特別記事

神様の別荘地 キルギス 〜美しい自然と暖かい人々を訪ねて〜

 

文●鈴木 翔太

一面に広がるケシの花と雪を被った天山山脈一面に広がるケシの花と雪を被った天山山脈

私とキルギスとの出会い

キルギス地図

出会いは偶然だった。それは2007年暮れ、働いていた財団法人の上司に「鈴木、来月からキルギス出張な!」と言われた時だった。その時私がいた部署は、開発途上国の国家公務員に日本の大学院で公共政策や経済を学んでもらい、将来の政策立案等の仕事に活かしてもらうという「人材育成支援プロジェクト」を実施しており、そのキルギス担当をやれということだったのだ。場所すらもよく分からずにウィキペディアで付け焼刃で調べて飛行機に飛び乗った私だったが、キルギスで仕事を始めてこの国の魅力に取りつかれるのに時間はかからなかった。
飛行機の窓から見下ろせば右も左も山、山、山、山。キルギス人の仕事相手はホスピタリティーに溢れ親切な人ばかり。宴会に呼ばれればウォッカでの乾杯の嵐。よって、私のキルギスに対する第一印象は「山」と「ホスピタリティー溢れる人々」と「ウォッカ」だった。そしてそれは3年以上経った今でも基本的に変わっていない。
そのようにしてプロジェクトのキルギス担当をして1年程経った時、偶然、JICA(国際協力機構)青年海外協力隊のキルギスでのポストが募集中であるのを見付けた。そのポストというのがキルギスの山岳ガイド・ポーター協会でガイドの育成や観光地としてのPRに取り組むというポストだった。長年趣味でやってきたクライミングの経験とキルギスで仕事した経験の両方が活かせると思い、即応募を決断し、運良く合格することができた。

中央アジアのスイス、あるいは神様の別荘地

羊がのどかに草をはむ草原
羊がのどかに草をはむ草原

キルギスは「中央アジアのスイス」と呼ばれている。実際にこちらに住んでいるスイス人の友人も「スイスよりもスケールの大きい山が多く素晴らしい自然環境だ」と言っていた。7,000m級のピークを含む天山山脈、琵琶湖の約9倍の大きさを誇るイシククル湖のほか大小様々な山岳湖、咲き乱れる高山植物の花々、アプローチも近い氷河、遊牧民の営む素朴な生活、夏には羊・馬・牛がのどかに草をはむ草原。それらを活かしてトレッキングから本格的な登山、乗馬、マウンテンバイク、ヘリスキー等、様々なアウトドア・アクティビティを楽しむことができる。また、騎馬競技もキルギスの見どころのひとつで、いくつか種類があるが、ウラック・タルトゥシュという何十人もの男が馬を巧みに操りながら山羊の死がいを奪い合う競技はとても迫力があり遊牧民族の底力を見る気がする。
どれか一つをとれば他の国・地域の方が素晴らしいかもしれない。例えば、ネパールのヒマラヤ山脈、モンゴルの草原等々。しかし、キルギスの良いところ、それは様々な魅力を同時に楽しめるということだと思う。日本の約半分の国土の中に沢山の魅力がコンパクトにつまっている。
時々キルギス人から聞くお伽話がある。昔々、神様が世界を創った時、世界の土地を様々な民族の人々に分け与えることにした。キルギス人も列に並んで順番を待っていたが、時間がかかると思ったので羊の世話をするために列から離れてしまった。戻って来た時には、神様は全ての土地を分け与え終えていた。キルギス人は「神様、私にも土地を分けて下さいよ!」とお願いしたが、神様は「土地は全て分け与えてしまったから、残念ながらお前にあげる土地はもう残っていないよ」と答えた。しかし、キルギス人は「神様、私には大きな土地は必要ありません。羊の群れさえ飼えればいいので小さな土地でも構いません」と嘆願した。そこで、神様は考え直して自分の余暇のためにとっておいた土地をキルギス人に分け与えることにした。それが今のキルギスの国だという。つまり、キルギスは神様の別荘地でもあったのだ。

家族の絆

草原に住む暖かいキルギス人家族
草原に住む暖かいキルギス人家族

キルギス人は家族の絆をとても大切にする。例えば、日本であれば両親の老後の世話は長男がすることが多いが、キルギスでは反対に末の弟がすることになっている。なぜならば先に生まれた兄弟よりも両親と過ごす時間が一番短いのが末弟であり、両親と一緒に過ごす時間をなるべく長くとるためである。また、協力隊として赴任して最初の数カ月はキルギス人家庭にホームステイをしていたが、そこに住んでいる家族以外の親戚がひっきりなしに訪れてきて途中までは新しく登場した親戚の名前を覚えるように努めていたが、16人を越えたところで多過ぎて諦めてしまったことがある。それ程家族が多いのである。
現在、遊牧生活を営むほとんどのキルギス人は夏の間だけ高地の草原に家畜を連れていき移動式テントのボズウィに住み、季節が終われば定住している村に戻ってくるという形で遊牧をしているようだ。夏以外の季節は家畜の世話をしつつ、じゃがいも等の農作物を育てたり首都ビシュケクやロシア等に出稼ぎに行ったりすることが多い。
しかし、厳しい自然環境の中で遊牧生活を営んできて育まれた家族の絆を大切にするという習慣は今でもしっかりとキルギスの人々の間に根付いており、このような家族の風景はこれからも変わらないものと思う。

日本人とキルギス人

クムズ(馬乳酒)を仕込み中のキルギス人女性
クムズ(馬乳酒)を仕込み中の
キルギス人女性
競馬競技「ウラック タルトゥシュ」に参戦する男たち
競馬競技「ウラック タルトゥシュ」に
参戦する男たち

日本人が魚を好きなのと同じ位、キルギス人はとにかくお肉を良く食べる。再びキルギス人がよく話してくれるお伽話だが、昔シベリアのアルタイ地方に住んでいた人々がいた。ある時、お肉の好きなグループは西へ移動し、魚の好きなグループは東へ移動した。お肉の好きなグループがキルギス人となり、魚の好きなグループが日本人となった。だから昔我々は兄弟だったのである、と。確かに北海道のアイヌの人達が織物等に紡ぐアイヌ文様とキルギスの伝統的なフェルト製品の文様はとてもよく似ているし、赤ちゃんの頃にお尻に蒙古斑があるのも同じだ。これはホームステイ先の家族の赤ちゃんのお尻を見させてもらい確認したから間違いない。顔ももちろん日本人そっくりで、私が下手なロシア語で話し始めない限り相手からはキルギス人だと思われている。
キルギスの伝統料理といえば、クールダック(羊肉とじゃがいもの炒め物、キルギス版肉じゃが)やベシュバルマク(羊肉入りのきし麺のような幅広の麺料理)だが、それ以外にも中央アジアで共通して食べられているプロフ(肉、タマネギ、ニンジン等の炊き込みご飯)やラグマン(トマトベースの中央アジア版うどん)も有名である。どれも日本人にとっては油の量が多めかもしれないが、それでも一般的に言って日本人の口にはよく合い美味しく食べられると思う。お肉でも野菜でも料理の素材が素材本来の味を大らかに出し切っている気がする。
このように日本の方にとってキルギスの人々や文化はとても親しみやすいものと思う。それは太古の昔から日本とキルギスがシルクロードを通じて繋がっていたからかもしれない。キルギスの山や湖、人々は遥か遠くの日の出る国から来た旅人でも暖かく迎え入れてくれるに違いない。「ようこそいらっしゃいました、我が兄弟よ」、と。

風通信」42号(2011年4月発行)より転載