3名様から催行出発日限定日本語ガイドが付きます英語ガイドは付きません添乗員が同行します特別講師は同行しません

明治維新150年/大西洋の絶海の孤島

セントヘレナ島 歴史・民俗・自然探訪 12日間

  • ハート型の滝
  • サンディ・ベイ礼拝堂
  • サンディ・ベイから望む奇岩怪石
  • 荒涼としたサンディ・ベイ付近の高原
  • 首府ジェームスタウンの奥に位置する谷あいの集落
  • 首府ジェームスタウンと大西洋
  • ハイ・ノール要塞
  • ジェイコブス・ラダー(下段)
  • セントヘレナ島内陸部の高原地帯
  • ロングウッドのナポレオン最後の寓居
  • ゼラニウム・バレーの旧ナポレオン・ボナパルト陵
  • 現在は郵便&貨物船のRMSセントヘレナ(入港は不定期です)

セントヘレナ島と幕末の日本

なぜ、セントヘレナ島へのツアーが明治維新150年スペシャルに?
そう思われる方も少なくないと思います。
ペリー艦隊から始まる外国船の到来により、江戸幕府は海軍の設立が急務であると悟り、長崎海軍伝習所を設立し、士官や技術者の養成に着手しました。
日本は開国し、外国船が頻繁に訪れるようになると、国力の差を現実のものとして受け止めるようになり、海軍力の増強には軍艦の建造が必要であると悟ります。
文久2年(1862)江戸幕府は最初、アメリカに軍艦の建造と留学生の受け入れを依頼しますが、南北戦争の激化で断られ、改めてオランダに木造軍艦の建造と留学生の受け入れを依頼しました。
文久2年(1862)、留学生は咸臨丸で横浜を出航して長崎に向かい、オランダ船カリップス号でバタビア(現在のインドネシア)に向かう途中で海難事故に遭い、バタビアでオランダ客船テルナーテ号に乗り換え、オランダのロッテルダムに向かいました。留学生には、後の海軍副総裁で維新後に閣僚となった榎本武揚、世界一周の見聞記『輿地誌略』を著して維新後は学校取調御用掛を拝命した内田正雄、『日本造船の父』と呼ばれた赤松則良、海軍教官として海上砲の操砲訓練の先駆者となった澤太郎左衛門、将軍・徳川慶喜の側近として議題草案を起こし後に啓蒙思想家となった西周、法学博士となった津田真道、御典医・林洞海の嫡男で維新後は陸軍軍医総監となった林研海らがいました。
一行がバタビアからロッテルダムに向かった航路はインド洋航路で、喜望峰を回り、途中、セントヘレナ島に寄航しています。
榎本武揚は、出航以来、航海日誌をつけていましたが、セントヘレナ島で敬愛するナポレオンの陵墓に参拝し、感銘を受け、航海日誌を海に棄てようとしました。親友・澤太郎左衛門は、航海日誌の破棄を惜しみ、貰い受けたという逸話が残っています。
オランダのヒップス造船所で建造された木造軍艦は『開陽丸』と名づけられ、留学生を乗せ、リオデジャネイロを経由して慶応3年(1867)3月、日本に帰国しました。
慶応四年(1868)、やがて明治と変わるこの年、正月三日午後五時、鳥羽伏見の戦いが勃発。前将軍・徳川慶喜は密かに大坂城を出て、アメリカ軍艦に送られて開陽丸に乗り込み、江戸に帰還します。このとき、艦長の榎本武揚は不在で、副長・澤太郎左衛門が艦にいました。老中・板倉勝静は澤に艦長代理を命じ、艦長・榎本を置いてけぼりにしたまま、出航したエピソードは有名です。後に江戸城が明治政府に明け渡されると、榎本・澤は開陽丸を旗艦とした幕府艦隊を率い、箱館へと向かいます。彼等を最初に乗せた咸臨丸は暴風雨で離脱し、静岡沖で座礁します。そして留学生の拠り所であった開陽丸も、箱館戦争の前哨戦であった松前藩との戦いの際、江差沖で沈没しました。
榎本艦隊は箱館五稜郭に立て篭もり、新政府に対し、独立の意思を見せますが、明治2年(1869)、新政府軍の猛攻により降伏しました。
新政府の中には、反乱者に対し、厳罰を以って臨むよう、説く者もいましたが、官軍参謀・黒田清隆(薩摩)は寛大な処置を奏上、榎本・澤をはじめ、多くの人材が新政府に登用されました。本来であれば歴史の紊乱者として賊として扱われるところ、彼等の技術や経験を惜しんだ黒田清隆の嘆願が功を奏したのです。

