特別記事

「野生の王国」チトワンへ ネパール “弾丸” 自然観察ツアー報告記

 

文・写真●中村 忠昌

インドサイ(チトワン国立公園)
エレファント・サファリで出会ったインドサイの親子

山岳国家のイメージが強いネパールですが、実はインドと国境を接する南部には、標高50 mほどの広大な亜熱帯のジャングルが広がっています。
中でも1984年に世界自然遺産に指定されたチトワン国立公園はネパール最初の国立公園で、インドゾウ、インドサイなど絶滅危惧種を含む40種以上の哺乳類、爬虫類、両生類と450種以上の鳥類が生息しています。
※文中の英名は「Birds of Nepal」(Om Books International)に準拠しています。


2010年11月、風の旅行社からの数年来の誘いを受けて、ネパール南部インド国境地帯にある野生動物の宝庫「チトワン国立公園」へと旅立った。なんとか仕事の調整をし、時間節約のため往復とも夜行便を利用し、最大限チトワンに滞在する4泊7日という過酷な弾丸ツアーを敢行してきたのだが、その旅の様子をご紹介したい。


カヌーで「水鳥天国」へ

前日午後にカトマンズ空港に到着し、7時間以上車に揺られて、夜のうちにホテルに入ったために正確には2日目である。こんな無理な行程にしたのは、早朝からチトワンを感じておきたかったから。しかし、雨は降っていないがうっすらと“もや”がかかり、野鳥観察や撮影には向かない状況。聞こえてくる鳥の声もそれほど多くなく、(今日はどうなることやら)という考えがよぎったとき、頭上を1羽のカササギサイチョウ(Oriental Pied-Hornbill)が飛んでいった! 数年前にマレーシアで見て以来の鳥。それほど珍しくはないが、犀鳥の名前の由来となる独特のクチバシと、大きな体には存在感があり、南に来たことを感じさせてくれる鳥だ。幸先はいい!
朝食後、現地のネイチャーガイドと合流。フレさんという野鳥ガイドのライセンスを持っている優秀な方である。ホテルの庭で、挨拶をしている間もヤナギムシクイ(Greenish Warbler)という小さな鳥を発見してしまう。非常に心強い。
すぐにホテルを出て徒歩数分のラプティ川を下るために船着場へ。我々も含め、観光客の乗るカヌーは、大木をくり抜いただけの非常にシンプルなもので、しかも細長いために一度座ると席の移動はできない。

カヌーに乗る船着き場(2日目)
カヌーに乗る船着き場(2日目)
コウノトリの一種、コハゲコウの巣と巣立ち間近の雛
コウノトリの一種、コハゲコウの巣と巣立ち間近の雛

ラプティ川は、チトワン国立公園の北端を東西に流れる大きな川である。川幅はあるが、岸は土がむき出しで、ぱっと見た感じではあまり生きものの気配がしない……。しかしそれは、この地域に目が慣れていなかっただけで、いざ船が出るとフレが次々と鳥を見つけだす。一番目立ったのは、番(つがい)でいることが多く「Love Duck」の愛称があるというアカツクシガモ(Ruddy Shelduck)。日本では非常に珍しい鳥だが、ここでは普通に群れている。次いで、細長い首を伸ばして置物のようにとまっているアジアヘビウ(Darter)。ネパールでは絶滅危惧種に指定されているらしいが、何度も見ることが出来た。この他、日本でも人気のカワセミの仲間や、大型のコウノトリやトキの仲間が、数種ずつ見られた。しかも、これらの鳥たちが、川の流れにまかせて移動している船からは、次から次に、まるで映画のように現れては後方に消えていくのである。最初は、フレの叫ぶ種名を頭にインプットしようと奮闘していたが、途中から観察しづらい小鳥類はあきらめて、ひたすら大型の鳥を標的にカメラのレンズを向けることにした……。
「鳥マニア」の私たちの要望で、通常よりも長い距離を下ったこともあるが、2時間ほどでいきなり40種近くの鳥を、しかも間近で確認することができた。すでにこの時点で軽い満足感に浸っていた。

細いクチバシで魚を突き刺すアジアヘビウ
細いクチバシで魚を突き刺すアジアヘビウ
魚を専門に食べる絶滅危惧種・インドガビアル
魚を専門に食べる絶滅危惧種・インドガビアル

なお、この川では、鳥だけでなく、小さいころから図鑑で見てあこがれていたワニ・インドガビアルまで見ることができたのだ。このワニは、細くとがった口で魚を専門に食べる種である。この特殊な習性のために川の汚染に弱く、現在数が激減しているという。チトワン国立公園内には人工繁殖のための施設「ガビアル・ブリーディングセンター」も作られているとのことである。


