添乗員報告記●年末年始特別企画 マチュピチュで迎える新年!
空中都市マチュピチュとナスカ周遊9日間

 

2007年12月29日〜2008年1月6日 文●田中真紀子(東京本社)


雨上がりのウルバンバ

「夏はウルバンバが一番美しい季節なのよ」
ペルー支店長・篠田の言葉が頭にずっと響き、出発前から今回のペルー訪問をとても楽しみにしていました。南半球にあるペルーは日本とは季節が逆で現在夏そして雨季を迎えています。今回クスコ周辺、マチュピチュ付近の山岳地帯にいた数日の間、天候が目まぐるしく変わり、予想以上の寒さや雨量に震えもしましたが、おかげで緩急のはっきりとした表情ある風景を体験できた旅となりました。
日本人が訪れたい世界遺産ナンバーワンとも言われるマチュピチュ遺跡で年明けを迎えた今回の特別企画コースの内容を一部ご紹介します。


チェス盤
手前がインカ軍、
奥がスペイン軍

聖なる谷・ウルバンバへ

ペルー旅行初日は移動距離、時間が長く、日頃から機上の旅に慣れている筈の私でさえかなりきつく感じられる程。そんな疲れた体に鞭打って、リマ到着数時間後、再び飛行機でクスコへ。ちょっと睡眠不足で時差ボケも残る私達を待っていたのは・・快晴のクスコの街。
オリャンタイタンボへ向かう途中、チンチエーロでは日曜バザールにも寄ることができました。観光客向けの土産物からスプーン、下着などの日用品、食料など何でも売られています。中でも私が興味魅かれたのがチェス盤。なんとチェス駒が「インカ軍」vs. 「スペイン軍」になっていて、服装も違えば、従えている動物もリャマだったりして面白い!ちょっと皮肉がきいていていいなぁとニヤリとしてしまいました。
昼食はペルー支店直営施設「風の谷 ヤナワラ」でのんびりと過ごしました。快晴のこの日、乾季の時期しかできないアンデス流の焼き芋(土の中に野菜を埋め、焼き上げる)とちょうど旬のとうもろこし、などをご馳走になりました。乾季と雨季の境目の晴れの日ならではのメニューに舌鼓をうったのでした。


快晴のアルマス広場

チンチエーロ日曜市



チンチエーロ日曜市 野菜売り場

風の谷 ヤナワラの焼きたてのそら豆


大晦日と元旦では全く別の表情!マチュピチュ遺跡

2007年最終日。オリャンタイタンボ駅から天井が窓になっているビスタドームに乗り、いよいよマチュピチュ遺跡の入り口、アグアスカリエンテスへ向かいます。
今回ワイナピチュへのハイキングを楽しみにしている方も多くおられたのですが、軽トレッキングとなるワイナピチュ登山は天気の良し悪しが鍵。この日はあいにくの空模様となったので、あきらめて代わりに太陽の門(インディプンク)へのハイキングを敢行しました。ところが途中から予想以上の大雨に降られ、見える筈の絶景は拝むことができませんでした。


大雨のマチュピチュ

霧でほとんど見えないアンデネス


元旦。昨日の大雨とうって変わり、朝から大快晴となりました。一同ほっと胸をなでおろし、ワイナピチュの入り口へ向かいました。入り口にある小屋にある登山者名簿に必要事項を記名し、いざ元旦ハイキングへ!急な岩場や上り坂を歩くこと1時間程、辿りついたワイナピチュ頂上からの眺めは爽快で、上りの疲れを吹き飛ばしてくれるものでした。
さてワイナピチュ登山中から「どうも(登ってくる人の数が)少ない」と感じていたのですが、下山してもやはり遺跡内にいる人影もまばら。「ラッキーだけど・・・???」と思っていたところ、なんと前日の大雨で土砂崩れがおき、マチュピチュ行の列車が朝から全便止まっていると連絡が入ってきました。例年2月頃は降水量も多く、土砂崩れで列車が止まるという話を耳にしていましたが、まさか12月にそんな自体になろうとは思いもよらず、今更ながら前日の降水量の多さを知ったのでした。
大晦日の大雨はなかなか辛いものがありましたが、霧に隠れたマチュピチュ、大快晴のマチュピチュ、二つのまるで違う姿を見られたのは運が良かったといえるでしょう。後から聞いたところによると、さすがにここまで緩急あるマチュピチュの姿を見るのはきわめて稀だそうで、今回のマチュピチュ訪問が2日間あり、本当によかったです。


元旦快晴!