榎本武揚がセントヘレナでナポレオンの寓居や陵墓を見て、何を思ったのか、それは記録には一切残らず、歴史の中に埋もれてしまっています。一度は敗れてエルバ島に幽閉されたナポレオンが、密かに脱走して兵を指揮し、百日天下と呼ばれる政権奪還を行った史実に影響をうけたとは言えないでしょうか?大政奉還~鳥羽伏見の戦いを経て江戸無血開城で崩壊した江戸幕府の一将官として、政権の奪還とまではいかないまでも、幕臣の安住の地を築くことに、榎本武揚の幕臣としての意地があったのかもしれません。


【セントヘレナ島】
イギリス領セントヘレナ・アセンションおよびトリスタンダクーニャに属する南大西洋上に浮かぶ孤島です。
アフリカ大陸から2800km離れた孤島で、人口は4,000人ほど。
ナポレオン一世が流された島として広く知られています。

2017年10月14日に南アフリカからの飛行機が就航するまでは、船でしか行くことのできない島でした。イギリスの貨客船RMS(ロイヤル・メール・シップ)セントヘレナ号が、貨客船として南アフリカとセントヘレナ島、そしてアセンション島とを結んでいましたが、2018年2月に貨客船としての役目を終え、現在は貨物船として活躍しています。

この島がヨーロッパの歴史に登場するのは1502年(日本では文亀2年。後柏原天皇の御世。室町幕府第十一代将軍・足利義澄の治世)5月21日のこと。ポルトガル人の航海家ジョアン・ダ・ノーヴァによって“発見”され、コンスタンティヌス1世の母で聖女である聖へレナにちなんで名づけられました。船の修理に必要な材木と水が入手できたため、ポルトガル人は定住こそしませんでしたが、補給基地として用いました。

1584年(天正12年。正親町天皇の御世。足利幕府第十五代将軍・足利義昭が実権のないまま在職し、羽柴秀吉が台頭してきた時代)5月27日には天正遣欧少年使節が寄港しています。

1657年(明暦3年。後西天皇の御世。江戸幕府第四代将軍・徳川家綱の治世。明暦の大火の年)イギリスの東インド会社がセントヘレナの行政権を獲得し、ここにイギリス人の入植が始まりました。

1815年(文化12年。光格天皇の御世。江戸幕府第十一代将軍・徳川家斉の治世)10月、ワーテルローの戦いに敗れたナポレオン一世がこの島に流されてきました。ナポレオンはロングウッドの屋敷に幽閉され、以後、亡くなるまでこの島に留まりました。イギリスはナポレオン奪回を恐れ、セントヘレナ島、アセンション島、トリスタンダクーニャ島に砦を築き名実ともに領有化しました。

1853年(嘉永5~6年。孝明天皇の御世。江戸幕府第十二代将軍・徳川家慶の治世)には日本に向かうペリー提督のミシシッピ号が石炭補給のため、寄港しています。

飛行機の普及で、大西洋の補給基地としての地位を失うと、セントヘレナ島は再び歴史の彼方に姿を隠し、現在に至っています。

この島では、ナポレオン関連史跡や、英国風の街並が見られるジェームズタウン観光のほか、火山や海岸など、景観を楽しむことができます。
足で、車で、セントヘレナ島の主要観光地を完全制覇します。

滞在中、運がよければ、貨物船として活躍するRMSセントヘレナ号の姿を見られるかもしれません。


ツアーポイント
1. 大西洋の絶海の孤島セントヘレナを訪問。
2. ナポレオン・ボナパルトの史跡を探訪。
3. イギリス風の街並が見られるジェームズタウンを散策。
4. 火山や海岸線など、美しい自然を満喫できる展望台を訪れます。
5. お泊りはアットホームなこじんまりとしたホテル(旅館)です。
6. 運がよければ、海鳥やイルカが見られるかもしれません。

このツアーは割引サービスが適用されます。

企画・同行予定添乗員

立花 誠(たちばな まこと)

世界200カ国以上を歩いた旅の鉄人!

