小川 康のヒマラヤの宝探し

第225回 ソムシン ~花粉症の特効薬~

 
tibet_ogawa225_1店内

杉はとっても柔らかくてとっても刻みやすい。作業中にうっかり金槌を床に落とすと、その形のまま凹んでしまうほどだ。その柔らかさのおかげで子どもが転んだときに頭を打っても安心である。伐りたての杉で建てられた店舗には杉の香りが強く漂っている。小さな子どもたちは気持ちがいいのか杉床の上に自然と寝そべる。無垢の木は呼吸していて温かい。製材にまわせなかった杉は薪として店を暖めてくれる。こうして有効活用すればいいのだが、近年、花粉症を巻き起こすこともあってすっかり厄介者扱いされている。伐り倒した杉にもたっぷりと花粉がついていた。花粉症で悩む妻は「杉と友達になることで花粉症は改善される」とキャプテン翼くんの「ボールは友達」精神で積極的に伐採作業に参加したが、杉の返り撃ちにあって余計悪化してしまった。

tibet_ogawa225_2刻んだ柱

森のくすり塾が所有する杉林は、昔の地図を見ると沢沿いに細長く広がる田んぼだったことがわかる。40年ほど前、当時の所有者の故Tさんが杉の苗150本近くを田んぼに所狭しと植えた。当時、杉とヒノキとカラマツの植林政策が推し進められ、子どもの将来のため、または自分の老後の年金代わりにと夢を膨らませたという。それが40年後、大木になることは予想できても価値がなくなるとは予想できなかった(注)。輸入外材の安さと比べて採算があわないことから放置されたままになっている。間伐されず混み合って育つ環境では杉は根をしっかりと張れない。そして杉は子孫を残すべくいっせいに花粉をまき散らしはじめた。

問題は花粉だけではない。つい30年ほど前まで、野倉において背の高い木は少なく、遠くまで見通すことができた。沢向こうの畑に手を振って「おーい、お茶飲みにこいやー」と叫んだと古老たちは懐かしむ。それがいまや杉の大木が壁のように立ちはだかって集落を各地で分断している。その壁の一つが「森のくすり塾」名義になった杉林なのである。そしてこの2年間で60本近くの杉を伐採したかいがあって、ようやく杉の壁に隙間が現れて向こう側の景色がうっすらと見えてきた。少しだけ風が流れだした気がする。沢の北側の日蔭でゆっくり育ったおかげで良質の杉材だったと大工の新保さんが教えてくれた。Tさんに感謝である。

tibet_ogawa225_3伐採風景

杉をある程度伐採すれば、空間にカエデなど広葉樹が伸びて適度な混合林になることが予想される。混合林になればセンブリやオウレン、イカリソウなど有用な薬草が下草として生えるかもしれない。残った杉はしっかりと根を張ってくれるだろう。花粉はあんまりつけなくなるはずだ。だから「花粉症を治す特効薬はありませんか?」と質問されるたびに「杉を伐ること。それしか特効薬はありません」と僕は答えている。ただ残念ながら「60本分の杉が減って上田市民の花粉症がほんの少し和らいだ……」という報告はいまのところ届いていない。とはいえ製薬会社は薬の研究開発とともに杉伐採ならびに有効活用を真剣に考えてみてほしい。ちなみに杉はチベット語でソムシンという。

tibet_ogawa225_4鉋をかける筆者

正直なところ、自分たちで杉を伐り製材所に運び込んだが、その手間と危険と製材代金と木材乾燥のための場所の確保を考えたら、けっして安くはあがっていない。だからこそ「どうして外材は安いんだ!」と強烈な違和感を覚えてしまうのである。とはいえ外材を安く輸入する日本政府を批判しても仕方がない。やんごとなき複雑な理由があるのだろう。戦後の植林政策をしたり顔で責めてもなにも変わらない。その時代に生きていれば自分だって疑いをもたなかっただろう。ただ、いま疑いもなく当然と思っている社会の価値観は意外と簡単に覆えるかもしれない。その心の準備だけはしていたほうがよさそうだ。そんな心構えを杉から学んだような気がしている。


参考
戦後の日本を再興すべく木材の調達が急務となった。そこで外国から木材を大量輸入したことが外材のはじまりだという。できるだけ早く国産で賄うべく極端な植林政策が勧められた。詳しくは各自で調べてみてほしい。


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