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チベット仏教徒のたぎるような篤い信仰心を感じる
アムドの旧正月を祝う モンラム祭

 

文・写真●田中 真紀子

ラプラン寺
チャム(仮面舞踊)を見に集まった人々(夏河・ラプラン寺)

都市化が進んだチベット自治区・ラサでは見られなくなった風景、“失われた記憶”とも云うべき情景を五感で感じられる土地・チベットの東北部アムド。そのアムドで行われる、旧正月を祝う(※1)祭が「モンラム」です。モンラムとは「祈り、祈祷」の意。チベット仏教に深く帰依する人々の祭なので、単なるハレの日ではなく、仏に祈り、1年の災いを祓い、加護を祈るための、信仰を新たにする場でもあります。
そんなアムドの祭の様子を行事や都市の紹介とともにご紹介します。

※1 チベット文化圏でもアムド地方では、ラサで使われているチベットの伝統的な暦ではなく中国の旧暦と同じ日に新年を祝います。


「アムド」とは


アムドMAP

祭の紹介をする前に今回の舞台、アムドについて簡単にご紹介します。
アムドとはチベットの東北地方を指し、現在の中国・青海省、甘粛省の各チベット族自治州に位置します。荒涼とした岩山と裾野に広がる豊かな牧草地の中で生活を営む遊牧民と家畜達、息を呑むような雄大な自然景観なども魅力のひとつです。現在チベット仏教の最高指導者でもあるダライ・ラマ14世、ゲルク派の開祖ツォンカパをはじめ、古より多くの高僧や活仏を生んだ土地としても知られ、チベット仏教にとって歴史的にも重要な地域です。

中でも同仁(レゴン)と夏河(サンチュ)は特に重要で、どちらもチベット仏教徒が多く暮らし、信仰心の篤い地域です。
同仁は西寧から約130km 、黄河の支流沿いにひらけた街で、周辺のセンゲジョン、ゴマルなどの村々とあわせて「レゴン(熱貢)美術」と呼ばれるチベット仏教美術の中心地です。センゲジョンなどの村ではタンカ絵師などの工房も見学できます。
夏河は、アムド最大の仏教僧院・ラプラン寺を中心に開けた街です。ラプラン寺はチベット仏教ゲルク派(※2)6大寺のひとつで、高僧の生まれ変わりであるとされる活仏も修行にくる寺院でもありました。かつては4,000人程の僧侶が修行していた大僧院ですが、現在は1,300人程。それでも政府からの援助を受けず、国内外の信者からの寄付のみで運営され、お寺の案内も、チベット語のみならず中国語・英語などで僧侶自らが行っています。

※2 チベット仏教四大宗派のうち、15世紀に成立した最も新しい宗派。現在の最大宗派。開祖はアムド出身のツォンカパ。ダライ・ラマ14世もゲルク派に所属。黄帽派とも呼ばれる。


ゴマル寺の巨大チョルテン(同仁)
ゴマル寺の巨大チョルテン、同仁(レゴン)
ラプラン寺
ラプラン寺の大本堂前、夏河(サンチュ)


モンラム祭


モンラム祭は、またの名を「チョティル・モンラム」といい、直訳すると「1月の祈願祭」という意味になります。さらに、アムドでは漢民族と同じ旧暦を用いていることもあり、漢民族のお正月を意味する「ギャロ・モンラム」と呼ばれることもあるそうです。
1月1日~15日の間にお釈迦様が異教徒の神々を調伏したという伝承を記念し「チョティル・モンラム」が行われるようになった、とアムドでは云われています。また、ラサでもかつてチベット暦の1月4日~11日に「モンラム・チェンモ」が行われ、大法会と各僧院の僧侶達による大問答大会が行われていたそうです。

アムドで、モンラム祭を執り行っているのは、全てゲルク派の寺院で、祭では法要、大タンカのご開帳、弥勒菩薩の山車巡回、そしてチャム(仮面舞踊)というのが基本の流れとなっています。1日で全てを行う訳ではなく、例えば1日目は準備の日として簡単な法要、2日目に大法要、3日目は寺院の一般へ開放、4日目に大タンカのご開帳、5日目に山車巡回、6日目にチャム、など数日かけて祭が行われます。

ここでは特に大タンカのご開帳、山車巡回、チャムの様子をご紹介します。

大タンカご開帳

大タンカのご開帳はお釈迦様が異教の神々を調伏した日を記念し、全ての生き物にご加護があることを祈って行われます。多くの寺院では日の出とともに大タンカのご開帳が行われることが多いですが、ゴマル寺では夕刻、日の入りにあわせてご開帳が行われています。

●ゴマル寺(同仁)

境内で法要を行う
境内で法要を行う
僧侶がドゥンなど楽器を吹いて先導
僧侶がドゥンなど楽器を吹いて先導
タンカを運ぶ若衆
タンカを運ぶ若衆

高僧、活仏もご開帳を見守る
ゴマル寺の大タンカ開帳 1
幕で覆われたタンカ
ゴマル寺の大タンカ開帳 2
幕が上がり、夕日に照らされ……
ゴマル寺の大タンカ開帳 3
ご開帳です


