お役立ち情報

シルクロード大走破 2019


西安にあるシルクロード起点の像
西安にあるシルクロード起点の像

夢をつなぐ旅

いつかこの足でユーラシア大陸を駆け抜けてみたい。イスタンブールやローマの地を踏んでみたい。
航空機での旅がスタンダートの時代に地面を伝ってヨーロッパ(西の文明)を目指してみる。
船の旅やシベリア鉄道の旅もいいが、人類がもっとも古くからもっとも多く往来したであろう道をたどってみたい。

とはいえ、長期休暇は夢のまた夢。

そこで少しずつつないで夢を形にするプランを作りました。
※今年はGWの10連休を利用したプランを「第2弾」に特別設定しました。

◆第1弾 西安~天水~蘭州~嘉峪関~敦煌~ウルムチ

◆第2弾 ウルムチ~トルファン~クチャ~ホータン~カシュガル

◆第3弾 カシュガル~トルガルト峠~イシククル湖~ビシュケク~タラズ~サマルカンド

◆第4弾 サマルカンド~ブハラ~マーリ~アシガバッド~マシュハド~テヘラン

◆第5弾 シーラーズ~ヤズド~イスファハン~テヘラン~アルダビール~タブリーズ

◆第6弾 タブリーズ~マークー~ドゥバヤジット~カルス~ワン湖~ネムルート山~イスタンブール

【支線編】
◆第7弾 カシュガル~タシュクルガン~フンザ~チラス~べシャーム~イスラマバード

◆第8弾 バクー~トビリシ~ステパンツミンダ~~エレヴァン~上スワネティ~バトゥミ

12~13日間刻みでシルクロード制覇に挑戦してみませんか?

シルクロード大走破 ルートマップ

シルクロード大走破ルートマップ(2019)



ツアー説明会はこちらをご覧下さい。

一体の偉大な王の像から始まる、カンボジアの旅。


時代的にほぼ同時期のアンコール遺跡群に、ヒンドゥ教寺院と仏教寺院がある訳とは?


アンコール遺跡の魅力を紐解く“鍵”

旅人を魅了して止まないアンコール遺跡の数々。その本当の意味での魅力を、古代カンボジアの歴史や繊細にして華麗なクメール芸術から紐解く旅。


関根先生同行で、2019年1月12日(土)発の特別企画ツアー、「関根秋雄先生と巡るカンボジアの今と昔 ─プノンペンからクメール遺跡・芸術を巡る旅8日間─」のご予約を現在受付中です。


プノンペンにある国立博物館には、一体の人物像があります。その像は、カンボジア栄光の時代を築いた偉大な王、ジャヤヴァルマン7世その人の像です。

その優れた写実性と人間性に満ち溢れた高い精神性を含んだ大王像は、アンコール芸術の白眉であると同時に、アンコール遺跡を理解する上で外すことのできない作品です。

この旅の始まりは、皆さんにこの像を紹介するところから始まります。

ジャヤバルマン7世頭部像


カンボジアの位置


「アンコール・ワット」に代表されるアンコール遺跡群の本当の意味での魅力を知るためには、その背景となる古代カンボジアの歴史を知り、繊細にして華麗なクメール芸術を理解することが何より重要です。ヒンドゥー教や仏教、インド神話やインドの二大叙事詩そのどれもがアンコール遺跡に刻まれていることから、インド文明を理解せずしてカンボジアの歴史・文化は語れないといいます。

このツアーでは、風カルチャークラブの座学講座「インドを知る」シリーズ講師を務める、関根秋雄先生が同行しますので、詳しい解説も魅力です。


ツアーのポイント

  • 関根秋雄さんが講師として同行。古代カンボジアの歴史やクメール芸術を詳しく解説
  • ツアーではあまり訪れないプノンペンにも滞在。ポル・ポト時代の歴史を刻むトゥール・スレン虐殺博物館も訪れます
  • 陸路でカンボジアを縦断します
  • アンコール・ワットはもちろん、プレアンコール遺跡も観光

