添乗報告記

添乗報告記●チベット最高の聖地・カイラス巡礼の旅(2012年4月)

 
集合写真1
タシデレ! 巡礼トレッキングの始まり

コース名:チベット最高の聖地・カイラス巡礼 21日間
2012年4月15日~5月5日 文●荻原文彦(東京本社)

今年4月『チベット最高の聖地・カイラス巡礼21日間』という、なんだかタイトルを読むだけで未だ興奮してくるこのロングツアーに同行させていただきました。4月頃は、畑をおこしたり麦の種蒔きをしたり、チベットの人々は農業に忙しく、インドからヒンドゥ教徒の巡礼団(多いときは500名規模)がやってくるにはまだ寒い時期ということで、凄まじき巡礼者には出会えませんでしたが、乾期ならではのヒマラヤ展望と静かで荘厳なカイラス巡礼トレッキングを満喫することができました。


メンバーは6名と少人数ですが、皆そうそうたる旅歴、職歴、人生歴の持ち主で、旅を盛り上げ、助けてくださいました。ツアー最後の夜は19日振りに高山病の心配が無い北京のホテルで随分とお酒を飲みながら、カイラスよりも「○○のトイレが一番すさまじかった」とか「○○の招待所がワーストだね」といった話に、何時間も盛り上がったのもよい思い出です。おそらく、皆帰国してからじわじわとカイラス巡礼の旅の良さやすごさを感じておられるのだと思います。

タルチョ、奥に聳えるカイラス
数々の伝説と神秘性で人々を惹きつけるカイラス(北面)

さて、カイラス(サンスクリット語で水晶の意味。チベット名、カン・リンポチェは尊い雪山の意味)。
古代インドでは世界の中心に起立するスメール山の伝説があり、やがてカイラスがこれと同一視され、その山容からヒンドゥ教の最高神の一人シヴァ神の象徴リンガ(男根)に見立て、シヴァ神が住まう聖山として信仰されています。そして仏教の世界観ではこの偉大なる雪山は仏(如来)として、その周りに寄り添う山々は菩薩や供物と見立て、チベット人にとって一生に一度は訪れるべき最高の聖地とされます。

カイラスにまつわる数々の伝説と人々を惹きつける神秘性は途方もなく、未だにカイラスが何者であったのか、とうてい私には整理できないのですが、日本を発って9日目にようやく見せたその姿と、巡礼2日目の朝の眩い北面の圧倒的な姿は、鮮明に瞼に焼き付いています。
鳥葬場の上空を舞うハゲワシの目からは、確かな立体曼荼羅であろうカイラス山とそれを取り巻く独立した山々。その1週52kmに及ぶ巡礼路の地上からの様子を少しご紹介します。

チベット高原 概念図
チベット高原 概念図(クリックで拡大)


カイラス巡礼 1周52kmの道


カイラス巡礼路(小)
カイラス巡礼路
(クリックで拡大)

■ コルラ1日目 カイラスのベストビューポイントへ!

タルチェン(4,670m)/チュク・ゴンパ(4,720m)手前= 車 車(約8km)
チュク・ゴンパ手前/ディラプク・ゴンパ(5,060m)= 徒歩 歩(約14km、約5時間)

全て歩くと約22kmと行程中一番長い道のりとなりますが、道自体は基本的に緩やか~な上りが続きとても歩きやすいです。現在、車道(未舗装路)がディラプク・ゴンパの麓にある、インド人向けのゲストハウスまで通じており、シーズン中(6~8月頃)はたくさんのインド人巡礼者が馬やジープを使ってゲストハウスを訪れるそうです。
私たちは、鳥葬台とタルチョが掲げた御柱(タルボチェ)が立つセルシュンに立ち寄りカイラス南面に別れをつげながら、チュク・ゴンパ手前まで約8kmはバスで移動。そこでヤク達に荷物を積み、歩き始めたのは11時20分。ラチュ左岸のほとんど傾斜を感じさせない道を北へ北へと進みます。昼食をはさみ、14時20分にカイラス西面のビューポイントに到着。ここは巡礼路中最もカイラスに近い場所です! 実は巡礼中、ずっとカイラスを拝めるわけではなく、不思議なことに南面、西面、北面、東面の4ヶ所にのみ開かれているのです。その後、テントのお茶屋さんで一休みして北面へ回りこんでいくと、ごろごろした賽の河原のようになり標高が5,000mを超えることから、結構堪えますが、ひと頑張りでディラプク・ゴンパに到着(15時45分)。ここで、最も見ごたえのある神々しい北面が見られるのですが、残念ながら16時頃から雪がちらつき、カイラスはガスの中でした。「この雪、ドルマ・ラではどれくらい積もっているのだろうか…」

tibet_tenjo030_06-1
巡礼の起点となるタルチェン
tibet_tenjo030_06-1
平らな台地が鳥葬場
タルボチェが立つセルシュン
tibet_tenjo030_06-1
チュク・ゴンパ手前まで車移動
tibet_tenjo030_06-1
緩やか~な道を歩きます
tibet_tenjo030_06-1
カイラス西面が近く聳える
tibet_tenjo030_06-1
シーズン中はたくさん経営されるテント茶屋
tibet_tenjo030_06-1
雪が降り始めた5,000mライン
tibet_tenjo030_06-1
ディラプク・ゴンパ
tibet_tenjo030_06-1
カイラス北面はガスの中…


■ コルラ2日目 最大の難所、ドルマ・ラ越え!

