小川 康のヒマラヤの宝探し

第61回●「ガンガ・チュン」風が日本を救う(下)


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

チベット医学タンカに描かれたガンガ・チュン
チベット医学タンカに描かれたガンガ・チュン
前回・第39話のあらすじ
法が乱れる濁世の五百年、魔鬼がさまざまな急性の病気を引き起こす。鬼女が伝染病をまき散らす。外教徒の作る新たな物質が毒となる。その時、自分と他人を守る術をここに教える 
四部医典最終章第156章より 

201X 年、原因不明の熱病が日本で猛威を奮い、いかなる現代薬も歯が立たない危機的な状況で日本国民は謎の予言が記されていたチベット医学に最後の望みをかけた。なんでも古き薬草書の中に“ヒマラヤ薬草七姉妹が濁世の時代の熱病を癒す”という記述が残されているという。そして厚生労働省一行は七つの薬草を探すべくインド・マリーへと飛んだのだが・・・ (more…)

第60回●「ドッポ」本当の宝物


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

2009年3月23日 研修医修了式の後に 14期生の仲間と記念撮影 後列右から6人目が筆者。
2009年3月23日 研修医修了式の後に 14期生の仲間と記念撮影 後列右から6人目が筆者。
『ヒマラヤの宝探し』もいよいよ終わりに近づいたけれど、2004年、1年間の休学についてまだ詳しく触れていないことに気がついた。それは振り返ってみればこの旅のちょうど折り返し地点であり大きな転換点であったともいえる。 (more…)

第59回●「グンドゥム」良薬は口に美味しい


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

グンドゥム(ブドウ)
グンドゥム(ブドウ)
1月のある日、病院に出勤してみると、なぜか指導医の先生が誰もいない。「オガワ、今日はあんただけだから頑張ってね。みんな結婚式に行っちゃったのよ」とは薬剤部のおばさんの談。普段は指導医の不在時に数人の患者を受け持つことはあっても、こうして一人で任せられることは今までなかった。とはいえ、こうなっては腹をくくるしかない。
「はい、次の方どうぞー。え、咳が出てお腹が少し痛むの? でも食欲があって、夜もぐっすり眠れるなら心配はない。すぐによくなるよ。脈も異常ないからね。じゃあ、朝はザクロの薬(第37話参)、昼は喉に効くブドウの薬。甘くておいしい薬を出しておくから、しっかり服用しなさい」 (more…)

第58回●「ガキャ」春の養生法


ガキャ(生姜)
ガキャ(生姜)
長野の望月町で暮らしていたときのこと。真っ白な雪の合間から地表が見え始めたとき、それは長い冬の終わりと春の訪れを意味し、心躍らせたものでした。久しぶりに太陽を見るせいか、まぶしそうに眼を細めている大地から、真っ先に顔をだすのは、ふきのとう。ツボミのうちに採取して天ぷらにして食べたり、農家のおばあさんにお願いして蕗味噌を作ってもらったりしたのを覚えています。ふきのとうの苦味こそが、自分の中では春の訪れの味覚として体に残っています。
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第57回●「ネ」チベットの赤いお守り


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

ネ(日本名・青麦) 写真提供テンジン・ダクパ先生
ネ(日本名・青麦) 写真提供テンジン・ダクパ先生

2009年1月9日、フォトジャーナリスト川畑嘉文さんは僕への取材を終えると、次なる取材地パキスタン・ペシャワールに向けてダラムサラを後にした。ペシャワール地域では国の法律よりも部族の掟がより強い効力を持っており、銃も普通に軒先で売っているという。しかも米軍による介入により混乱が生じ、治安が悪化し、緊張した状態が続いているという。だからこそ川畑さんは危険を承知で取材に行かねばならないというが、凡人の僕にはなんと声を掛けたらいいか分からず、「気をつけて」というありきたりの文句もどうも喉にひっかかる。そこで僕はチベットにおいて最高のお守りとされる赤い「チャク(御加持の)ネ(青麦)」を見送りの際にプレゼントしてあげた。 (more…)