  • バンティアイ・スレイ女神像
    バンティアイ・スレイ女神像
    クバール・スピアンの川岸に掘られた神々の彫刻
    川岸に掘られた神々の彫刻
    ガジュマルの巨大樹に飲み込まれそうなタプローム遺跡
    タプローム遺跡




    同行講師: 関根 秋雄(せきね・あきお) プロフィール


    1946年東京に生まれる。中央大学大学院博士課程を修了し、都立高校の世界史の教師として38年間在職。同時に2000年から中央大学文学部東洋史学科の非常勤講師として、南アジア史・東南アジア史を担当し2017年3月末に定年を迎え退職。
     現在は、栃木県野木町に在住し、野木町国際交流協会理事及び相模原市を中心に活動する「インドシナ難民の明日を考える会(CICR)」副代表として、国際ボランティア活動を行う一方、「のぎ・歴史を歩こう会」を主宰し、街歩き、城めぐり等の活動を行っている。
    主な著書
    ・『日本とのつながりで見るアジア4―東南アジアⅡ―』(岩崎書店 2003年)
    ・『世界史授業プリント―「世界史新聞」を生かす』(地歴社 2008年)
    ・『世界史授業シナリオ―黒板を大劇場に変身させるMPメソッド―』(地歴社 2012年)
    ・共著は歴史教育者協議会編の『知っておきたいシリーズ』(青木書店)に多数執筆
    ・翻訳 共著『アジア・美の様式(上・下)』(連合出版 1989年)


    6日目には、【アンコール・ワット朝陽鑑賞オプショナルツアー】もあります
    (最少催行人員5名、お一人様3,500円 所要約2時間 ※事前申込制)

    皆さまのご参加を、心よりお待ちしております。
    ※航空便が混み合ってまいりましたので、11月中のご予約をお勧めいたします!


    ツアー詳細はこちら

    ジャヤバルマン7世頭部像関根秋雄先生と巡るカンボジアの今と昔
    【新企画】1/12(土)発 プノンペンからクメール遺跡・芸術を巡る旅8日間

    ツアー概要
    <新企画>アンコール遺跡群の本当の意味での魅力を、古代カンボジアの歴史や繊細にして華麗なクメール芸術から紐解く、関根先生同行の特別企画ツアーです。



    講座「熊野古道・中辺路を歩く」ってどんな旅?


    熊野古道・中辺路を歩く 2泊3日の様子を簡単ですがご紹介いたします。
    ご検討中の方の参考になりましたら幸いです。


     


    特急くろしお号の車窓から

     
    新大阪から、特急くろしお号で集合地の紀伊田辺駅に向う途中、雄大な太平洋の景色が楽しめます。これから始まる熊野古道歩きへの期待も高まります。


     
    (more…)

    ベトナム・ハジャンへの旅


    ハジャンの奥地ルンカム谷 モン族や花ロロ族の村がある
    ハジャンの奥地ルンカム谷 モン族や花ロロ族の村がある

    《ベトナム北部辺境地の基本知識》

    ベトナム北部は中国雲南省南部と国境を接しています。この国境付近は石灰岩を多く含む山岳地帯で平地が少ないところで、17世紀ごろから様々な少数民族が中国(明、清など)の圧政から逃れてきました。そのひとつがモン族。中国ではミャオ族と呼ばれ、地域ごとに違う民族衣装で知られています。ベトナムのモン族も美しい晴れ着が有名で、市場などで見かけることがあります。
    人々は山岳地帯の中に盆地を見つけては開墾し、できる限りの山の斜面を利用して田んぼや畑を造り続けました。その結果、山々を縫うような続くクネクネ道や延々と続く美しい棚田ができあがりました。

