ツアー関連情報

シルクロードの起点から 西域へ

 
莫高窟158窟
莫高窟158窟

約30年前、日中共同制作で放映された「NHK特集シルクロード」。一定の世代以上では、ご覧になっていた方も多いと思います。1972年に国交が正常化しても、今のように誰もが気軽に旅ができなかった当時、画面に映し出される仏跡、都城跡、果て無く広がる砂漠、彼の地で暮らす人々の生活風景、“シルクロード”や“西域”という響きに、多くの方が悠久の大地への憧れやロマンを抱いたことでしょう。

また2005年には「新・シルクロード」も放映され、新たなファンも誕生しています。


憧れを持ち続けまだ足を踏み入れていない方、若い世代の皆さんにも、是非訪れてほしい地域の一つです。また、以前に××には行ったけれど、○○のオアシスに行ってみたい、△△の石窟を見たい、そんな方も是非ご相談ください。

歴史や地理、文化にそれほど興味がなくても大丈夫!現地に精通した日本語ガイドの解説を聞きながら、貴重な遺跡を訪れスケールの大きさに圧倒されたり、今を生きる人々との交流を楽しんだり、大自然を肌で感じたり、香辛料の効いた美味しい食を楽しんだり・・・と移りゆく情景の変化も楽しみながら旅ができる地域がシルクロードなのです!

「西域(せいいき)」って?

聞き慣れない単語かもしれません。
この言葉は古代中国において、中原に住む漢族からみた、西方地域に対する総称です。甘粛省の敦煌にある関所が西への境界とされ、その先に広がるタリム盆地(現在の新疆ウイグル自治区あたり)は、異国の地とされていました。

シルクロードMAP


西安 シルクロードの起点となった悠久の都

西安は中国の歴史を支えた悠久の都。最初の統一王朝となった秦(BC221~)をはじめとし、前漢が長安(現:西安)に都を定めて以来、いくつもの王朝が興亡し、中国文明を形成していく中で重要な位置を占めました。隋や唐の時代には国際都市として、日本や朝鮮、インドなどからの留学生がこの地で学び、国外から使臣や商人、僧侶達もはるばるやってきました。真言宗の開祖、空海もその1人です。
また杜甫や李白、白居易といった唐の詩人達も、西域に思いを馳せて詩を詠み、秦の始皇帝、楊貴妃、玄奘三蔵などの歴史上の人物ゆかりの地も至る所にあります。


敦煌 砂漠に花開いた仏教芸術 莫高窟

砂漠の大画廊莫高窟
砂漠の大画廊莫高窟
敦煌郊外の鳴砂山と月牙泉
敦煌郊外の鳴砂山と月牙泉



敦煌は漢唐時代のシルクロードの要地で、天山北路、天山南路、西域南道の西域への3つの主要ルートの出発点でした。日本人にとっては、ユネスコ世界遺産登録の莫高窟が観光の目玉となるでしょう。世界最大の画廊と称され、1000年以上かけ、全長1,700m、のべ 45,000平方メートルにも及ぶ大規模な石窟が作られました。各時代の異なる石窟の構造や彫刻、壁画の様式を目の当たりにでき、保存状態も極めてよく、中国を代表する仏教美術のひとつとして有名です。

トルファン シルクロードの要衝

東から西域へ移動すると、新疆ウイグル自治区の東部に位置するトルファンがオアシスとして現れます。漢代以来、天山南路と北路を繋ぐシルクロードの要衝の地だったトルファンは、海抜0mと世界でも有数の低地。そのため「火州」とも言われるほど夏場は40度以上にもなるほど高温で乾燥しています。西遊記に登場する火焔山は、酷暑の時期には立ち上る陽炎によって燃えているようにも見えます。玄奘三蔵ゆかりの高昌故城、大河の交差する大地を削って作られた交河故城、ウイグル民族が仏教国だったころの遺産ベゼクリク千仏洞などの遺跡など、日本人にとっても馴染み深いオアシスの1つです。

中国世界から、西域への移り変わりを愉しむ

みなさんもご存知のように、シルクロードは東西の交易路として、モノだけではなく、人々や文化なども行き交いました。また西域から東方へと仏教が伝わった祈りの道でもあります。
西安や敦煌、西域へと向かう道の途上には、見応えのある遺跡が数多く残され、そのスケールの大きさは圧巻です。「何度でも見たい」そう思うのは私だけではないでしょう。

シルクロードに広がる地域は、長い歴史の中で様々な国が興亡を繰り返してきましたが、それぞれの民族が独自の文化に誇りを持ち、逞しく暮らしてきた大地です。かつて玄奘三蔵や多くの旅人が通った道を辿り、各地に残された仏像や壁画を見ながら、日本の文化形成に多大な影響を与えた仏教の遠い道のりに思いを馳せてみましょう。いつの時代でも旅人を温かく受け入れ、送り出してくれる土壌があります。さあ、悠久の大地へいざ!

シルクロード沿いにある暮らし
シルクロード沿いにある暮らし
シルクロード沿いにある暮らし




じっくりと、心行くまでシルクロードを巡りたい方に…

次にご案内するところは、現在設定をしているツアーでは訪問いたしませんが、お客様のご希望によりプライベートツアーとしてご案内いたします。(掲載地域は一部です。他ご希望があれば遠慮なくお知らせ下さい)

玉門関
玉門関

西域の玄関口となった玉門関と陽関
敦煌郊外にある玉門関は今から約2000年前の前漢時代に西域の玄関口として使われていた関所です。広大な砂礫地帯にひっそりとたたずむ姿に歴史の長さを思わずにはいられません。 また、唐代を代表する詩人・王維(おうい)が「西のかた陽関を出ずれば故人無からん」と詠んだ陽関。これより西は、辺境の地ということで、古くからの友人(故人)とも別れなければならなかった関所でした。

炳霊寺
炳霊寺

黄河河岸の石仏群 炳霊寺
青海省のチベット山麓に端を発する黄河が街を東西に走る蘭州。市内から約120km離れた黄河の岸壁、中国最大の発電所劉家峡ダムのほとりにある炳霊寺石窟には、4世紀からおよそ1500年に渡って断続的に作られた石窟があります。船で桂林のような奇岩を横切り近づけば、大河を見下ろす石仏群の素晴らしさにしばし息をのむことでしょう。


万里の長城の終点 嘉峪関
北京郊外の山海関から連なる万里の長城は、6,350km離れた嘉峪関が終点。紀元前の春秋戦国時代から始まった長城建築は、秦の始皇帝が中国を統一するとともに発展し明の時代まで建設が続けられました。漢時代の長城は東の遼東から西はロプノールに至るまで 10,000kmを越えたそうです。