小川 康のヒマラヤの宝探し

第178回 パンゴンツォ ~辺境の医学~

 
パンゴンツォ 奥の薄青い部分が氷結箇所

4月23日から5月6日まで、風の日本語ガイドのスタンジンとともにラダック各地の伝統医を訪ねました。今回から5回シリーズで「ラダック伝統医を訪ねて」を連載します。

29日早朝、ラダックの中心都市レーを出発し、雪が残る標高5300mのチャンラ峠を越えてパンゴンツォを目指した。パン(草原)ンゴン(青)ツォ(湖)、すなわち「真っ青な草原のような湖」である。有名なインド映画のラストシーンに使われたことから、多くのインド人観光客が夏になると訪れる。同行のイケメン早稲田学生が「小川さん、行きましょうよ」と強く背中を押すので腰があがったが、実は、僕の真の目的はパンゴンツォにはない。湖の手前の小さな村タンツェに赴任している僧医ロブサンと再会することにあった。

野性のロバ

峠を越え、野生のロバや、ヤク、マーモット、狼に出会いつつ車は大草原を疾走していく。そしてレーを出発してから5時間、ようやくタンツェ村に到着した。病院の門をくぐると、彼を探すまでもなく「オガワ!」と彼が僕を見つけて駆け寄ってきた。突然の訪問だから驚くのも無理はない。再会は7年ぶりだ。「ついこのあいだ、オガワはどうしているかなと思い出していたとこなんだ。よく来たな。まあ、お茶を飲もう」。

マーモット

ロブサン僧医はレー近郊の農村の出身。レーの伝統医学校を卒業し、2007年にメンツィカンの卒業試験を受験したときに僕と出会った(注1)。当時、ロブサンはメンツィカンにわずか1ヶ月の滞在だったが、顔を合わせるたびにお茶をした。僕はラダックの伝統医学事情について尋ね、彼は日本の文化に興味を持ってくれた。妙に気があった理由のひとつに、互いに外国人であったことが挙げられる。日本人の僕は「明らかな外国人(第157話)」ならば、ラダック人のロブサンは「辺境の外国人」。ラダック人とチベット人は互いに同じ文化圏である同胞意識とともに、基本的に異なる民族であるという独自意識もまた根強くあるというと意外に思われるだろうか。そして、ラダックはチベット医学文化圏の辺境にあたるからこそ、僕はアムチとしての居心地のよさを以前から感じていた。辺境ゆえにアムチと民衆との関係の「厳粛さ」が緩和されている。ラダックでは、外国人アムチであることの引け目がほぐされていく感触があるのだ。 

ロブサンと僕

話をロブサンに戻そう。彼はいま、ラダック地方が属するジャンムー・カシミール州政府が管轄するタンツェの病院に伝統医として赴任し6年になるという(注2)。6年前の2009年、州政府がラダック伝統医学を正式に認めたことで、ラダック伝統医は村社会のレベルを越えて、はじめてラダック全土での連携が生まれはじめている。この日はたまたま暇そうにしていたが、後日、聞いたところによると、彼の病院は薬が足りなくなるほどに多くの患者が頼りにしているという。もともとラダックの村々にはアムチは必ずいたものだが、家系が途絶えてしまった村にはこうして、州政府がアムチを新たに派遣しはじめている。

「辺境の地でよくがんばっているなあ」という僕の言葉に彼は「さすがにそろそろレーの街に戻りたくなってきたよ」と笑いながら言葉を返してくれたが、ここでの暮らしが楽しそうな様子が伝わってきた。すっかり村人たちに馴染んでいる様子が伝わってくる。「ここは夏になると麻黄(第5話)、ルクル(第12話)、チャゴプーなどチベット薬に用いる薬草が咲き乱れるんだ」。

もっと彼とゆっくり話をしたかったが、のんびりしていると、せっかくここまで来ながら湖まで足を延ばす時間がなくなってしまう。旧知のアムチと出会い、すでに旅の目的を果たした充実感に浸りつつ、「ついでに」といっては失礼だが、村を出て40分後、昨日まで全面氷結していたというパンゴンツォに到着した。

パンゴンツォ

すると、なんと、湖面の氷が溶けはじめているではないか。氷結した湖面の薄い青色が群青の青色へと僕たちの眼前でゆっくりと姿を変えていく。湖岸には砕けた氷の破片が「御神渡り」のように美しく縁取っている。足下を見るとすでに麻黄が濃緑の茎を伸ばしはじめていた。前言の「ついでに」を全面撤回。湖の神様、たいへん失礼しました。

麻黄

日本に帰国後のいま、パンゴンツォに思いを馳せるとき、僧医ロブサンの笑顔を思い出す。湖面の群青色は薬師如来のラピスラズリ色のようにも思えてきた。ラダックの伝統医は大自然のなかで、人々の根源的な営みとともに存在している。彼と出会ったおかげで、パンゴンツォは眺める風景のひとつとしてではなく、その風景のなかに生きる人間として、僕たちが入り込むことができたような気がしている。そして、いま、僕はタンツェのような信州の大自然のなかに薬局を開きたいと考えるようになっている。信州もチベット医学文化圏の辺境のひとつとして仲間入りを目指したい。

注1
メンツィカンで学ばなくともメンツィカン卒業と同等の資格をラダック人に与えるこの特別制度には、メンツィカン内部から批判的な意見が出たことから、結果的にこの年と翌年に実施されただけで廃止されている。

注2
ラダック伝統医が置かれている状況は非常に複雑である。整理すると以下の4つのレベルが混在し、連携が取れているような取れていないような状況である。
① 各村々の村民によって認められる世襲アムチ
② 州政府が運営するレーの伝統医学校で教育されるアムチ
③ インド国によって認められ雇用されるアムチ
④ チベット亡命政府のメンツィカンによって認定されるアムチ

リンク
伝統医学のそよ風