小川 康のヒマラヤの宝探し

第53回●「ヤク」肉が嫌いでごめんなさい


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

 ヤク 撮影インド・マリー
ヤク 撮影インド・マリー
2007年、この年がダライ・ラマ法王の厄年に当たることから、厄除け祈願のためにチベット社会では肉食を控える動きが広まった。仏教の教えの中にある十の不道徳のうち殺生は第一番目に挙げられているためである。


殺生、泥棒、不倫、嘘、無意味な言葉、他人を傷つける言葉、仲たがいさせる企み、他人のものを欲する、他人を害しようと考える、仏法を否定する。これら十の不道徳は慎みなさい。
 四部医典論説部第13章

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第52回●「リ・ガドゥル」アムチごっこ


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

リ・ガドゥル(ゲンノショウコ・フウロソウ科)。 撮影ダラムサラ。 日本では主に下痢止めや風邪予防に処方される。
リ・ガドゥル(ゲンノショウコ・フウロソウ科)。 撮影ダラムサラ。 日本では主に下痢止めや風邪予防に処方される。
 病院の一日は朝9時から30分間、職員全員の読経で始まる。薬師如来、お釈迦さまを讃えるお経を唱えターラ菩薩に差し掛かったとき、職員の4歳になる子供が一緒に唱え始め、診察室は和やかな雰囲気に包まれた。なぜかは分からないが、チベット社会では幼稚園でターラ菩薩のお経を毎朝読経させており、したがってほぼ全てのチベット人はこのお経をスラスラと暗誦することができる。ダライ・ラマ法王も含め、高僧の方々もきっとこうして小さい頃からお経を読んでいらしたのだろうか。 (more…)

第51回●「イチョウ」暗誦の力


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

イチョウ 撮影 東京都   イチョウはヒマラヤに生えておらず、 チベット医学にも登場しない。
イチョウ 撮影 東京都   イチョウはヒマラヤに生えておらず、 チベット医学にも登場しない。
2007年11月16日、メンツィカン(チベット医学暦法学大学)講堂。
静かに眼を閉じて息を整える。四方を取り囲む教職員、生徒たちのかすかなざわめきが心地よい緊張感を与えてくれている。いま、ここのために5年間頑張ってきた・・・。最後にもう一度大きく深呼吸して意を決すると、薬師如来への礼拝文を唱え、僕は果てしなく続く暗誦のスタートを切った・・・。 (more…)

第50回●「ペマ」観音様との再会


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

ペマ(蓮)。 ダラムサラ近郊のタシジョン寺にて撮影。
ペマ(蓮)。 ダラムサラ近郊のタシジョン寺にて撮影。
2008年6月1日仙台。2時から開催される講演会を前に青葉山に拡がる母校・東北大学薬学部キャンパスを散策して心を落ち着かせた。すると当時は気がつかなかった多くの薬草が僕を出迎えてくれた。あれ、ここに桑の木が生えていたんだ。こんな身近にオオウバユリがあったなんて知らなかった・・・。そんな新鮮な感動を覚えつつ懐かしい校舎の裏手に回ると思いがけず観音菩薩像に再会した。そういえば年に一度、動物実験で犠牲になった霊を鎮めるための慰霊祭が行われていたっけ。もちろん当時も可哀想という気持は確かにあったけれど、こうして振り返るとあまりにも無邪気だったと言わざるをえない。とはいえ動物実験に反対するつもりは毛頭ない。そしてチベット人社会で何年暮らそうとも、自分が無宗教であることに変わりはないけれど、今こうして心が痛むのを感じると告白すると「やっとオガワも分かったか」と彼らから、したり顔をされるので絶対に言わないでおこう。大切なことは経典や言葉ではなく、一緒に生活する中で伝わった。
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第49回●「クルモン」ヒマラヤのタンポポ


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

Q: 一般的にいわれているチベット医学の姿と、小川さんの書かれていることの間には大きな隔たりを感じます。果たして実際にはどうなのでしょうか?

(エッセー読者Hさんからの質問) (more…)

第48回●「ウッペル」ダライ・ラマ法王へ捧げる薬


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

ウッペル(ケシ科)。 仏典中にも登場する花であることから ダライ・ラマ法王も注目されている。 (写真提供、メンツィカン生薬研究室)
ウッペル(ケシ科)。 仏典中にも登場する花であることから ダライ・ラマ法王も注目されている。 (写真提供、メンツィカン生薬研究室)
2008年9月、ダライ・ラマ法王の急病によって多くの公式行事がキャンセルされた。そんな中、メンツィカンでは法王の侍医五名が製薬工場の特別室に集まり、伝統にのっとり、祈りを込めながら、全て手作業で法王に捧げる御薬が製造されていた。
代々、歴代ダライ・ラマの侍医はアムチ(チベット医)が務めており、万が一、在任中にダライ・ラマが逝去した場合、罪を負うことになる。事実、1933年に 13世が急逝されたときの侍医チャンバは、法王に投与した風邪薬が医学的に適切ではなかったのではという疑いがかけられてコンボ地方への遠方流罪となった。また、ダライ・ラマは9世から12世に至るまでの平均寿命が18歳という異常に短命な原因は権謀術数による毒殺ではないかといわれており、当然、最も身近な侍医が疑われるか、もしくは管理不行き届きとして罰せられるのはいたしかたないかもしれない。 (more…)