ネイチャーガイド大活躍

ラプティ川にたくさんいたアカツクシガモ
ラプティ川にたくさんいた
アカツクシガモ
似た種類が多く同定に苦労したヒメコガネゲラ
似た種類が多く同定に苦労した
ヒメコガネゲラ
はびこる外来種ミカニア
はびこる外来種ミカニア
水浴び中の若いインドサイ
水浴び中の若いインドサイ

船を降り、すぐ目の前の木々と草地が入り混じった場所を歩く。最初にガイドからトラやサイなどの動物が現れたときの注意を受ける。専属のガードマンが先行してくれるが、手にしているのが、使い込んである木の棒だけというのがやや不安である。これでトラと戦えるのだろうか……?
しかし、トラの心配などしている暇はなかった。それほど厚みのない樹林ではあったが、キツツキ類や猛禽類、ヒヨドリやヒタキの仲間などが次々に現れる。川のように開けてはいないので、じっくり観ることは難しいが、ガイドとつたない英語でやり取りしながら場所を確認していく。このガイドのすごいところは、メインの道から少し奥に入ると、何かしら変わった鳥を見つけること。おそらく普段からこの一帯を歩いていて、何がどこにいるのか頭に入っているのだろう。中でも今回興味深かったのはキツツキの仲間で、この時だけで5種が現れた。どれも日本には生息しない馴染みのない種で、しかも非常に大きな木々の上を移動するため、ガイドでさえも同定にはかなり苦戦していた。結局、これらのキツツキ類については、デジタルカメラでとにかく撮影しまくり、夜にホテルで検討することになった。が、我々にとってはこれも楽しい作業なのである。
いつの間にか“もや”は晴れ、暑いくらいの陽気になっている。さすがは亜熱帯である。すると、頭上には先ほど川で見たコウノトリの一種・コハゲコウ(Lesser Adjutant)が上昇気流をとらえて悠然と舞っている。コハゲコウも、ネパールでは絶滅危惧種なのだが、川沿いの道から見える大木に、大きな巣と親鳥を待つ2羽の雛を確認できた。このように絶滅危惧種が多く生息することからも、ネパールにおけるチトワンの重要性が窺い知れる。
道ばたで弁当の昼食をとり、夕方にかけてこのまま川沿いの道をホテルのあるソウラハまで歩くことになる。その道すがら、鳥の他に非常に目立ったのが、ミカニア(学名:Mikania micrantha)というツル性の植物。世界の侵略的外来種ワースト100にも選ばれている「やっかいもの」である。フレによれば、チトワン国立公園の約8割はこれに覆われてしまっているとのこと。ツアー前に、日本のニュース番組で扱っていたことを思い出す。この他、日本でもよく植えられているランタナという植物も1割ほどを覆っているという。この豊かな自然も、人間活動の影響を受けずにはいられないようだ。
初日のメインのアクティビティが終了し、ホテルの庭で一息ついていると、ガイドが我々を呼び寄せる。どうやら川にインドサイが現れているという。正直なところ、このツアーの隠れた目標は、鳥よりもこのサイだったため、胸躍らせながら現場へと急行する。すると、町のはずれに集まった観光客たちの視線の先、川に半分埋まったような大きな塊が見える。その黒い物体を双眼鏡で覗くと、確かにサイのようだが、どうも形や動きがおかしい……。なんとサイの親子だったのだ! 鳥ですでに満足していたところに、期待していたサイにいきなり対面でき、「大満足」の1日となった。


サルの森を行く チトワン2日目

nepal_kiji033_06
大きなクチバシのコウハシショウビン
nepal_kiji033_06
カワセミの仲間アオショウビン
nepal_kiji033_06
こちらは獰猛なヌマワニ

昨日の段階で、70種以上の鳥たちに出会えたため、この日は気持ちに余裕を持ちながら観察ができた。午前中は、昨日とは別の川へ、ガイドお薦めのコウハシショウビン(Stork-billed Kingfisher)というカワセミを探しにいく。車で10分ほど進んだ場所で、昨日と同じ形式のカヌーに乗る。今度は川幅が狭いため、鳥がさらに近くなる。また、川岸ギリギリまで樹林や草地が迫っているため、日本の川のイメージに近い。そして、やはりカメラを持つ手はいそがしい!
お目当てのコウハシショウビンはもちろん見られたが、この日に目立ったのは、ケリという水辺にすむチドリ類3種。このうち2種が日本には生息しない種であり、体色のパターンも美しく、ついつい撮影に夢中になってしまう。カタグロツメバゲリを撮影していたときには、ヌマワニという獰猛なワニに近づきすぎ、ガイドを冷や冷やさせてしまった。
この日は早めに船を降り、サル(Sal)というこの地域の主要な樹木(日本では沙羅双樹〔さらそうじゅ〕という名で有名)が生えたジャングルを歩く。鳥は昨日の復習になるかと思いきや、チトワンの林はそんなにやさしくはなかった。昨日とは別のキツツキの仲間や、日本では稀にしか見られないオウチュウの仲間、野生のインコ類などが、入れ替わり立ち替わり現れては林の中に消えていく。日本から来たバードウォッチャーに対して「どうだ、ちゃんと見えてるか?ん?」と挑戦しているかのようだった。これらの鳥たちも印象的だったが、このサルの林で一番記憶に残っているシーンは、ジャッカルの群れである。はっきりと見たわけでも、撮影できたわけでもないが、自分と同じ林の中に、野生の犬たちが暮らしていて、その一面だけでも見られた幸運に静かに興奮してしまった。