    さて、最近までベトナム北部の秘境の代名詞は「サパ」でしたが、2015年に麓の町(ラオカイ)まで高速道路が開通し、4つ星ホテルも建ち始め、市街地は変わりつつあります。そんな中、サパのあるラオカイ省の東奥にハジャン省があります。サパがフランス統治時代、彼らの避暑地として開発された歴史を持っているのに対して、ハジャンは少数民族の統治に手を焼いたのか開発が遅れていました。そのおかげでベトナム山間部ののどかな雰囲気が多く残っています


    ベトナム北部・ハジャン周辺の地図

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    織物の谷・ルンタム村



    クネクネとした山道をいくつか越えた盆地の中に白モン族の暮らすルンタム村があります。ここに昔ながらの「はた織り工房」があります。実際に織り子さんがその織りを見せてくれるとともに、小さな販売所もあり、おすすめ。一見稲にも似た植物(麻)から糸が紡がれ、それが織り子さんの手によって丁寧に織り込まれていきます。織りたての麻布はがさがさした手触りなのですが、それを石と板を使って曲芸のような方法でやわらかくしていきます。その作業は、まるでサーカスの芸のようでした。
    販売所の品物は手間暇かけた手作りで、染色も自然の植物などを使用していて、日本に帰ってからも使えそうなデザインでした。

    白モン族の暮らすルンタム村では伝統のはた織り工房を見学できます白モン族の暮らすルンタム村では伝統のはた織り工房を見学できます
    丸い石と石板の間に織りたての麻布をはさみ、板上で曲芸師のように石を転がして布をなめす丸い石と石板の間に織りたての麻布をはさみ、板上で曲芸師のように石を転がして布をなめす


    染色の材料は植物や鉱物など自然素材のもの染色の材料は植物や鉱物など自然素材のもの
    販売店は小さいですが、つい買いたくなる品揃えです販売店は小さいですが、つい買いたくなる品揃えです


    民族衣装にも出会える市場



    ハジャン地方でも、たくさんの村や町で周辺の少数民族が特産物を持ち寄り金銭を通じた物々交換のできる市場があります。中でも大きいのがドンヴァンメオバックの市場。ドンヴァンがハジャンでは最大規模ですが、今回は、メオバック市場を訪ねました。
    市場は朝の5時間から始まります。私達は7時に訪れた時には、それはそれは大勢の人でにぎわっていました。多くは白モン族、そしてランテン・ヤオ族、1日で1000食をさばく白モン族のおばちゃん屋台、麻糸をよりながら商売に励むおばちゃん、この日唯一全身民族衣装に身を包んだ若い女性、自慢の米を売るランテン・ヤオ族のおばさん。ガイドの力を借りながらですが、思ったよりたくさんの人が写真撮影を喜んで受け入れてました。
    ほかにも、ミンタンイェンミンにも定期市が立ちます。

    鶏の値段で交渉する人鶏の値段で交渉する人
    メオバック市場で見かけた白モン族の女性メオバック市場で見かけた白モン族の女性


    商売の合間に果物をほおばるランテンザオ族の女性(メオバック市場にて)商売の合間に果物をほおばるランテンザオ族の女性(メオバック市場にて)
    クェットティエンの朝市で出会ったヌン族のお母さん。耳付き帽子がかわいらしいクェットティエンの朝市で出会ったヌン族のお母さん。耳付き帽子がかわいらしい


    ハジャンに麻薬王がいた!



    中国国境まであと3㎞というハジャンの奥地に立派な邸宅跡があります。第2次大戦前、中国からのアヘンの密輸密売で財を成したモン族の王ヴァン・チンドック(王志徳)のお邸です。中庭を2つ供えた重厚な壁に囲まれた母屋には第1夫人から第3夫人までの部屋や食堂、執務室などを供え、2階の壁には銃器用の小さな窓が敵の侵入ににらみを効かせています。中国から建築士を招いて建てられました。一族はグエン朝の承認の下、18世紀末からこの地域を支配していました。フランスの統治が進んでからはフランスに忠誠を誓い、周辺の少数民族の反乱の征圧に協力、フランスの一将官の地位も得ていました。しかし、ベトナムのフランス支配への反対運動が強まると、中立の立場を取りはじめ、ヴァンチンドゥックは中国へ亡命したとか。彼の死(1944)後、彼の息子はホーチミン支持を表明、ベトナム独立戦争時にはベトナム共産党に資金を融通するなどして、一族は新生ベトナムで復権。議員になるなど地位を回復したそうです。邸は保存、公開され、アヘン王の写真も飾られています。

