小川 康のヒマラヤの宝探し

第172回 タルプ  ~薬草を舐める~


ラダックの風景

 ラダック伝統医学ツアー(注)の初日、軽い高山病と喉の痛みに悩む僕はタルプ(第28話)の説明を参加者に簡単に済ませると、猛然とタルプを口に頬張った。タルプは四部医典に「肺の病を治す」とあるから喉にも効果がありそうだ。薬草の地産地消。とはいえ、参加者を置き去りしにした講師の暴走ぶりに、みんなは呆気にとられている。いやいや、まずは、ツアー講師みずからがアムチ(チベット医)のなんたるかのお手本を示したと捉えてほしい。事実、タルプのおかげで高山病は快方に向かい、ツアーを最後まで遂行できたのだから。 (more…)

第171回 ゲンダ ~生徒会長~


ゴンポ
ニマ
ペンパ
ジグメ

歴代のゲンダたち
[左上:ゴンポ(1年時) 右上:ニマ(2年時) 左下:ペンパ(3年時) 右下:ジグメ(4年時)]

ゲンダ、つまり生徒会長が決まらないとメンツィカンの一年ははじまらない。したがって、3月15日にメンツィカン全校生徒60人が集合すると、まずはなにを差しおいても、その年のゲンダ選挙が行われる。
 ゲンダの一日はまず朝7時、校舎の屋上にある鐘を打ち鳴らし、読経の開始を告げることからはじまる(第40話)。というと簡単そうだが、絶対に寝坊できないので毎日が緊張の連続だ。以下はゲンダの主な仕事である。
・朝夕の読経の際に60名全員の名前を律儀に読み上げて出席をとる。
・読経後に先生からの連絡事項を伝える。
・授業のはじまりと終りに、計10回、校舎の屋上の鐘を鳴らす。
・学生たちの要望を代表して先生に伝え交渉にあたる。
・毎月、300ルピーのお小遣いを学生全員に配る。
・毎月10日に開催されるツェチュ(第79話)のための買い出し(半日かかる)
・喧嘩、事故など学生たちの問題を調整する。 (more…)

第170回 メシン ~アムチは山へ柴刈りに~


我が家の薪ストーブ

 
「むかし、むかし、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に…」の柴が、薪にする小枝のことだと、みなさん知っていただろうか。僕は恥ずかしながらずっと「なんで芝生を刈るんだろう」と思っていた。 (more…)

第169回 ニェルカン ~アムチ道~


寮の廊下を歩く筆者

 
 東京、豊島区にトキワ荘というアパートがあり、1954年から60年にかけて藤子不二雄、赤塚不二夫、石森章太郎、寺田ヒロオなど売り出し中の漫画家たちが数多く住んでいた。同じ夢を抱いたもの同士が、みんなで漫画や映画について語り合い、ときには仕事を助け合い、貧乏生活を笑い飛ばした。そしてそんな若きエネルギーが後の漫画界を発展させていくことになる。この質素なアパートで繰り広げられた青春ドラマは藤子藤二雄Aの「まんが道(みち)」や、石森章太郎の「トキワ荘の青春」で活き活きと語られており、当時、高校生だった僕は夢中になって読んでいたものだ。 (more…)

第168回 スィク ~ダラムサラの動物~


雪豹がでたダラムサラの道

 日が沈んだ夜の7時ころ、メンツィカン寮に戻るとルームメイトのダツェが「いま、雪豹(チベット語でスィク)が周辺に出没しているらしい。夜に出歩くのは控えたほうがいいぞ」と心配そうに教えてくれた。雪豹の存在は以前から耳にしていた。大きさは中型犬くらいで、豹というよりも精悍な山猫のイメージに近いようだ。夜行性で、人の気配を察すると姿を消すことから、直接、その姿を目にした人はほとんどいない。 (more…)

第167回 ハトムギ  ~縁側の風景~   


ハトムギ

朝早くに自宅を出発し、長野市街を抜けて国道406号線に入ると風景は険しい峡谷に激変した。この先に村があるのだろうかと不安がよぎるが、「鬼無里」と記された道路標識を見つけては安堵を繰り返す。9時過ぎにようやく鬼無里の古民家に到着すると講演会スタッフのみなさんが出迎えてくれた。すると、真っ先に、広い縁側で子どもたちが石臼を回して大豆を引いている光景が目に飛び込んできた。庭では家主が斧で薪を割っている。その脇にある釜戸では山で撃ったという猪の鍋が湯気をあげていた。今日の講演会場となる古民家は1840年頃に建てられたという。 (more…)

第166回 ツィク・ギャ ~チベットの歌垣~


学園祭で歌う筆者(左端)2003年

メンツィカン学園祭の出し物でツィク・ギャをやることになり、僕はメンバーに立候補した。ツィク(言葉)ギャ(掛ける)=言葉を掛ける、すなわち日本でいう歌垣にあたる。といってもピンと来る日本人は少ないだろう。つまりは男女の歌の交換であり、小さい頃に遊んだ「はないちもんめ」のようなものというとピンときてくれるだろうか。和歌を交わすことで男女の想いを伝えあった平安時代の歴史を思い出してほしい。
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第165回 テムデル ~夫婦道祖神~


修那羅(注1)の峠を越えて向う側の村々が見えたとき、啓示をうけたがごとく不思議と心が軽くなった(第158話)。そうしてしばらく放心したまま峠の向こう側の村々を眺める。あの村々がまるで別世界のように見えたのはなぜだろう。そのとき放たれた僕の心は思いもかけず、別世界の住人にしっかりと届いていたようだ。1ヶ月後、峠の向う側、第158話を読んだ筑北村の職員から「ぜひ、修那羅で薬草のイベントをやりましょう」とメールが届いたのだから。 (more…)

第164回 チャンチュブシン ~治療のお礼~


お礼にいただいたブッダガヤの土と菩提樹の葉

メンツィカン研修医の僕のところに、失礼ながら見るからに生活が苦しそうな患者が訪れた。やつれた服装をしている。僕は彼に「薬代はいりませんからね。お大事にしてください」と告げると「ニャムタク(貧しい)」と処方箋の右上にサインして渡した。すると彼は白い包み紙をおずおずと僕に差し出した。中を開けると白っぽい土と一枚の葉っぱが入っている。「お金を払えなくて申し訳ない。診察のお礼にこれを受け取ってください。聖地ブッダガヤ(第147話)の土と大塔のそばの菩提樹(チャンチュブシン)の葉です」と何度もお辞儀をしながら説明してくれた。チベット人ほどに信仰心が強くない僕とはいえ、チベットならではの恩返しに感銘を受けたものだった。 (more…)

第163回 ネソカン ~入院病棟にて~


ソナム先生と筆者

メンツィカンの病院から歩いて10分、急な階段を下った閑静な森のなかに入院病棟ネ(病)ソ(治す)カン(院)はたたずんでいる(注1)。80mほど病院との高低差があることから、年配のアムチたちは回診を敬遠しがちではあるが、僕は気分転換がてら(といっては患者に失礼だけど)指導医の回診に同行するのが好きだった。そんなある日、ソナム先生から直々に声がかかった。

「オガワ、入院病棟へ回診に行くから付いてきなさい。末期の肝臓癌患者が入院したらしいの。でも、もう、余命は数日かもしれないわね」 (more…)