エレファント・サファリ

nepal_kiji033_06
大型のシカ・サンバー
nepal_kiji033_06
ミドリハチクイ
nepal_kiji033_06
公園内でよく見られたシリアカヒヨドリ

チトワンでの有名なアクティビティであるエレファント・サファリ。昨夜、ホテルのスライドで、トラに襲われる象使いの映像を見せられ(なんの意味があったのだろう……)、ちょっとビビりながらも、そのトラ見たさに出発する。
象の背中には木製の台が設置してあり、落ちる心配はない。しかし、基本的には象使い(?)が操っているので、撮影のために止まることは難しい。この時までに1日半、「お腹いっぱい」鳥を見た後でなかったら、フラストレーションがたまったかもしれない。鳥については、「復習」をしながら草地を進むと、さっそく大物が出現、親子のサイだ! これほどの大型の哺乳類であれば生息密度はそれほど高くないだろうから、昨日と同じ親子だろう。しかし今度は近い! 近すぎて一眼レフの望遠レンズでは全身が画面に入らない! なんてことだ〜! 仕方がないので、コンパクトカメラで撮影。隣の同行者が標準レンズでパシャパシャとシャッター音をさせているのが悔しくて、動画モードでも撮ってみたりする。(あとで見てみると、動画も良かったのであるが…… → 動画はこちら
この後、林の中でも別のインドサイと遭遇。ヨロイのゴツゴツが目立つことや角が小さいことから若い個体だろうとのこと。ドロの池で水浴びをする様子をしっかりと(これも動画で)撮影することができた。
サイだけでなく、林の中では他の哺乳類も観察できた。ガイドいわく「トラのエサ」と言う中型のシカ・アクシズジカの群れや大型のシカ・サンバー、そして前日のものだというトラの足跡も見ることができた。


最後まで気を抜けない

nepal_kiji033_06
何とか同定できたカワリクマタカ
nepal_kiji033_06
川沿いには野生のインドクジャクも

前日のエレファント・サファリに引き続き、出発までは「復習時間」となる。……はずであったが、ここは世界自然遺産のチトワン国立公園。最後もサプライズが用意されていた。
昨日、象に乗った草地を徒歩で進むと、他の観光客も朝の散歩をしていて、のどかな雰囲気が漂う。見慣れた鳥たちを、余裕を持って撮影しながら川沿いの道に出ると、ガイドが大きく手招きする。タカがいるらしい。しかし、目立った枯れ木の上ではなく、同じような木々が並ぶなかで、目立たない鳥の位置を的確に伝えることは、日本語でも英語でも難しい。やっとのことでその位置が分かり双眼鏡で覗いたとき、最初に出た言葉は「でかい!」日本にいるクマタカという種に近いようだが、ガイドも同定に迷っている。知人に携帯で連絡を取ったりしているが、はっきりとは分からないようだ。この原因はクチバシの上にあった、逆立った白い羽のせいで、結局はカワリクマタカ(Changeable Hawk Eagle)であると結論づけられたが、最後の最後まで楽しませてくれる場所であった。


ツアーを終えて

無理を言ってアレンジしてもらった「弾丸ツアー」であったが、憧れていたインドサイやインドガビアルに出会えたことはもちろん、100種以上の鳥類を観察でき、事前の予想を超えて満足のいく結果となった。しかも、一般向きのアクティビティだと思っていたカヌーやエレファント・サファリでも、多くの野生動物の姿を楽しめることに驚いた。

nepal_kiji033_06
現役を引退して、放たれた
野良ゾウ(?)も見られた

今回の成功には、現地の優秀なガイドが重要な役割を担っている。現地の様子に通じた彼らの的確なサポートがなければ、このような密度の濃い活動は出来なかっただろう。あらかじめ風の旅行社を通じてこちらの要望を伝えていたのが功を奏したようだ。また、チトワンや入り口の街ソウラハなどは、すでに観光地として開発が進んできているが、公園自体は、いまだ大きな潜在力を保っているようだ。
ネパールにある、野生の王国・チトワン。さらりと触れるだけではもったいない。少しこだわって、その「深み」にも触れて欲しい。


風通信」43号(2011年6月発行)より転載