小川 康のヒマラヤの宝探し

第232回 タマ ~煙草~ 


タバコタバコ

鈍行列車に揺られながら1時間以上に渡って熟考していた。小学校の「ジュニア・サイエンス」の講師として招かれたのだが、下車駅が近づいても話す内容が浮かばない。お題目は「くすり」。おそらく一般的な薬には興味がないであろう小学校6年生を相手に90分(2コマ)、いったいなにを話せというのか。最近はすっかり講演慣れした感があった僕だが、久しぶりに焦りを感じていた。そうして熟考したまま小学校に着いてしまい、とりあえず校長室へ通された。「あのー、ちなみにこの授業枠で前回はどんな話しでしたか?」という僕の苦し紛れの質問に校長先生は「保健所の先生がきて、映像を使いながらタバコの害を教えてくれました」と答えてくれた。この瞬間Mr.アマノジャク(天の邪鬼)が僕の内部から起きあがった。「ちょっとすいません」と校長室を抜け出すと、近所のコンビニへダッシュしたのである。 (more…)

第231回 カンセン ~雪獅子~


雪景色 妙高高原駅の近くにて撮影雪景色 妙高高原駅の近くにて撮影

雪国ではひと冬のあいだに一度か、運が良ければ二度、積もった雪の表面がカチンコチンに固まる朝がある。するとどこでもどこまでも歩いて行ける解放感に身体がウズウズしはじめる。小さい頃、その現象を富山県高岡では「すんずら」、もしくはそのまま「かた雪」と呼んでいたが、日本語としては「凍み渡り(しみわたり)」が一般的な呼称のようだ。それは雪国の冬には滅多にない晴天の朝、放射冷却現象の朝に訪れる。 (more…)

第230回 ディ ~刃を研ぐ~ 


tibet_ogawa230_4薬房の看板

田舎のおじいちゃんはかっこいい。なかでも望月(現・佐久市)の農場(第43話)のおじいちゃんは最高にかっこ良かった。昭和三年生まれ。最年少飛行兵として14歳で入隊。「富山の出身です」と自己紹介すると「広島で新型爆弾が投下されたと無線で知ったのが、ちょうど富山の上空を飛んでいるときだったなあ」と述懐してくれた。戦後、実家の望月に戻り農業をはじめた。当時はまだ珍しかったトラックを先駆けて購入し、大根を積んで築地の市場まで往復したという。頻繁にトラックが故障するのだが、その度に自分で修理をしていたと楽しそうに語ってくれた。おじいちゃんは猟師で、畑の周りで悪さをする鹿を自ら撃っていた。鹿避けのために、畑の周りには仕留めた鹿の頭がたくさんぶらさげてあったのだが、 (more…)

第229回 チャムバ ~風邪薬~


tibet_ogawa229_3伝統薬

 珍しく風邪をひいた。これは貴重な機会とばかりに薬房で取り扱っている風邪薬を試そうと思い立った。その薬とは「橋本七度煎(ひちどせん)」。愛知県の知多半島に伝わる名薬である。七度煎はその名のとおり七回も煎じて服用する。薬問屋さんから「きっと小川さん好みですよ」と勧められて取り扱っていたのだが、あいにく試す機会がなく、お客さんから先に「風邪にすごく効きましたよ」と教えられていた。そして11月10日いよいよ試すチャンスが訪れたのである。 (more…)

第228回 メンジョル ~医師と薬~


tibet_ogawa228_11974年に完成した当時のメンツィカン校舎

 
 ナムゲル・ツェリン先生の授業が僕は好きだった。一語、一語、確かめるようにゆっくりと語ってくれるので、外国人の僕にはとても聞き取りやすかったことが一つ目の理由。もう一つ、1979~2001年まで22年間にわたってメンツィカン製薬工場で指揮をとっていたことから、他のどの先生よりも製薬(チベット語でメンジョル)に関して造詣が深かったことがある。そんな先生は患者を治療した体験談のあとには「おっと、みんな勘違いしないでくれよ。いまのは、私が医者として凄いという自慢話では決してないからな。医者が凄いのではない。いつだって患者を治すのは薬なんだ。薬が素晴らしいのだ」と慌てて付け足していたものだった。少しムキになりながら語る先生のこの台詞が僕は大好きだった。 (more…)