ワイナピチュの頂上にて



グッバイボーイ

グッバイボーイ

今回マチュピチュいろは坂のようなハイラム・ビンガム路をバスに揺られ、アグアスカリエンテスへ向かっていると規則で禁止となり、もはやお目見え不可能といわれていた「グッバーイボーイ」が現れたのです!かつてはマチュピチュ観光の裏名物だったこともある(らしい)グッバイボーイ。彼らは観光客が乗ったバスに向かって「アーディオース、グッバーイ、サヨナラー」と叫んだかと思うと、バスを先まわりし、インカ道を駆け下りていく小学生位の少年達です。文字にすると簡単に聞こえますが、インカ道の高度差はかなりのもの。おそらく普通の人が数十分かけて降りる道を彼らは数十秒(分)で駆け下ります。ガイドの話によると規制緩和で学校が休みの間だけ復活しているようなので、運がよければ今後も出会えるチャンスがあるかもしれません。

雨季は花の季節〜マチュピチュ遺跡内に咲く花たち〜

旅先でずぶ濡れになるほどの大雨には逢いたくないと思いますが、やはり雨は恵の雨。雨季の夏には乾季には見られないような花々が多く見られます。1〜3月が遺跡付近の花々が最も咲く季節だそうですが、今回は運よく何種類かの花を見ることができました。今回特に私が目を奪われたのは色鮮やかなベゴニアやランの花です。ランの花は世界中で3万種類あるといわれていますが、マチュピチュにはそのうち400種以上が確認されているそうです。いくつかご紹介させていただきたいと思います。


1. Begonia veitchii
ベゴニア科。ペルー、ボリビア原産。現在世界中で栽培されているベゴニアの原種。高さ30〜75cm。湿度の高い森に多く咲く

2. Masdevallia veitchiana
ラン科。通称『ワカンキ』、ケチュア語で「あなたは泣くだろう」の意。開花時期は2月〜4月

3.Elleanthus sp.
ラン科、エリアンタス属。花は密で円錐形をなし、明るい色が多い。

4.Epidendrum secundum
ラン科、エピデンドラム属。通称『ワイニャワイナ』。ケチュア語で「永遠の若さ」の意。茎部分が長く、1.5mになることもある。



名称はわからないけれど、他にもたくさん咲いていました!


花の美しさもさることながら、私が今回一番印象に残っているのは遺跡内で清掃、管理している人々です(左写真)。皆さん黒子に徹してらっしゃるのですが、見事な石組みの間や通路の不要な草などを彼らが綺麗に、そして丁寧に掃除してらっしゃいました。彼らの日々の労があって、美しいマチュピチュ遺跡が維持されているのだなと感じました。


ピサック村の
フォルクローレ

ピサックでの伝統的フォルクローレ

マチュピチュ遺跡からクスコへ戻った翌日、弊社オリジナルメニューの「インカ料理とフォルクローレ」を観賞しにクスコ郊外のピサックへ行ってきました。あいにくこの日も雨でしたが、小雨の降る中民家の男性達がほら貝を吹きながらで出迎えてくれ、お宅へ案内してくれました。
民家では「インカ料理」とも呼ばれ、山に住むケチュア族が今も食している野菜料理をいただきました。蒸かしたてのじゃがいもと山の幸のスープはそのままでも十分美味しいのですが、好みでスパイスが効いている特製ソースや塩をつけて食べても美味。スープにはインカ時代から伝わる「キヌア」と呼ばれるプチプチした食感の穀物、そら豆、じゃがいも、など本当にたくさんの野菜が入っていて、食べながら大地の恵みが体にいき渡り、元気が出てくるようでした。食後、お母さんのいれてくれた温かいミント茶、コカ茶を片手に外の特設会場へ移動。さぁ、いよいよ伝統的なフォルクローレ観賞の始まりです。
かやぶき屋根の下で雨宿りをしながら待っていると、先程食事をいただいた民家から男性たちが楽器を演奏しながら登場しました。自然と調和を主とした伝統的フォルクローレは横笛、太鼓、ケーナなどの楽器が演奏され、曲によっては踊りや歌も唄われます。そのメロディラインは雅楽、踊りは神楽のようで、ディナーショーで見られるような明るく陽気なフォルクローレとは全く違う雰囲気、曲調です。ヤギの仮面を被り、山の神様へ演奏の許しを乞う儀式に始まり、男性のみの舞、女性のみの舞など演目はさまざまです。その中で夫婦のダンスは、実際に夫婦の男女二組によって歌いながら舞われました。ご主人の足を奥さんが持っている細長い織物でたたきながら舞うですが、雨で濡れた布はいつも以上に威力を増しているようでご主人は本当に痛そうに時折顔をしかめていました。「うわ〜痛そう・・・」と思わず皆が口にする中、心なしか女性陣の口元には余裕がみられ、男性陣は本当に痛々しそうに四人を見守っていたのが印象的でした(笑)

すべての踊りが終わる頃、雨もあがり、最後はみんなで手を取り合い輪になって踊りました。


夫婦の舞

笑顔



ここではご紹介できなかった迫力満点のサンドバギー、そこで見た砂漠の夕暮れや、緑に綺麗に映えた民族衣装、山に吸い込まれていくような女性達の歌声、雨の音。土のにおい。トラブルが少し位あっても、移動がちょっと位いつもより辛くても、すべてが温かく心に残るぺルー旅行。またぜひ行きたい!と思わせる国なのでした。

【参考文献】
Flowers of Machu Picchu, Gino Del Sante; Daniel Chang, Grafica Biblos S.A., Lima; Peru, 2006

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