世界を歩いた旅の鉄人! 2005年、ツアーデスク“パームツアーセンター”を立ち上げました。行っていない国はイスラエル、モンテネグロ、コソボ、南スーダン、クック諸島(独立前に訪問)のみ。1996年から2003年まで風の旅行社に在籍、休みの期間にはギアナ三国、ブルキナファソなど、いまのツアーの原型となる体験をしてきました。今まで歩いて感銘を受けた国や、驚きとともに印象に残った地域、異文化体験などのプログラムをこれから発信してゆきます。旅のメインはもちろん、国境越えや、村歩き、トランジットの街での途中下車など、旅の鉄人ならではの味付けもお楽しみ頂けます。


セントヘレナ島の位置

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スケジュール
 都市内容 (宿泊地)
1東京・名古屋・大阪
香港

午前:名古屋(中部)・大阪(関西)から香港へ。
夕刻:東京(成田)から香港へ。
深夜:乗り継いでヨハネスブルグへ。
(昼の機内食は名古屋・大阪発のみ)
  宿泊●機内泊 食事● - / 機内 / 機内
2ヨハネスブルグ朝:ヨハネスブルグ到着。ホテル到着後、フリータイム。
  宿泊●ホテル泊 食事● - /  - /  - 
3ヨハネスブルグ
セントヘレナ
午前:空路、ヨハネスブルグからセントヘレナへ。到着後、ホテルにご案内致します。
午後:宿の周辺を散策します。
  宿泊●ホテル泊 食事●機内 / 昼 / 夕
4セントヘレナ終日:セントヘレナ島中央部を観光します。
『ハート型の滝』の観瀑台/峠の商店/マオランを栽培していた廃村/連絡に使った?ベルストーン/田舎家ロック・ローズ/ゴリラの頭岩/ロットさん岩とロットさんの奧さん岩/サンディ・ベイのチャペル/樹木園/セント・ポール大聖堂/ファーム・ロッジを訪れます。
  宿泊●ホテル泊 食事●朝 / 昼 / 夕
5セントヘレナ終日:セントヘレナの首府ジェームズタウンと近郊観光
<近郊>ルーパートの谷/ハイ・ノール要塞/ハーフ・ツリー・ホロウの集落/ラダー・ヒル砦/鉄道会社建設の索道跡ジェイコブス・ラダーを見学
<ジェームズタウン/ウォーキング・ツアー>セント・ジョンズ教会/ローマ・カトリック教会/バプティスト教会/戦没者慰霊碑/セントヘレナ島政庁(ザ・キャッスル)/要塞の側溝/ジェイコブス・ラダー(麓)/セント・ジェームズ教会/最高裁判所/ザ・キャッスル・ガーデンズ/郵便局/ナポレオン通り/時計塔を見学
  宿泊●ホテル泊 食事●朝 / 昼 / 夕
6セントヘレナ終日:プランテーション・ハウス方面のツアー
総督邸プランテーション・ハウスとアルダブラゾウガメのジョナサン/ボーア人の墓地/ノールコーム・バプティスト教会を訪れ、見学します。
  宿泊●ホテル泊 食事●朝 / 昼 / 夕
7セントヘレナ終日:ナポレオン関連史跡を中心としたツアー
ナポレオン最初の寓居ブライアーズ・パビリオン/アラーム・ハウス/ナポレオンの旧陵/ナポレオン最後の寓居ロングウッド・ハウスを見学。
帰路、セント・マシュー教会/ハーレー展望台/トゥンギ蒸留所を見学。
  宿泊●ホテル泊 食事●朝 / 昼 / 夕
8セントヘレナ午前:セントヘレナ島西部の観光
セントヘレナチドリ観察地/ボーア人流刑地跡/酪農の村ブルー・ヒル/ブルー・ヒル・ショップ(田舎の店)/ハイ・ヒル展望台と大西洋眺望/島名の由来になったと考えられるセント・ヘレナと十字架教会などを訪れます。
午後:フリータイム
  宿泊●ホテル泊 食事●朝 / 昼 / 夕
9セントヘレナ午前:ボート・トリップをお楽しみください。
セントヘレナ周辺の小島/海から見るセントヘレナ島・・・そして運がよければ海鳥やイルカが見られるかもしれません。
午後:フリータイム
  宿泊●ホテル泊 食事●朝 / 昼 / 夕
10セントヘレナヨハネスブルグ午前:フリータイム。
午後:空路、セントヘレナからヨハネスブルグへ。
  宿泊●ホテル泊 食事●朝 / 昼 / 機内
11ヨハネスブルグ午前:ご出発までフリータイム。午後:空路、香港へ。
  宿泊●機内泊 食事● - / 機内 / 機内
12香港
東京・名古屋・大阪
午後:香港で乗り継いで帰国の途へ。午後:東京(成田)着。
夕刻:名古屋(中部)着。夜:大阪(関西)着
  宿泊●泊 食事● - / 機内 /  - 
出発日・旅行代金(1名様あたり)
東京発
2019/6/6(木)960,000円
2019/8/8(木)1,080,000円
2019/9/12(木)990,000円
大阪発
2019/6/6(木)960,000円
2019/8/8(木)1,080,000円
2019/9/12(木)990,000円
名古屋発
2019/6/6(木)960,000円
2019/8/8(木)1,080,000円
2019/9/12(木)990,000円
ご旅行条件・他
最少催行人員●3名(定員6名)
添乗員●同行します。
利用予定航空会社●南アフリカ航空
利用予定ホテル●【セントヘレナ島】ブルー・ランタン、ハリーズ・ゲストハウス、ザ・コンスレート・ホテル、マンティス・ホテル、タウン・ハウス・アコモデーション、ウェリントン・ハウス、マルディヴィア・ロッジ、ベルトランズ・コテージ、ファーム・ロッジ・ホテル、ウィローデン、リチャーズ・トラベル・ロッジ ※セントヘレナの宿は分宿になる場合がございます。 【ヨハネスブルグ】シティロッジ・ホテル・アットORタンボ・インターナショナル・エアポート、プロテア・ホテル・トランジットORタンボ・エアポート、インターコンチネンタル・ヨハネスブルグORタンボ・エアポート、アフリカン・ロック、ピアモント・ドレアル・グランド・アット・エンペラーズ・パレス、ピアモント・メットコート・スイーツ・アット・エンペラーズ・パレス、ピアモント・モンディオール・アット・エンペラーズ・パレス、ガーデンコートORタンボ・インターナショナル・エアポート、シティロッジ・ホテル・ヨハネスブルグ・バーバラ・ロード、シルバーバーチ・アット・バーチウッド、プレミア・ホテルORタンボ、プロテア・ホテルORタンボ・エアポート
お一人部屋追加代金●90,000円 ホテル泊
燃油特別付加運賃(旅行代金に含まれません)●(基準日2018年9月10日)
国際線:¥59,340円(南アフリカ航空)
●注意点
※予防接種、予防薬服用は特に義務付けられていません。
※虫が苦手な方は携帯用蚊取線香、電子防虫機具をお持ち下さい
※紫外線が強いので、紫外線対策を万全に。
※セントヘレナ島は私有地が多いので、許可なく立ち入らないよう、お願い致します。
※悪路を歩くこともありますので、履き慣れたハイキング用シューズをお持ち下さい。
※現地の土壌、鉱物、動植物は持ち出し禁止です。