    中国国境まで3kmのところにあるアヘン王の屋敷は中国様式で資材は中国から運び込んだとか中国国境まで3kmのところにあるアヘン王の屋敷は中国様式で資材は中国から運び込んだとか
    アヘン王ヴァンチンドゥックの写真が飾られています、フランスもアヘンを黙認していた?アヘン王ヴァンチンドゥックの写真が飾られています、フランスもアヘンを黙認していた?


    柱の下にはアヘンの原材料となる「ケシ坊主」の形がデザインされていました柱の下にはアヘンの原材料となる「ケシ坊主」の形がデザインされていました
    元アヘン王の屋敷は城のように兵器が準備され狭間もありました元アヘン王の屋敷は城のように兵器が準備され狭間もありました


    モン族の少女の数奇な人生の舞台 ルンカム谷



    2006年、1つのベトナム映画が世界に発信されました。ハジャンのルンカム谷に生きた一人の女性の実話を元に作られた映画「モン族の少女・パオの物語」です。
    ハジャンの山岳地帯に暮らす、家父長制が強く残るモン族の娘と2人の母親(生みの親と育ての親)の人生を描いた物語で、美しいハジャンの山岳風景と人々で賑わう市場のシーンがよく登場します。上映当時おばあさんになっていた主人公が若かりし頃の話ということから推測するに1960年代の話でしょうか。当時の市場は民族衣装で華やかです。
    この映画の舞台になったのがハジャンのルンカム谷にある村の小さなお屋敷。この地方を治めていた領主の邸が今もその子孫が暮らしていています。見学可能です。映画を見てから訪ねるか、訪ねてから観るか、どちらでも良し。
    ちなみに、私は現地でこの映画のことを知り、帰りのベトナム航空の機内の映画にあったので、思わず観てしまいました。映画はベトナム語で英語の字幕付で、私は一時停止を駆使しておぼろげにストーリーを理解しました。
    この谷には華やかな衣装の花ロロ族の村もあります。

    ルンカム村を舞台にした映画の撮影が行われたお屋敷前のそば畑ルンカム村を舞台にした映画の撮影が行われたお屋敷前のそば畑
    この館でも「ケシ坊主」の意匠が柱の下にありましたこの館でも「ケシ坊主」の意匠が柱の下にありました


    ルンカム谷に暮らす花ロロ族の村で民族衣装を見せていただきましたルンカム谷に暮らす花ロロ族の村で民族衣装を見せていただきました
    とても手の込んだ刺繍の花ロロ族の民族衣装、作るのに2年かかったそうですとても手の込んだ刺繍の花ロロ族の民族衣装、作るのに2年かかったそうです


    絶景ロード・カルストのジオパーク



    ハジャンの奥地ドンヴァンのカルスト地形は2010年ユネスコのジオパークに登録されました。このあたりでは筍のような形の石山(石灰岩の山)がニョキニョキと生えている間を、道路が蛇のようにクネクネと続いている光景を目にします。中でもメオバックとドンヴァンの間にあるマーピーレン峠の展望ポイントはおすすめです。その周辺は、晴天なら申し分ないでしょうし、多少の霧なんかでも、思わぬフォトジェニックな風景に出会えるかもしれません。
    太古海だったこの地が4~6億年前に隆起し、サンゴの死骸などで形成された石灰岩の山が雨風に削られて今のような竹の子状の山々を作り出したといわれています。