第56回●「ダツラ」ヤブ医者


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

「チベット薬と掛けて、お母さんが握ったおにぎりと解きます」
「ほう、で、その心とは」笑点の歌丸師匠が合いの手を入れる。
「どちらも心を込めてまーるく作ります」
「うまい!山田君、草楽(そうらく)さんに座布団一枚あげて」 (more…)

第55回●「パシャカ」代用品の歴史


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

 パシャカ 和名アダトダ
パシャカ 和名アダトダ
 長い冬休みを終えた3月下旬、メンツィカン(チベット医学暦法大学)の一年は講義に先立ち、パシャカ採集実習でいつも幕を開ける。朝7時に大学をトラックで出発し、みんなで賑やかに歌い続けること2時間、かなり標高を下った川沿いの村に到着した。焼けるような日ざしがインドの最も暑い季節が近づいていることを教えてくれる。汗をかき、埃にまみれながらパシャカの花と葉を一日中採取することで、新入生はチベット医学の厳しい洗礼を受けると同時に、その学年の働き具合が試される一日でもある。丈が1mにもなり白い花をつけるパシャカは高血圧など血に関わる病に最も汎用される薬草であることから、できる限り多くの採取が望まれている。 (more…)

第54回●「デワ・ユチュン」幸せの小さなトルコ石


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

正式名称 デワ・ユチュン・トカル (リンドウ科)  皮膚病の薬に用いられる。
正式名称 デワ・ユチュン・トカル (リンドウ科)  皮膚病の薬に用いられる。
 2008年8月、僕は勤務先の病院から休暇をもらい、薬草実習に是非参加したいという日本の学生Kと一緒にマリーを目指した。とはいえ内心は足取りが重い。今年は記録的な大雨で実習は大混乱に陥っているという。真夜中にテントが暴風雨で吹き飛ばされそうになり、後輩たちはみんなびしょ濡れになりながらテントの紐を掴んで堪えていたという情報がダラムサラまで伝わってきていたのである。そんな中、先輩風を吹かせて物見遊山で行くのもどうかと悩みつつ「ちょっと参加したらすぐに帰るからね」と弱腰な姿勢で恐る恐るベースキャンプに近づいていった。つい昨年までは向こう側、つまり生徒側にいて、その心境がよくわかるからこそ遠慮が生まれてしまう。ところが、である。 (more…)

第53回●「ヤク」肉が嫌いでごめんなさい


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

 ヤク 撮影インド・マリー
ヤク 撮影インド・マリー
2007年、この年がダライ・ラマ法王の厄年に当たることから、厄除け祈願のためにチベット社会では肉食を控える動きが広まった。仏教の教えの中にある十の不道徳のうち殺生は第一番目に挙げられているためである。


殺生、泥棒、不倫、嘘、無意味な言葉、他人を傷つける言葉、仲たがいさせる企み、他人のものを欲する、他人を害しようと考える、仏法を否定する。これら十の不道徳は慎みなさい。
 四部医典論説部第13章

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第52回●「リ・ガドゥル」アムチごっこ


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

リ・ガドゥル(ゲンノショウコ・フウロソウ科)。 撮影ダラムサラ。 日本では主に下痢止めや風邪予防に処方される。
リ・ガドゥル(ゲンノショウコ・フウロソウ科)。 撮影ダラムサラ。 日本では主に下痢止めや風邪予防に処方される。
 病院の一日は朝9時から30分間、職員全員の読経で始まる。薬師如来、お釈迦さまを讃えるお経を唱えターラ菩薩に差し掛かったとき、職員の4歳になる子供が一緒に唱え始め、診察室は和やかな雰囲気に包まれた。なぜかは分からないが、チベット社会では幼稚園でターラ菩薩のお経を毎朝読経させており、したがってほぼ全てのチベット人はこのお経をスラスラと暗誦することができる。ダライ・ラマ法王も含め、高僧の方々もきっとこうして小さい頃からお経を読んでいらしたのだろうか。 (more…)