第47回●「ザティ」チベットの精神医学(下)


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

ザティ(ナツメグ、ニクズク科)
ザティ(ナツメグ、ニクズク科)
 手にたくさんの胃薬を抱えて若い男性が診察室を訪れた。なんでも隣の現代医学のデレック病院の診察を受けたあと、メンツィカンに行って再受診するように言われたのだという。
「そんなに薬をもらったんだったら、もう充分じゃないか。この上さらにチベットの薬を飲む必要はないよ」と僕はやや冷たく突き放す。すると若者は行き場を失ったように困ってしまったので「まあ、とりあえず座りなさいよ」と椅子を勧めた。
「いや、あの・・・、胃が痛いのと、あと夜、眠れなくて」
「何か心配事でもあるのかい?」
「ええ・・・。チベットで兄が政治犯として捕まって刑務所に入れられたんです。それから心配で夜も眠れません。それで心を落ち着かせる薬はこちらでもらうように言われました」 (more…)

第46回●「ルクミク」ヒマラヤ・ラブストーリー


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

ルクミク (キク科)
ルクミク (キク科)

その昔、アムチ(チベット医)といえばほとんどが僧侶であり男性だったが、時代も移り変わり現在では男女半々の割合となっている。20代の男女が全寮制で5年間も顔を合わせるのだから、当然、色恋ドラマも生まれるというもの。大学の教室では机を寄せ合って勉学に励み、ヒマラヤ山中では男が薬草サンプルを採取し、彼女と二人で標本を作製する微笑ましい風景を見かけることができる。
そんな薬草実習中、ルクミクの採取を命じられたときのこと。僕は脚力を活かして標高を上げ、まだ手付かずの群生地であっという間に課題の分量を採取できた。そして「俺って仕事できるなあ」と意気揚々、余裕綽々で下山してくる途中、まだ半分も採り終えていないドルマちゃん(仮名)に出会ったのである。うーん、いつ見てもかわいい。
「オガワ、なんでそんなに早く終わるのよ。ねえ・・・ちょっと頂戴」 (more…)

第45回●「ユンワ」薬草配合の真理


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

ユンワ(ウコン・ショウガ科)の白い花 撮影:メンツィカン薬草植物園・ダラムサラ
ユンワ(ウコン・ショウガ科)の白い花 撮影:メンツィカン薬草植物園・ダラムサラ

2008年2月27日ダラムサラの夜、僕が丹精込めて作ったオリジナル・スパイスカレーを、ゆ君(仮名・居候)は不味いとも美味いともいわず「食えますよー」とだけ感想を述べ、すぐに口直しをするかのごとくチョコクッキーを食べて、いま目の前で図々しく寝そべっている。「今度は市販のカレールーで作るよ」と僕が自虐的に言ったとき「えっ本当ですか」と眼を輝かせた君をずっと忘れはしない。その言葉がどれだけ僕を傷つけたのか、これから君がカトマンズで修行に入るという十万回・五体投地の最中に仏の御加護で気がつくであろう。恐れ多くも薬草の達人として宣伝されている小川康が作ったカレーに君は満足しなかったようだね。
マスタードシードを香ばしく炒め、タマネギの甘味がでるまで丁寧にかき混ぜ、ウコン(ターメリック)、シナモン、グローブ、クミン、チリ、カルダモン、黒胡椒を絶妙の配合比で加え、ココナッツミルク、トマトを加えて煮込んで出来上がる。どこにも落ち度は見当たらない。スパイスをすり潰す真っ白な大理石のすり鉢にもこだわりが感じられる。なにしろ大学を卒業して自由の身を獲得するとすぐさま5年間暮らした寮をでて、台所付きアパートを借り、カレー作りに取り組んだのである。薬草を食事の中で何気に用い、何気に病を防ぎ癒すこともチベット医であり薬剤師でもある僕の大切な仕事ではなかろうか、などという口上を胸に秘めてきた。事実、上記のスパイスは全てチベット薬でも汎用されているのである。 (more…)

第44回●「サクラ」仏教と柔道の融合


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

サクラ。撮影ダラムサラ。チベットでの通称はカンプ・メト。ダラムサラでも10月下旬になるとサクラが満開になる。
サクラ。撮影ダラムサラ。チベットでの通称はカンプ・メト。ダラムサラでも10月下旬になるとサクラが満開になる。
いま、カザフスタン(以下カザフ)の辺境の地ウラリスクに新しい精神文化が生まれつつある。モンゴル騎馬民族の風習が基本にありながら16年前までは旧ソ連の社会主義体制下にあり、またヨーロッパの影響も受けつつ、さらに、朝鮮戦争の影響で多くの朝鮮民族が居住し、制度的にはイスラム教が信仰されている複雑な歴史のはざまで伝統文化がほぼ失われてしまったという。そんな街の学校の校長ムラッド先生がチベット仏教と日本柔道に興味を抱き、メンツィカン(チベット医学暦法大学)のソーパ僧医を招聘したのが新しい物語の幕開けであった。多分、こんな公式が脳裏に浮かんだのではないだろうか。

 チベット仏教・医学 × 日本柔道の精神 = ウラリスクの子供たちの未来 (more…)