第227回 カラ ~チャイと砂糖~


チャイの屋台チャイの屋台

インド人同士の大乱闘に遭遇したことがある。遠巻きの群衆のなかにチベット人を見つけると「なにが原因ですか」と尋ねた。すると意外な答えが返ってきた。「チャイの砂糖の量が少ないとかで、チャイ屋の店主と客が喧嘩になったようだ」。 (more…)

第226回 ハリエンジュ ~活力を生む木~ 


tibet_ogawa226_4薪木から出た新芽

 ハリエンジュの木々が生い茂る雑木林を駐車場にすべく、チェンソーで立ち向かった。伐って倒して、枝打ちして、丸太を短く伐って、運んでと、振り返ってみれば昨ヶ冬と昨冬のほとんどを費やしてしまったが、「大草原の小さな家(第192話)」のチャールズに憧れる僕にとって開墾はけっこう楽しい作業だった。体一つで森と相対している充実感。荒れた雑木林に人の手が入り、敷地に光が少しずつ差し込んでくる過程は充実感を味わことができる。頑張った甲斐があって明るい駐車場ができあがった。

 と思って油断をしていたら、この夏、地面からあっという間にハリエンジュの幼木が (more…)

第225回 ソムシン ~花粉症の特効薬~


tibet_ogawa225_1店内

杉はとっても柔らかくてとっても刻みやすい。作業中にうっかり金槌を床に落とすと、その形のまま凹んでしまうほどだ。その柔らかさのおかげで子どもが転んだときに頭を打っても安心である。伐りたての杉で建てられた店舗には杉の香りが強く漂っている。小さな子どもたちは気持ちがいいのか杉床の上に自然と寝そべる。無垢の木は呼吸していて温かい。製材にまわせなかった杉は薪として店を暖めてくれる。こうして有効活用すればいいのだが、近年、花粉症を巻き起こすこともあってすっかり厄介者扱いされている。伐り倒した杉にもたっぷりと花粉がついていた。花粉症で悩む妻は「杉と友達になることで花粉症は改善される」とキャプテン翼くんの「ボールは友達」精神で積極的に伐採作業に参加したが、 (more…)

第224回 クリ ~最強の木材~


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 「森のくすり塾」建設予定地に残されていた古い小屋を解体すると、50年以上も前の古い柱がたくさん残された。さっそく短く切って薪にしようとする僕を制するように、大工の新保さんが「クリの柱だけはあとで役に立つから残しておくように」とアドバイスしてくれた。クリは水に強くて腐らず土手の補強や戸外の階段作りには最適で白アリがつかないという。湿気に対して木のなかで最強を誇る。とはいえ、やはり僕にはどの柱も同じ「木」にしか見えないため、一本ずつ新保さんにクリかどうか確かめてもらった。 (more…)

第223回 タルカ ~クルミ~


tibet_ogawa223_3青いクルミ

「森のくすり塾」の店舗の大窓からは女神山、独鈷山を主役に雄大な景色が広がる。その景色の手前、小さな沢の土手にクルミ(胡桃)の大木が藤蔓(ふじづる)に絡まれて苦しそうにしていた。なにしろ約40年近くも手つかずのままだった沢である。そして昨冬、僕は思いきって藤蔓をクルミともども切り倒すことにした。

 とはいえ蔓が絡まった大木の伐採はどこに倒れるかわからず危険極まりない。しかも足場が不安定な土手だ。そこで木こりのMさんに今回もお願いして伐り倒してもらった。超危険な場面が済んだらようやく(お調子ものの)僕の出番である。 (more…)