小川 康のヒマラヤの宝探し

第246回 ガンガ ~シャーマンと仏教~

 
タイムの仲間タイムの仲間

 

8月5日~12日、モンゴル草原のくすり塾を開講しました。今回は開講レポート第二回目です。

ちょっと珍しくて懐かしい薬草メハジキ(和名 目弾き)をゲルのそばで見つけた。短く刻んだ茎を目の瞼に挟んで弾いて遊んだことにその和名の由来がある。20年ほど前までは信州の河原や土手で群生しているのを見かけたものだが、近年は開発によって激減してしまった。せめて整地する前に生薬会社と連携して有効活用できたらと思うのだが、残念ながらその価値は日本人に知られていないために、ただ刈り取られ捨てられている。漢方名を益母草(やくもそう)といい、その名のとおり主に女性系の疾患に適用される貴重な薬草なので、もし日本で群生地を見つけたら採取・乾燥して有効活用してほしい。モンゴル医学名はツルベルジ・ウブス。やはり女性用のモンゴル薬として活用されている。ただし茎を目に挟んでは遊ばない。

メハジキメハジキ

 

草で遊ぶといえばチンギスさんが「小さい頃、こうやって服に投げて遊びました。シウェと呼んでいました」と実践とともに教えてくれた。確かにイネ科の穂の部分が小さな槍のように服に刺さる。風の契約ガイドのチンギスさんは医学の専門家ではないので、草木の名前や効能については詳しくないと謙遜するが、遊牧民の家(ゲル)に生まれ育ったがゆえに、草木と深く関わりながら生きてきたことが自然と伝わってくる。そういえば僕も小さい頃は小さな手榴弾のようなオナモミを集めては友達の背中に投げていたものだった。女の子たちはレンゲソウで花輪を編んでいた。「草を楽しむ」。これが僕にとって薬(くすり)を学ぶ第一歩だった。

チンギスさんと僕チンギスさんと僕

 
ゲルのそばで日本名ルバーブ。チベット名チュツァを見つけた(第75話)。茎が中空になっていて、茎を吸うとアイラグ(馬乳酒)と同じ味がするので、この植物をモンゴルではアイラグと呼ぶ。ツアー中に何度かアイラグを飲ませてもらったが、実際にはルバーブのほうが酸味は強いと思う。とはいえ薬草に馬乳酒の名前がつくほどにモンゴルは馬の文化が根づいていることに納得がいった。モンゴルに行く前にルバーブの茎を吸って馬乳酒を事前体験してみてはいかがだろうか。

ルバーブルバーブ

 
 ゲルから少し離れた丘で香りが強い麝香草の仲間(ハーブ名・タイム)を見つけた。モンゴル名をガンガという。医学の専門家ではないチンギスさんが名前を知っているということは生活に根差した草であることがわかる。それもそのはず、ガンガはシャーマンの儀式には欠かせない香草だという。モンゴルではいまでも様々な揉め事や相談事の場面でシャーマンが活躍している。シャーマンはモンゴル語では「ボー」といい、多くの場合、先祖霊を憑依させる霊媒師のことを指す。ところが伝統的に仏教の高僧とシャーマンは仲が悪いという。てっきり世俗的な権力争いかと思ったら違った。シャーマンは死後、彷徨っている先祖霊を遣って交信を行う。いっぽう優れた仏教の高僧は密教の法要によって彷徨っている先祖霊をあの世へと転生させてしまう。したがってシャーマンの仕事があがったりになってしまうというから、なんとも高次元の争いである。

薬草講義薬草講義

 
雨が降ってきたので食堂での薬草講義に切り替えた。こんなこともあろうかと持参したアルラ(第16話)を取り出したとき、チンギスさんが「ジャーディだ。頭が痛いときおばあちゃんがいつもこれを煎じて飲んでいました。懐かしい!」と身を乗り出すようにして叫んだ。ジャーディは原語のサンスクリット語に近く、チベット語ではザティ、日本語ではナツメグ(第47話)である。確かにアルラとナツメグは似ているので間違えるのは無理もない。そして間違えてくれたおかげで、ナツメグがいかにチベット医学文化圏において重要な地位を占めているかの説明で盛り上がった。でも、たぶん、このときチンギスさんはおばあちゃんを思い出していたと思う。僕も小さい頃、裏の畑からネギを採ってきてくれたおばあちゃんをちょっと思い出した(第134話)。
現地の人たちの薬草に関する思い出が記憶の彼方から呼び起こされ、その偶然の瞬間に立ち会い、そして僕自身、またはツアー参加者一人一人の奥底に眠っていた記憶と共鳴する。そんなとき、僕は薬草の旅の充実感に包まれる。モンゴルの薬草たち、遊牧民のみなさん、チンギスサン、バイルラー(ありがとう)。


参考文献
『現代モンゴルを知るための50章』(明石書店 2014 P280)



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