまして

    先月、村上さん同行の『カイラス巡礼の旅』の最後にオプションで訪れた吐峪村、懐かしく拝読しました。
    民家でいただいた盛りだくさんの昼食(ラグ麺、水餃子、シシカバブ、砂糖のかかったスライストマト等々)は、心温まるおもてなしでした。食後に千仏洞まで散歩に行きましたが、途中、橋、木道が壊れていて、ちょっとアドベンチャ-な気分で川を渡り、土手をよじのぼり木道へ出ました。既に道は修復されたのですね。残念なことに千仏洞は修理中につき見学が出来ず、どんな壁画があるのか本を探しましたが、トルファン・ウルムチで見つからず—-。
    シビ王の他にはどのような壁画が描かれているのですか?
    釈迦の前世の話が多いのでしょうか?

  7. 八田裕子 より:

    MEIKO様

    こんにちは。カイラスの旅の最後に新疆での観光を追加してくださったこと覚えております。シルクロード担当としてはせっかくの新疆を通り過ぎるだけなんてもったいないという気持ちも少しありましたので、ご依頼を頂きとても嬉しかったです。ありがとうございました。

    トユク村でご訪問頂いた民家は、村上が以前訪問したのと同じお宅です。素朴な村に住む心温かい善良なご家族ですよね。
    千仏洞までの峡谷の道、たいへんなことになっていたんですね。川を渡られて(そこにはかなりの落差の滝があったはずです・・・)、土手をよじのぼり木道へ行かれたとは、まるで昔の探検隊のようです。ここはベゼクリクのように昔なかった道がすっかり整備されてしまった千仏洞とは違い、ずっと昔々に礼拝に訪れた人々と同じように谷間の道を歩いて千仏洞にアクセスできる貴重な場所です。足場の中トライして頂けてとてもよかったと思います。

    現在千仏洞の中に残っている壁画は釈迦の前世の物語、釈迦の人生の物語、千仏、立像、僧侶などです。あとは蓮華、宝珠、楽器、仏塔など断片的なものが残っています。本当にかろうじて残っている程度ですが、他の同時代の石窟遺跡と見比べると、より豊かなイメージが湧くかもしれません。

    千仏洞は毎回新しい発見があり何度行っても飽きません。MEIKO様もおすすめの場所がありましたらぜひご紹介下さい。

  8. 雪蓮 より:

    う〜ん・・・・ これを読んでから行きたかったわ。
    しかし、行ったからこそ色んな事が理解できるんですね。
    帰ってきてから、「エッ そうだったの〜 残念!」 何て思うのも・・・・ 旅 。

    2008・8に訪れた時は残念ながら千仏洞は閉鎖しているとのことで 「あそこがそうですよ。」と言われただけで 遠くからそのあたりを眺めただけでした。
    鍵を借りたら見られたのかしら?

    2006年に娘が訪れており、その時は鍵を開けてもらったと言っていました。

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