小川 康のヒマラヤの宝探し

第67回●バクチャ  ~すくらっぷ・ブック~


小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

tibet_ogawa067_1小山田いく  『すくらっぷ・ブック』
中央に描かれているのが主人公の晴ボン

小学校5、6年生のころ『すくらっぷ・ブック』という連載漫画に夢中になっていたことがある。物語の舞台は長野県小諸市。実在する芦原中学で繰り広げられる友情、恋愛、悪戯、なんでもありの学園青春ドラマは、これから中学生になり大人への階段を登り始める僕たちの心をタイミングよく捉えた。あのころ、僕は背が小さくて童顔だったことから主人公の晴ボンに似ていると言われ、まんざらでもなかったのを覚えている。描かれている小諸の町並みや、懐古園、浅間山を眺めているうちに、すっかり感情移入してしまい、いつか小諸に行ってみたい、そう願うようになるのは自然な流れだった。生まれて初めて遠くの知らない町に憧れを抱かせてくれたのだ。それはきっと作者の小山田いく先生が故郷の小諸をこよなく愛していらしたからではないだろうか。 (more…)

第66回●タナトゥク  ~医学の小さな物語~


小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

tibet_ogawa066_01四部医典を手にし、タナトゥクの絵解きを行なう筆者(写真提供 釜井様)

医学タンカ一枚目「医薬の都タナトゥク」を御覧下さい。チベット医学の教えは、ここタナ(見て)トゥク(美しい)の都で授けられ、四部医典という、たった一冊の教典に全てがまとめられました。それに対して現代の医学のテキストは膨大な量にのぼり、本屋の一階が占められてしまうほどです。現代医学は連載が果てしなく大長編物語なのに対して、チベット医学は昔から語り継がれる小さな物語であるといえます。しかも四部医典は詩文形式で書かれていることから、より一層、親しみやすくなっているのです。私はそんな四部医典冒頭のタナトゥクの件(くだり)が大好きで、もう何百回、いや何千回と空想を巡らしながら暗誦したか分かりません。 (more…)

第65回●ムティク  ~限られた情報の中で~


小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

小諸のチベット医学絵解き講座にて

(1月16日。小川アムチ薬房・チベット医学絵解き講座・第一回。一枚一枚、拡大コピーした絵解き図を紙芝居のように示しながら)
18世紀初頭に描かれたチベット医学タンカ(絵解き図)からは、当時の風習や世界観をうかがい知ることができます。たとえば『小さな虫など、すべての生き物を自分のことのように思いなさい(論説部第13章)』という一節の絵解きを御覧下さい。敬虔な仏教民族ならではの一コマですね。

同様に『自分に危害を与える敵ですらも、手を差し伸べなさい(同上)』の絵からもチベット仏教に根ざした寛容さが伝わってきます。 (more…)

第64回●「パチュ」~変わらない風景~


小川 康の 復活『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

パチュ(牛)
パチュ(牛)

 2009年12月19日、無料で白内障手術を行うアイキャンプ隊(第25話参)の通訳として日本からダラムサラへ同行することになり、いきおい心が弾んだ。10年間過ごした第二の故郷へ向かう僕の脳裏にはたくさんの同級生たちの顔が駆けめぐる。チベット語をしばらく話してないけど大丈夫かなと不安がよぎるものの、現地に到着して出会ったとたんに言葉が昔と同じようにあふれ出すから不思議なものだ。結婚して母親になった同級生もいれば、逆に遠く離れたために別れたカップルもいる。兄妹のように仲良くしていたドルマちゃんは婚約し、ちょっと気兼ねしながらも彼を紹介してくれた(第46話)。ダージリン分院(インド北東部)に赴任したトゥプデンは一年目にして名医の評判がたち、患者で賑わっている一方で、グジャラート(インド南西部)に赴任した同級生は地元のインド人からの信頼が得られず悩んでいるという。厳しい学生生活から解放された反動か、それともアムチ(チベット医)として安定した給与を得ているからなのか、みんな総じてふっくらとしている。かく言うこの僕もみんなから「ちょっと太ったよな」と言われたけれど。 (more…)

