タクトク・ツェチュ祭 [LADAKH]

レーから東南へ向かい、カル村の分岐点で右へ曲がると有名なヘミス寺へ。左へ曲がるとシャクティ渓谷に入る。北東方向へ車を走らせていくと左手にチュムレ寺が見える。その先に分岐点があり、右へ行くとパンゴン湖と中国チベット国境へ、左へ行くとタクトク寺に至る。タクトク寺は、ラダック、ザンスカール地方では数少ないニンマ派の寺だ。

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 (写真:豊かな農村地帯でもあるシャクティ渓谷、チュムレ寺)

伝説によると、タクトク寺のお堂がある洞窟はグル・リンポチェが瞑想した洞窟であった。ラダック、ザンスカール地方には、ほかにも洞窟寺院が多数ある。もっとも大きなものはザンスカールにあるプクタル寺。ほかにも、ゾンクル寺や、へミス寺の上にあるゴツァンプク寺などがある。これらは、それぞれの寺が属する宗派の祖師たちが瞑想した洞窟の周辺に建てられたものだ。

タクトク寺は、洞窟の中のお堂を中心に、前面に新しいお堂が増築されている。現在のタクトク寺の管長は、チベットから亡命して来たニンマ派の高僧タクルン・ツェトル・リンポチェである。かれは、ニンマ派の中の流派チャンテル(北伝埋蔵教説)の継承の代表者であり、普段はシムラのドルジェ・ダク寺に在住していらっしゃる。タクトク寺にも、ときどき滞在されるそうだ。そのせいだろうか、タクトク寺のツェチュ祭は、地元のラダック人のほかチベット難民も多く集まる。
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写真:「洞窟寺院」タクトク寺の全景)

毎年、チベット暦の6月9日から11日にかけてタクトク寺でツェチュの祭が行われている。(2008年は8月11-12日でした。)「ツェチュ」とは、チベット語で単純に「10日」の意味である。ツェチュの名称の由来は、8世紀にインドからチベットの各地に仏教を伝えた密教行者グル・リンポチェの伝記と関わっている。グル・リンポチェの伝記では、毎月10日に何らかの宗教的に重要な出来事が起こっており、その出来事を記念してチベット、ブータン、ラダックなどヒマラヤ各地でツェチュ祭が行われているのだ。

グル・リンポチェ(チベット語で「高貴なる師」の意)は、ウディヤーナ国(現在のパキスタンのスワット渓谷にあったとされる)のダナコーシャという湖に咲く蓮の中に出現したという。そのため名前をパドマ・サンバヴァ(蓮華から産まれた者)という。ウディヤーナ国のインドラ・ボーティ王の下で王子として育てられた。そのときの名をペマ・ギャルポという。グル・リンポチェは、後に出家して僧になったり、密教行者となったりしている。一生の間に、多くの異なった名前と姿を持ち、それらの中でも特に代表的な8つを「グル・ツェンゲ(グル八変化相)」と呼び、ツェチュ祭の際には僧侶たちがそれぞれの仮面をつけて舞う演目がある。

グル・リンポチェは、八世紀末にチベットのティソン・デツェン王に招聘され、チベットで最初の僧院で中央チベットにあるサムイェ寺の建立に尽くした後、チベット各地で地方神を折伏するなどのさまざまな活動を行った。最後にはチベットを去り、南の島サンドペリに至り、いまでもその地にいらっしゃるという。この話は、今でも高野山の奥の院におわします弘法大師の伝説を思い起こさせる。

寺の仏壇や壁画に描かれるグル・リンポチェは脇持にインド人とチベット人の二人の密教の女性パートナーを従えている。仮面舞踏の際も、中心に控えるひときわ大きなグル・リンポチェの左右に小坊主が二人の女性の仮面をつけてしずしずと従っている。

resize1108.jpg(写真:グル・リンポチェ(中央)と密教のパートナー(その両脇))

グル・ツェンゲの踊りの先導には、パンチ・パーマをかけた赤鬼のような形相のドルジェ・ドロの仮面をつけた僧侶が舞う。グル・リンポチェは、ドルジェ・ドロの姿で空を飛ぶ虎に乗って、現在ブータンのパロの北にある名刹タクツァン僧院のある場所に現れ、魔を退散したとの伝説が伝わっている。
resize1112.jpg(写真:ブータンのタクツァン僧院)

魔を折伏した恐ろしい姿は、踊りの会場に一瞬緊張をもたらした。先導を切るのは、この姿で魔を追い払う役目があるのだろう。
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(写真:ドルジェ・ドロの舞  タクトク寺のドルジェ・ドロの像)

毎月10日、ヒマラヤのどこかで行われているツェチュの祭りで、グル・ツェンゲの仮面の舞を見ているヒマラヤの民衆たちは、グル・リンポチェの予言の言葉を思い起こしながら観劇しているのであろう。

「私は毎月10日(ツェチュの日)に、法要を営む人々の前に戻ってくるだろう」と

resize1109.jpg(写真:ツェチュの観客)

参考文献
『チベット密教の祖 パドマサンバヴァの生涯』 (クリックするとamazonへ飛びます) W.Y. エヴァンス-ヴェンツ編 春秋社 (2000/07)