    ドンヴァンの手前イェンミン付近には美しい棚田が見下ろせる場所があります。この地域のモン族がまじめにコツコツと長い年月をかけて、山の斜面を田んぼや畑に開墾してきた成果です。バームクーヘンのような幾層ものあぜが大自然の中に美しい幾何学模様を作りだしています。
    そして、さらにその手前のクワンバという場所にもカルストが作り出した美しい風景があります。通称「おっぱい山」。石灰石の山が美しいおっぱいの形を作りだしているのです。
    ベトナムでは「妖精の山」と呼ばれ、笛が上手なモン族の男性と彼と恋に落ちた妖精の悲しい物語が残っています。詳しくは現地で聞いて下さい。

    マーピーレン峠は車道から少し上ると、展望はさらに開けますマーピーレン峠は車道から少し上ると、展望はさらに開けます
    山の間を縫うように車道はクネクネと走ります山の間を縫うように車道はクネクネと走ります


    ハジャンの奥地(ドンヴァン地方)にいくと、このような筍のような山々が連なる光景が続きますハジャンの奥地(ドンヴァン地方)にいくと、このような筍のような山々が連なる光景が続きます
    通称「おっぱい山」と呼ばれる妖精の山。笛の上手なモン族を主人公にした伝説が残っています通称「おっぱい山」と呼ばれる妖精の山。笛の上手なモン族を主人公にした伝説が残っています


    ハジャンに少数民族の村々を訪ねる



    ハジャン省には16の少数民族が暮らしています。国境付近までの道路建設も進み、村の暮らしも少しずつ変化していますが、途中には、様々な少数民族の村があります。昨今、この地域の民族衣装も普段着で着ることは珍しくなったので、ご好意で見せていただいたり、着てもらったりするのですが、やはり着るとなると晴れ着ですので、気合が入るようです。
    民族ごとに特徴のある衣装を拝見し、お話を伺って時間はあっという間にすぎてしまうのでした。

    7月田植えの時期に訪問。普段着で着ている女性も多かったです(ラチ族)7月田植えの時期に訪問。普段着で着ている女性も多かったです(ラチ族)
    ちょうど村ではお茶を干す作業中、お願いして衣装を見せていただきました、7歳のお孫さんもおそろいの衣装でした(パテン族) ちょうど村ではお茶を干す作業中、お願いして衣装を見せていただきました、7歳のお孫さんもおそろいの衣装でした(パテン族)


    衣装を見せてほしいと頼んだら、奥にこもって30分くらいかけておめかしして出てきてくれました(ザオクアンチェット族)衣装を見せてほしいと頼んだら、奥にこもって30分くらいかけておめかしして出てきてくれました(ザオクアンチェット族)
    のどかな田んぼが続く村にて、3月には村人が正装して集うお祭があるそうです(ポイ族)のどかな田んぼが続く村にて、3月には村人が正装して集うお祭があるそうです(ポイ族)


    ランテンザオ族の伝統的な家。がっちりとした土壁の2階建てです。窓は最低限に作られていましたランテンザオ族の伝統的な家。がっちりとした土壁の2階建てです。窓は最低限に作られていました
    家畜のえさとなる草をずっしりと背負って長い道を一人歩いていた白モン族の女性家畜のえさとなる草をずっしりと背負って長い道を一人歩いていた白モン族の女性


    ハジャン最奥の地に暮らす、ハレの日にしか着ない民族衣装を見せてもらいました(赤ロロ族)ハジャン最奥の地に暮らす、ハレの日にしか着ない民族衣装を見せてもらいました(赤ロロ族)
    村では漢字を使った護符のようなものが使われていました(アオザイザオ族) 村では漢字を使った護符のようなものが使われていました(アオザイザオ族)


    関連ツアー

    民族衣装を着たアオザイ・ザオ族の女性2/22(金)発 | 3/1(金)発
    ベトナム最奥の地で感動&リラックス
    ハジャン絶景山岳ロードとサパ郊外・棚田を見下ろすエコロッジと村めぐり8日間


    正装した赤ロロ族の男性(ドンヴァン近郊)2/28(木)発 | 3/21(木)発
    中越国境地帯ハジャンへ
    ベトナム最奥部・絶景山岳ロードに少数民族を訪ねる旅6日間

    ルーマニアで乗馬を楽しむ!