第63回●「ケンパ」開店、小川アムチ薬房


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

2009年4月15日、日本を離れてから十年、ようやくチベット医・アムチの資格を得て帰国の時が訪れた。しかし、残念なことに現代文明はまだ滅びておらず、大地に根ざしたチベット医学の出番はまだやってきてないようだ。ましてやチベット薬は日本では薬事法の関係で処方できない。ならば、この現代においてアムチとして何ができるのだろうか、と立ち止まって考えてみる。いま、日本で自分にしかできないことは何か、と、もう一度じっくり考えてみるも結論はでない。そうして富山の実家でのんびり過ごしていた4月27日、突然、富山の売薬をやろうと閃いた。もしかしたら久しぶりに食べた寒ブリ、甘エビ、ホタルイカたちが僕の深層心理に働きかけたのかもしれない。「おい、富山のブランドって最高だぞ」って。もっともすでにエッセー第27話において、チベット医学と富山の売薬には多くの共通項があることはすでに述べていたものの、まさか夢物語が現実になるとは、文字通り夢にも思っていなかったのが本音である。 (more…)

第62回・最終回●「ヒマラヤ」チベット伝統医療の力


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

「庭の松の木から10歩、南に進み、次に西に6歩・・・」
兄が作った暗号文を手掛かりに宝物を探しに出かける。その場所を見つけるとまた暗号文が隠されていて、なかなか宝物には辿り着けないが、難しければ難しいほど興奮度は高まってくる。そうして発見した宝は、どんなガラクタであっても輝いて見えたものだった。どんなガラクタだったのだろう・・・、今となっては色褪せた記憶も、その時のスリルと楽しさだけは僕の魂にしっかりと刻み込まれていたに違いない。それから20年後、28歳になった僕を「ヒマラヤの宝探し」へと導いたのは、きっと幼い頃、大自然に囲まれた故郷富山での「宝探しごっこ」だったと思っている。僕にとってチベット医学の原点はまさにそこにある。 (more…)

第61回●「ガンガ・チュン」風が日本を救う(下)


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

チベット医学タンカに描かれたガンガ・チュン
チベット医学タンカに描かれたガンガ・チュン
前回・第39話のあらすじ
法が乱れる濁世の五百年、魔鬼がさまざまな急性の病気を引き起こす。鬼女が伝染病をまき散らす。外教徒の作る新たな物質が毒となる。その時、自分と他人を守る術をここに教える 
四部医典最終章第156章より 

201X 年、原因不明の熱病が日本で猛威を奮い、いかなる現代薬も歯が立たない危機的な状況で日本国民は謎の予言が記されていたチベット医学に最後の望みをかけた。なんでも古き薬草書の中に“ヒマラヤ薬草七姉妹が濁世の時代の熱病を癒す”という記述が残されているという。そして厚生労働省一行は七つの薬草を探すべくインド・マリーへと飛んだのだが・・・ (more…)

第60回●「ドッポ」本当の宝物


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

2009年3月23日 研修医修了式の後に 14期生の仲間と記念撮影 後列右から6人目が筆者。
2009年3月23日 研修医修了式の後に 14期生の仲間と記念撮影 後列右から6人目が筆者。
『ヒマラヤの宝探し』もいよいよ終わりに近づいたけれど、2004年、1年間の休学についてまだ詳しく触れていないことに気がついた。それは振り返ってみればこの旅のちょうど折り返し地点であり大きな転換点であったともいえる。 (more…)

第59回●「グンドゥム」良薬は口に美味しい


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

グンドゥム(ブドウ)
グンドゥム(ブドウ)
1月のある日、病院に出勤してみると、なぜか指導医の先生が誰もいない。「オガワ、今日はあんただけだから頑張ってね。みんな結婚式に行っちゃったのよ」とは薬剤部のおばさんの談。普段は指導医の不在時に数人の患者を受け持つことはあっても、こうして一人で任せられることは今までなかった。とはいえ、こうなっては腹をくくるしかない。
「はい、次の方どうぞー。え、咳が出てお腹が少し痛むの? でも食欲があって、夜もぐっすり眠れるなら心配はない。すぐによくなるよ。脈も異常ないからね。じゃあ、朝はザクロの薬(第37話参)、昼は喉に効くブドウの薬。甘くておいしい薬を出しておくから、しっかり服用しなさい」 (more…)

第58回●「ガキャ」春の養生法


ガキャ(生姜)
ガキャ(生姜)
長野の望月町で暮らしていたときのこと。真っ白な雪の合間から地表が見え始めたとき、それは長い冬の終わりと春の訪れを意味し、心躍らせたものでした。久しぶりに太陽を見るせいか、まぶしそうに眼を細めている大地から、真っ先に顔をだすのは、ふきのとう。ツボミのうちに採取して天ぷらにして食べたり、農家のおばあさんにお願いして蕗味噌を作ってもらったりしたのを覚えています。ふきのとうの苦味こそが、自分の中では春の訪れの味覚として体に残っています。
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