小川 康のヒマラヤの宝探し

第222回 ペー ~喩え~

 
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虎のように勇気をもって

八世紀に編纂された『四部医典』にはユニークな喩え(チベット語でぺー)がたびたび登場し、暗誦に苦しむチベット医学生を楽しませてくれた。今回はそのなかでも心に残った喩えを紹介したい。

①動物編

治療効果が出はじめは蒙昧な羊のように、あれこれせずに落ち着いて治療しなさい。激しい病を抑えるときは怯えたキツネのように治療しなさい。外科療法を行うときは虎のように勇気を持って行いなさい。

(結尾タントラ第26章 総括の章)


「蒙昧な羊のように」は現代の医療過多な状況への貴重なメッセージとなりうるかもしれないので医薬学部では是非、羊を飼って観察していただきたい。さすがに虎は無理か。

②焚き火編

未熟熱は湿った木に火をつけたときに最初に生じる煙のようなもの。増大熱は乾いた木が燃える火のようなもの。空虚熱は吹きつける風は冷たくても火を助長するようなもの。潜伏熱は木に埋もれている火のようなものである。

(秘訣タントラ第15-18章より抜粋)


『四部医典』では熱病を推移順に未熟熱、増大熱、空虚熱、潜伏熱、慢性熱、混濁熱の六つに分類している。そもそも現代医学でも熱病を明確に説明するのが不可能なことを考えると古代の人たちの文学的な表現法のほうがしっくりとくる。そして僕は帰国後、薪ストーブの生活をすることでこれらの教えが一段と身に沁みてきた(第170話)。病院ではぜひ薪ストーブを導入していただきたい。


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家の中の様子を知らない泥棒

③泥棒編

元の病を治せば副次的な病は鎮まる。たとえば泥棒の親分を捕らえれば他の子分も捕まえられるように。 

(釈義タントラ第27章 治療方針の一般論)


瀉血とお灸をする際にツボを知らない医者は、家の中の様子を知らない泥棒と同じで病に適切に対応できない。 

(釈義タントラ第31章 医師の心得)


こうした人間味あふれる喩え話も僕は大好きだ。とはいえ鍼灸学校や医学部で泥棒の実習はちょっと無理か。


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漆喰のように

④建物編

骨盤は建物の基礎のようなものである。胸骨は四本の梁のようである。二十四本の肋骨は上手に並べた垂木のようである。肋骨の軟骨部分は垂木の基礎木のようである。脈管と筋と腱は垂木の間に張り巡らせる細かい木のようである。肉と皮膚は漆喰の粘土のようである。五つの感覚器官は建物の窓のようである。 

(釈義タントラ第3章 身体比喩)



この二年、森のくすり塾の建設をとおして、いまようやく上記の教えを理解することができた(第203話)。メンツィカン学生時代、垂木も漆喰も暗誦だけは完璧にできたのだが。


⑤商売編

体の寒熱の状態は尿によって知ることができる。たとえば、商人が上手に説明し買い手が商品を憶測するように。

(結尾タントラ第2章 尿診)


たとえ高貴薬を見つけたとしても貧しい病人にどうして買えようか。たとえば、お金がないのに商店街へ出かけるようなものだ。そこで、辺境の地の患者を救うために菩提心にもとづいて、草本薬の配合法を教示する。

(結尾タントラ第12章 草本薬調整法)



もともとチベット人はなかなか商売上手である。その意味では関西人は『四部医典』を理解しやすいかもしれない。


⑥弓矢編

病の侵入を弓矢に喩えると、射る目的物である的、つまりルン、ティーパ、ベーケンに対して放つ四本の矢とは、時、悪霊、食、行動、の四つである。的に矢が刺さった、つまりルン、ティーパ、ベーケンに外因の四つが影響を及ぼし異常な状態になる。

(釈義タントラ第10章 病の侵入)



高校、大学と弓道部だったおかげで(第93話)この喩えはとてもわかりやすかった。そういえば僕はここ一番でけっこう的を外していたな。おかげで病気とは無縁だったのかもしれない。


⑦死刑編

治療はけっして後回しにせず、中断せず集中して行いなさい。たとえば屋根の上をバター茶が詰まった御椀を持って歩き、もしバターが零れたならば死刑である、と宣告されたように。 

(釈義タントラ第31章 医師の心得)



個人的にはこの比喩がいちばん心に強く残っている。仏教が根づいている平和的な民族とはいえ、それはそれ、これはこれである。

ちなみにここに紹介した喩え話は、ごくごく一部に過ぎない。なによりも『四部医典』の喩えの凄いところは1000年を経たいまもなお、しかも異民族の日本人ですらも共感できる普遍性にある。僕はついつい大好きな野球や相撲を喩え話に用いることが多いけれど、これからは1000年後にも「そうそう」と納得してもらえる喩えを心がけていきたい。


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