●ラプラン寺(夏河)

ラプラン寺 大ダンカ
ラプラン大タンカ。日の出とぴったり合う様に置かれたタンカ台。
お釈迦様の頭上真上に太陽が昇っていく。


山車巡回

山車の巡回で掲げられているのは弥勒菩薩です。弥勒菩薩とは、お釈迦様が涅槃に入られてから56億7000万年後にこの世に現れる未来仏のこと。山車巡回では、この未来からやってくる弥勒菩薩を歓迎し、生きとし生きる全てのものの将来に加護を祈ることを目的としているそうです。

●センゲジョン下寺(同仁)
同仁のセンゲジョン下寺では、弥勒菩薩の像を載せた山車は、活仏の神輿とともに、お寺の周辺を1周していました。山車および神輿は村の若衆を中心とした男性達が運び、その前を寺の祭の指揮を執る僧侶達が練り歩きます。巡回中に僧侶達による法要が各所で行われていました。
また、山車が本堂に戻る手前、巡回のクライマックスには、大勢の僧侶が山車の到着を待っています。山車が到着すると、青年僧による太鼓、ほら貝、トゥン(銅製のラッパ)などの演奏を先頭に、少年僧によるシンバル隊、そして最後に山車が寺院境内へ戻っていきました。

活仏を載せた神輿
活仏を載せた神輿
青年僧による太鼓
少年僧によるシンバル隊
上:青年僧による太鼓  下:少年僧によるシンバル隊


チャム

祭のフィナーレを飾るのは仮面舞踊チャムです。僧侶達による太鼓やラッパの演奏にあわせ、神々が旋回しながら舞います。チャムに登場する神々はどの寺院でも大体同じだそうですが、仮面はお寺によって違うので、複数のチャム見学ができる場合は、観察してみるのも面白いでしょう。また、チャム会場の真ん中にはトルマ(バターとツァンパ(麦粉)で作られた供物)が据えられることが多く、これらも寺毎にデザインが違うので注目です。
護法神など神様によるチャム(舞)、喜劇仕立ての出し物、とスットゥムと呼ばれる道化のような2人組が人々から寄付を集めるもの、など大きく分けると3種類です。
アムドのモンラム祭のチャムで、とても目立つ存在の護法神は三つ目の牛の仮面をした「チェギャ」です。チェギャは、アムド出身でゲルク派の開祖であるツォンカパの護法神でもあり、モンラム祭では必ずといっていい程登場される神様です。
同人のセンゲジョン下寺、ゴマル寺、そして夏河のラプラン寺のチャムの様子を少しずつですが、ご紹介します。

●センゲジョン寺(同仁)


チェジャと大黒天の護法神の舞
髑髏の舞
チャム会場中央に置かれたトルマ
上:髑髏の舞
下:チャム会場中央に置かれたトルマ


●ゴマル寺(同仁)

祭会場
熱気あふれる祭会場
三つ目の牛の仮面をした「チェギャ」
三つ目の牛の仮面をした「チェギャ」


チャタワラによるダオの破壊(右に黒い△の枠がある)
チャタワラによるダオの破壊(黒い△枠内のダオを打ちつけている)


チャムのクライマックスを飾るのが、黒い憤怒形をしたチャタワラという護法神によるダオ(悪霊などを集めたもの)の破壊です。写真では見づらいですが、チャタワラが対峙している箱のようなものは三角形をしており、この△の中に、チャムの舞を踊る護法神たちの力によって悪いものを封じ込めていくそうです。この△の中に封じ込められた悪を、チャタワラが手斧によって打ち砕いていきます。ダオの破壊は、一打して終わりではなく、舞と同様に、何度も繰り返されます。
地元の村長さんの話によると、このダオの破壊は仏教伝来前、ボン教の時代からの習慣を基にしているそうです。かつては、ダオの中に敵対する村の護法神、村長、高僧の名前などを呪詛したものを入れることもあったそうで、村人達からは本当に病気になると信じ恐れられていました。仏教伝来後、このような呪詛の慣習は廃れ、法要の意味や目的も変わっていったそうです。

祭で供えられていたトルマも、破壊されたダオも、祭の後、日が暮れてから近くの畑で燃やすか、川に流すかされ、1年の災いを祓い、来る1年の平和を祈るそうです。


アムドの祭はアムドの人々あってこそのもの


会場を見守る活仏
ラプラン寺のチャム会場を見守る活仏(左上)
観衆の熱気に満ちた会場
観衆の熱気に満ちた会場(ラプラン寺)


アムドのモンラム祭がなぜ魅力的かといえば、普段見られない行事が見られるということよりも、地元の人々が心から祈っている姿、真剣な眼差し、その何かに対してひたむきに一点の曇りなく「想う」強い気持ちを肌で空気で感じるところです。良い意味での強いプライドと篤い心をもったアムドの人々、その信仰の場を見られる祭という意味で、モンラム祭は特別な空間なのです。