●旅行代金に含まれないもの
各国空港税、日程表に含まれない食事代、その他個人的な出費。

【事前徴収】
・成田空港諸税: ¥2,610
・関西空港諸税: ¥3,040
・中部空港所税: ¥2,880
・南アフリカ空港旅客税: ¥3,870 (ZAR190.00x2)
・南アフリカ旅客税: ¥4,800 (ZAR238.02x2)
・南アフリカ出発税: ¥480 (ZAR23.61x2)
・南アフリカサービス保安料:¥490 (ZAR23x2)
・セントヘレナ出国税: ¥20,140 (GBP130.00)
・セントヘレナ入国税: ¥2,610 (GBP17.00)
・セントヘレナ入国許可費用: ¥4,600 (GBP30.00)  
<2018年9月10日現在>

●旅券(パスポート)の残存期間
帰国時に残存期限が6ヶ月以上有効及びパスポートの未使用ページが最低3ページ以上ある旅券が必要

●査証(VISA)
査証は必要で、事前に取得します。
・査証代実費: ¥7,660 (GBP50.00)
・査証代行取得手数料: ¥10,800
※必要書類は流動的です。お問合せの段階でお知らせ致します。

●大阪・名古屋発及び、その他の地方都市発の場合
・福岡・札幌・沖縄など地方発はお問い合わせ下さい。
 
●燃油特別付加運賃及び空港諸税
【ご注意】燃油特別付加運賃及び空港諸税について をご覧下さい。
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