小川 康のヒマラヤの宝探し

第238回 ゴム ~瞑想と禅~

 
IMG_3120早朝の座禅

昨秋、生まれてはじめて禅を体験した。場所は富山県上市町の立山寺(りゅうせんじ)。早朝、風のツアー参加者といっしょにお堂の片隅に半跏趺坐、半眼の姿勢で座した。ほどよい涼しさが心地よい。街の喧騒から遠く離れているおかげで、鳥のさえずりのみが聴こえてくる。しばらくすると肩にそっと警策(きょうさく)の棒が触れた。テレビで見慣れたあのシーンである。厳かな気持ちというよりは、少しミーハーな気持ちとともに緊張しながら合掌し前傾姿勢をとった。「パシン!」と肩に柔らかな衝撃が走る。気持ちを引き締めるとともに「修行に励みなさい」という激励の意味でもあると御住職は語る。予定の20分が経過したところで禅を終えた。20分は集中力を持続する意味において初心者にはちょうどいい時間に思えた。まだ座れるという物足りなさとともに、また座ってみたいという気持ちが湧いてきたからだ。情報が溢れ、頭を使い過ぎる傾向にある日本社会においては、頭と心を空っぽにして休めるのは大切なことなのだろう。

いっぽうチベットにおいて禅はZENとしてその名が知られており、チベット仏教、並びにチベット仏教の瞑想とは明確に区別されている。意外に思われるかもしれないがチベット人は無念無想の境地を目指すことはなく、事実、10年に及ぶダラムサラ滞在中、禅のような沈思黙考の修行に励むチベット人を見たことは一度もない。ときに視覚的にマンダラを用いて、ときに論理的に因と果の原理に則って、ときに真言をひたすら唱えながら自分の心を緩やかに変容させていくことを目指す。それは瞑想・ゴムsgomの語源がほぼ同音の動詞ゴムgoms「習慣づける」に由来することからもわかる。心とは一朝一夕で変わるものではなく、日々の習慣的な営み、すなわちゴムによってはじめて変化が生じるとされる。わかりやすい例としてチベット医学における瞑想の一例を紹介したい。8世紀に編纂されたとされる四部医典には瞑想・ゴムは一節だけ登場し「四無量心の瞑想を行いなさい。(釈義部第三一章)」とある。

IMG_3108夜は小川さんのお話しを聞きました

衆生すべてが幸せでありますように(慈)。/衆生すべてが苦しみと離れていますように(悲)。/衆生すべてが苦しみと離れ幸せとともにありますように(喜)。/衆生すべてが偏見差別と離れ平等の見地にありますように(捨)。 

慈悲喜捨の四つを祈る瞑想を「四無量心」という。この偈文をなんども唱えながら具体的に衆生(生きとし生けるもの)へむけての慈悲を観想(イメージ)する。僕も四無量心の偈文を在学中は朝夕、欠かさずに唱えていたし、帰国後のいまも自宅で毎朝唱えている。そのおかげかどうか因果関係までは明確ではないが、確かに小さな虫を無慈悲に殺さなくなった自分に気がつかされる。ただし血を吸った蚊と噛んだアブだけは別枠であるが。

 歴史を振り返ると8世紀に中国からチベットへ禅が伝わっている。しかし「サムイェー寺の宗論(8世紀末)」と呼ばれる歴史的な論争においてインド仏教学者カマラシーラ(チベット名 ペマ・ンガンツル)が中国の禅僧に勝利し、以後、インド仏教がチベットにおける正統な仏教と認定され、その後のチベットにおける流れを決定づけたとされている(注)。中国から伝わった日本の禅と、中国の禅を否定したチベットの瞑想。どちらが正しいではなく、それぞれの風土、文化、時代に適した形の瞑想方法が定着したと思われる。ただ、二つは似て非なるものであり、歴史的には互いに否定しあう関係にあったことは知っておいてほしい。

IMG_3128ツアーでは立山寺近くの森を小川さんとともに散策

正直なところ10年に渡ってチベット仏教の世界にどっぷりと浸かっていたために、僕は日本の禅に対して、やや懐疑的な態度をとってきた。しかし実際に体験してみると、それはそれで新鮮に感じることができた。前述したように、考え事をすることが癖になっている自分にとっては(たとえばこのエッセーの内容をいつも考えているように)、禅の無想無念の境地も必要ではないかといまは捉えている。ときにチベットの瞑想で習慣的かつ論理的に、ときに禅の無念無想の境地で。この二つをハイブリッドしたらどうなるのだろうか。そもそも仏陀の時代における原始の瞑想とは如何なるものだったのか? そんなことを立山寺の御住職と語りあえたらと思っている。


ツォンカパが、単なる無思考の状態と空性の体験との違いを論じる際に、古代チベットのサムエの宗論-無の境地になることがすべてだとする中国の禅僧摩訶衍と中観を説くインドのカマラシーラが王の前で論争し、中観が正統とされた、という話を持ちだしているのです。   『異なる伝統を比較する際に気をつけるべきこと -衆生・空性・禅-』(吉村均 チベット文化研究会報 第40巻 第2号 2016)より抜粋 



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