ディラプク・ゴンパ/ドルマ・ラ(5,660m)= 徒歩 歩(約6km、約4時間15分)
ドルマ・ラ/ズドゥルプク・ゴンパ(4,835m)= 徒歩 歩(約13km、約3時間45分)

早朝、青白く浮かび上がるカイラス北面があり、7時頃朝日がその頂に到達しました。無意識に手を合わせてしまう瞬間。カギュ派の行者兼吟遊詩人ミラレパは、ボン教代表のナロ・ボンチュンとカイラスの覇権をめぐる勝負で、この太陽光に乗ってカイラス登頂を果たしたという伝説があるそうです。
7時50分、無風快晴の中巡礼トレッキング開始。この日は最大の難所ドルマ・ラを目指す約600mの登りから始まります。決して無理のできない標高ですので、ゆっくりゆっくりドルマ・ラ・チュ右岸のガレた山腹を登ります。ところどころ急傾斜もありますが、2時間ほど歩くと上りはひと段落して緩やかな歩きやすい道となり、カイラス北面とその北側に並ぶ文殊・観音・金剛手3つの山を見渡せます。その後、カイラス北面を後ろ髪引かれるおもいで見送り1時間ほど歩くとドルマ・ラへの最後の登りです。昨日の降雪で脛あたりまで積もっていて、雪の白と高所特有の紺碧の空に包まれ登ること40分、ついにドルマラ(5,660m)に到着。おびただしい数のタルチョが、まるで絨毯のように張りめぐらされている峠の写真をよく見ますが、この時は、そのほとんどが雪に覆われておりました。平和を祈るメッセージを記したタルチョを皆で掲げ、30分ほど滞在した後、下降開始。ゾン・チュ川まで標高差約500mの下りは、午後の強い日差しでルート上の雪が融けだしており、ストックがなかったら転びまくるような緊張する箇所や、途中凍った沢を2回渡渉し、14時40分にゾン・チュ到着。ここからは、ゆるやかな川沿いの道が続きます。この日は風が少ない方でしたが、ゾン・チュは通年にわたり風の通り道で、特に午後は強い向かい風に悩まされるそうです。15時10分、カイラス東面のビューポイント(山頂が少し見えるだけ)を経て、17時45分ようやくズドゥルプク・ゴンパ(4,835m)に辿り着きました。とても長い行程ですが、峠越えを果たし最も充実する一日です。

tibet_tenjo030_06-1
朝日に染まるカイラス北面
tibet_tenjo030_06-1
山腹の上りから始まるトレッキング2日目
tibet_tenjo030_06-1
カイラスを背にしばしの緩やかな道を行く
tibet_tenjo030_06-1
紺碧の空の下ドルマ・ラへの最後の上り
tibet_tenjo030_06-1
コルラ最高地点ドルマ・ラ(5,660m)
tibet_tenjo030_06-1
凍った沢の渡渉
tibet_tenjo030_06-1
カイラス東面のビューポイント
tibet_tenjo030_06-1
まだ見えぬズドゥルプク・ゴンパ
tibet_tenjo030_06-1
ズドゥルプク・ゴンパ


■ コルラ3日目 晴れ晴れした気持ちになる再生の道

ズドゥルプク・ゴンパ/トゥルント(4,700m)= 徒歩 歩(約7km、約1時間40分)
トゥルント/タルチェン= 徒歩 歩(約4km、約1時間)or 車 車(15分)

ゴンパを拝観した後、9時50分出発。途中ゾン・チュの渓相が変わり深い谷になり落ちないように気をつける箇所がありますが、今までの二日間に比べれば、歩行距離も歩行時間も少なく楽勝の行程です。峠越えを果たし、タルチェンに戻る再生の道は実に晴れ晴れとした気持ちになります。3日前に私達がタルチェンに到着した日の夜、12名位のチベット人がたったの1日で巡礼を終え招待所に帰ってきました。だいぶお疲れのようでしたが、とても清々しい表情をしていました。カイラス一週の巡礼一回で、今まで自分が重ねてきた罪は浄化されると言われます。そのため、この先の現世でよりよい行いをしようと再生の一歩を歩めるような気がします。
12時55分タルチェン到着。たった三日振りですが、とても懐かしい思いがしました。

tibet_tenjo030_06-1
身軽になったヤク達
tibet_tenjo030_06-1
懐かしきタルチェンが見えた!


それだけでも旅の目的になる「おまけ」其の壱
ヒマラヤを総舐め? チベット高原大走破1,300km!