    シンカ・ノウア村にある乗馬クラブのかわいい馬
    馬小屋の窓からひょっこりと顔を出す乗馬クラブの馬

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    モロッコの秋はイチオシのシーズン!


    たわわになったデーツ(なつめやし)
    たわわになったデーツ(なつめやし)10月

    「モロッコに行きたいのですが、いつの時期が一番おススメですか?」と聞かれたら
    ズバリ秋です。暑い夏が終わったあとの爽やかな気候の秋は、果物も美味しく、空気も澄んでいて写真を撮ってもよく映ります。

    そんな秋のモロッコ旅行計画中の参考に、9月末~10月上旬の現地の様子と服装や気温などをまとめました。


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    “青の街” シャウエンの魅力


    青の街シャウエンの日常」風景
    青の街シャウエンの日常風景

    北モロッコを訪れる旅人に人気の街・シャウエン。
    正式名称は「シェフシャウエン(Chefchaouen)」ですが、モロッコ人も省略して「シャウエン」と呼ぶことが多いようです。

    歴史や自然の多様さが魅力の一つであるモロッコにおいても独特の雰囲気を放ち、近年雑誌やテレビなどでも話題になりつつある、通称“青の街”の魅力をご紹介します。 (more…)

    モロッコの気候と服装


    一年中温暖な気候の大西洋沿いの海岸から、アトラス山脈の高地、典型的な内陸性気候であるサハラなど、モロッコの大地はいつ、どこを訪れるかで気候もさまざま。「アフリカだから常夏!」と考えがちですが、それは大間違い。四季があり、比較的寒暖差も大きいのが特徴です。下記の気候データを参考に、服装等をご用意下さい。比較的気候の穏やかな春(3〜5月頃)と秋(9〜11月)が旅行シーズンだと言われていますが、フェズやマラケシュなどの都市部は、年中観光客が絶えません。灼熱の太陽が輝く夏のサハラ砂漠やカスバ街道、降雪のある冬のアトラスなどもそれなりの準備があれば、日本では決して味わえない経験ができます。一般的には12〜3月が雨の季節と言われますが、降水量は日本と比較できないほど少ないのも特徴です。

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    【特集】世界最高度を走る!! 青蔵鉄道で行くチベット


    青蔵(青海チベット)鉄道とは、中国青海省の省都・西寧とチベット自治区の区都・ラサ間の全長約2,000kmを結び、貴重な動植物の宝庫「ココシリ自然保護区」、崑崙山脈、タングラ山脈、ニェンチェンタンラ山脈という3大山脈、平均標高4,000m以上の青蔵高原を駆け抜ける、世界でも最も高い地点を走る高原鉄道です。
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    己の名誉をかける鷹匠の祭典「イヌワシ祭」


    強い信頼関係で結ばれたイヌワシと競技に挑む男たち
    強い信頼関係で結ばれたイヌワシと競技に挑む男たち


    祭典が行われる場所、バヤンウルギーとは

    バヤンウルギー地図

    アルタイ山脈やロシア国境も近いウランバートルの西方約1,300km、首都よりも1時間の時差があるほど離れているモンゴル最西端の県バヤンウルギー。アルタイ山脈のモンゴル国内最高のフィティン峰(4,374m)を擁するこの地には、騎馬民族の末裔・カザフ民族が伝統を守りながら暮らしています。

    両翼を広げると約2mもあるイヌワシを使った冬場の狩り(鷹狩り)や、2本弦の伝統弦楽器ドンブラで、その独自の伝統を広く知られるようになりました。


    → 西村幹也氏寄稿「カザフ民族とバヤンウルギー」
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