小川 康のヒマラヤの宝探し

第174回 キハダ ~忍者の薬~

 
妻が発見したキハダの木 妻が発見したキハダの木

 信州、筑北村の山間地を車で走っていると助手席の妻が突然、「あれはキハダじゃない?」と叫んだ。確かに左側の寺院の境内にはキハダらしき大木が見え隠れしている。僕は車を止めると確認するために岩殿寺(がんでんじ)と記された山門をくぐり境内に足を進めた。すると、驚くことに本当にキハダだったのである(注1)。ここで、これがどんなに驚くべきことかが分かる人は、かなりの生薬マスターであり、その寺院の名前に不思議な縁を感じる読者はチベット通だといえる(注2)。なにしろ、キハダという地味で特徴の少ない薬木を、時速50キロで走行中に、目視だけで偶然に発見することはかなりの能力を要するというか、普通にはあり得ない話だからである。「まあ、さすがはチベット医の妻だけはあるね。なかなかやるじゃないか」と複雑な気持ちでキハダのコルク質の樹皮に手を触れた。

 縄文人の住居跡からキハダが発掘され、これが確認できる日本最古の薬とされている。内皮は鮮やかな黄色をしていることからキハダ(黄肌)と呼ばれる。古くから、山伏(修験者)たちのあいだで常備薬として用いられ、各地で信者たちに与えることで信仰を広めていったといわれている。また、日本各地にはキハダを主成分とした民間療法が伝わっており、打ち身、捻挫、口内炎、やけど、リウマチ、神経痛、風邪、はやり目などに活用された。現代では、キハダの有効成分ベルベリンが下痢止め、目薬、湿布薬、歯磨き粉、乳牛の薬など多くの現代薬に配合されている。このようにキハダは日本人にとって最も大切な薬木であり、キハダさえあればいざというとき、何かしらに効果のある万能薬を作ることができるのである。したがって、学校や神社など避難場所に植える木はキハダが相応しい。

キハダの内皮 キハダの内皮

 僕はさっそく筑北村役場に「なぜ、岩殿寺にキハダがあるのか」と問い合わせると興味をもった職員がわざわざ村の古老に尋ねてくれた。なんでも、いまから50年前にAさん(故人)という方が岩殿寺周辺の地域の各家庭にキハダの苗を配ったという。ただ、残念ながらいまとなってはその目的は分からないが、妻の偶然の発見によってはじめて50年前の歴史がよみがえり、筑北村ではキハダに注目が集まりだしたのである。さらに、後日、役場の職員から「1985年にNHKで放映された『真田太平記』の第6話の23分目に、女忍者のお江(おこう)が真田幸村の傷の治療をする場面でキハダが登場しています.しかも舞台は小川さんが住んでいる別所温泉です」と興奮気味にメールが届いた。きっと真田の忍者たちは野山でキハダなど薬草を見つける能力に長けていたに違いない。もしや我が妻は女忍者の生まれ変わりか?

 そして、昨7月、筑北村修那羅峠において、キハダから薬を作るワークショップ「森でくすりを作ろうよ」を開催し、見事、二日がかりでキハダの薬とキハダ染色に成功したのである。キハダの木を探索するところからはじめ、切り倒し、樹皮を剥ぎ、内皮を細かく刻み、煮つめ、濾して、また煮つめると翌日の昼には水飴状になってきた。これを板状に伸ばしたものが伝統的和漢薬「陀羅尼助(第117話)」の起源である。15名の参加者全員で真っ黒な濃縮液を舐めてみた。「苦―――い!」。悲鳴に近い叫び声が筑北の森に響きわたった。

キハダ濃縮液の完成 キハダ濃縮液の完成

実はこのワークショップは、チベット医学部生時代、キハダと同じくベルベリンを含有するケルパ(日本名メギ)を山で探し、採取し、濃縮する製薬実習にヒントを得ている(第32話)。ゼロから薬を作り、患者に処方するチベット医学の醍醐味が忘れられず信州で再現したのである。昨年は他にも、小学生対象のジュニア・サイエンススクール(大分)や、中高校生対象のスーパーサイエンス・ハイスクール(奈良)や、医学部、薬学部での講義でもキハダは教材として大活躍してくれた。

キハダ染め キハダ染め

キハダの効果効能や学名や観察は後回し。なにはともあれ、森のなかで感覚を研ぎ澄ましてキハダを見つける能力を、いざというときのために、われわれ日本人は取り戻さなくてはいけない。さあ、忍術修行の一つとしてキハダを探しに森に出かけませんか。

注1
キハダはミカン科に属する5-20mの木で、アジアに限って分布し、日当たりのよい、水分の多い肥沃な土地に生育している。7-8月、内皮が木部から剥がれやすくなり、この時期に内皮を採取する。生薬名を黄檗という。ミカン科で芳香性があるために虫が寄り付きやすいことから、森林関係者からは嫌われることがある。

注2
チベット三大寺院の一つにガンデン寺がある。もちろん、岩殿寺との関係はない。

リンク
真田太平記と忍者と薬草

筑北村で開催したキハダワークショップ
 
岩殿寺