聖都ラサからカイラスへは西へ延々と約1,300kmの車移動があります。平均高度は4,300m前後、5,000m級の峠をいくつも越えるアドベンチャーですが、ここ5年ほどで道路状況はよくなり一部を除き立派なアスファルトが敷かれていますので、かつての旅行記には必ず登場していたスタックやパンクなどの車のトラブルはほとんどなくなりました。
このチベット高原大走破のヒマラヤ展望がものすごい! 東からマカルー、ローツェ、チョモランマ、チョーオユー、シシャパンマ、アンナプルナと8,000m峰のオンパレード、そして西チベットのナムナニと極西ネパールのアピといった7,000m峰まで、世界の屋根ヒマラヤを総舐めです。

特に素晴しい! VIEW POINT BEST 3

① パン・ラ(5,200m)
ニューティンリーからチョモランマBCへ向かう途中の峠で、マカルーからシシャパンマまでの大パノラマが広がります!

tibet_tenjo030_04-1
この写真の中だけで8,000m峰が3座もあります!
tibet_tenjo030_04-1
最高峰チョモランマ!

② ペンクン・ツォ(4,595m)
ネパール国境へと続く中尼公路から西にそれ、シシャパンマの南側を通りサガへ向かう道中にある湖で、褐色の大地にシシャパンマなどが聳えます!

tibet_tenjo030_04-4
褐色の大地に聳えるシシャパンマ
tibet_tenjo030_04-6
ピクニックを楽しんだペンクンツォ湖とマイナーな6,000m峰

③ マナサロワール湖畔の峠(約4,600m)
タルチェンの手前の村バルガからチュウゴンパへ向かう途中の緩やかな峠で、カイラス南面とナムナニ峰、そしてマナサロワール湖に囲まれます!

tibet_tenjo030_04-7
風スタッフもバリエーションルートから登頂!
巨大なナムナニ峰(7,694m)
tibet_tenjo030_04-8
ぽっかりと浮かび上がるカイラス南面



それだけでも旅の目的になる「おまけ」其の弐
広大な土林に築かれたグゲ王国 ~チベット仏教復興の地~


カイラスからさらに西へ200km以上行くと景色は一変! そこには、約10万年前まで東西200km、南北150km、水深700mという巨大な湖があったそうです。流れ込んだ土砂など堆積物は湖成層と呼ばれ、これは長い間水中だったため非常にやわらかい地層。そして数万年前にサトレジ川(ツァンダを流れる)がこの湖を貫き、湖水は一気に流れ出ました。急激に失われていった湖水により、弱い湖成層は激しく侵食を受け、この果てしない土林が生まれたといわれています。サトレジ川周辺は、ラダック方面の山脈を除き森林が乏しく木材は大変貴重であったため、掘りやすい土林に住居その他の石窟が作られ、いにしえのグゲ王国(9世紀~17世紀)が築かれました。

tibet_tenjo030_05-8s
果てしない土林!!
tibet_tenjo030_05-5s
夕焼けに染まるツァンダ(トリン)

仏教を国家宗教としていたチベット最初の統一国家、ヤルルン王朝が9世紀に分裂しチベットにおける仏教はみるみる衰退していきましたが、王家の一部は西へ逃れツァンダ(トリン)周辺にグゲ王国が興りました。イェーシェーウー王は自ら出家し、インドの高僧アティシャを招き入れるなど、仏教復興に力を入れ、グゲ王国は現在の宗派仏教時代の礎を築いたとされます。1630年にラダック軍に滅ぼされ、文革によっても破壊され今は遺跡・廃墟と化しているわけですが、残されたいくつかの美しい仏教壁画からは、チベットにおけるルネッサンスを巻き起こしたグゲ王国の栄華がひしひしと感じられるのです。

tibet_tenjo030_05-2s
グゲ王城遺跡
tibet_tenjo030_05-9s
ドゥンカル遺跡(1号窟)に残された壁画
tibet_tenjo030_05-7s
ピャン遺跡には1,000に及ぶ
石窟群があったという



揺るぐことのない「聖地」


2001年に訪れたチベット、ネパール、インドの国境付近の登山遠征で、標高6,300mのアタックキャンプから、ナムナニ峰とマナサロワール湖、そしてその奥にカイラス山を初めて見ました。あれから10年以上を経て訪れた念願のカイラス、この旅を終えて率直に思うことが2つあります。

ひとつは、カイラス単体ではなく、聖湖マナサロワールや伝説級の聖者達の修験場ティルタプリ、果てしない土林に眠るグゲ遺跡といった名だたる「点」と、中央チベットからの長い長い「線」の移動、そして、長期間にわたる高所滞在となかなか文明的な生活がおくれない厳しい環境(「間」)それらをひっくるめて、「チベット最高の聖地」であること。

揺るぐことのない聖地

そしてもうひとつ、将来さらに道路事情や招待所やホテルなど宿泊事情がよくなり、カイラスはもっともっと行きやすくなるでしょう。旅の終盤には、カイラスが「チベット最高の観光地」になってしまいそうで寂しいという想いがありました。しかし、改めてカイラスと対峙したときに無条件に「参った」と思わせるその力を思い返すと、巡礼者はもちろん、カイラスに憧れを抱く者にとっては、決して揺るぐことのない「聖地」であり続けるだろう、ということです。