小川 康のヒマラヤの宝探し

第73回●チャワ ~薬の物語り~


小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

tibet_ogawa073_1アムチ薬房の畑のチャワ(当帰)

越中富山の配置薬業をはじめて1年が経過した。もともと薬剤師であったとはいえ、生まれてはじめての自営業は右も左も分からない新入生と同じである。仕入れの方法から帳簿の付け方、さらには自己管理も含めて戸惑うことばかり。「地域医療に貢献したい」そんな高邁な思想は得てして現実という大きな壁に当たってしまうもの。正直なところ現代においては病院の医療保険が充実し、ドラッグストアが夜遅くまで営業し、なによりも車社会になったことで配置薬の絶対的な必要性はあまり実感できないのが本音である。 (more…)

第72回●ロッ・シ・ソン ~停電になっちゃった~


小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

tibet_ogawa072_1ネチュン寺での読経風景

5月2日からのダラムサラ・ツアー中、声明を聴きたいというお客さんのご要望にお応えして夕方の6時半から始まるネチュン寺(第57話参)の読経に参列させていただいた。お寺ではわずか8人ほどのお坊さんが、その名の通りネ(場所)チュン(小さな)に整列して読経が始まる。と、10分ほど経過したあたりで突然、停電になり暗闇に覆われてしまった。随分、減ったとはいえインドでは停電は日常的な一コマ。それでも読経は暗闇の中で一瞬たりとも滞ることなく進められていく。医学にしろ仏教にしろチベットの学問は暗誦が基本であるから電気が消えてもまったく動じることはないのである。 (more…)

第71回●チャク ~鉄は柔らかい~


小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

tibet_ogawa071_1

眼の前で一本の鉄棒が瞬く間に葉っぱのペンダントに生まれ変わっていく。「鉄ってねー、柔らかいんだよ。ほら、もうフニャフニャになったでしょ」軽妙なトークを交えつつもハンマーを持つ手が勝手に動いているあたりに、鉄彫刻この道40年の歳月を感じ取ることができる。眼の前で当たり前のようにやって見せること、これに勝る信頼はない。

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第70回●ドゥクユル ~ブータン伝統医学院~


小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

tibet_ogawa070_1ブータン伝統医学院で行われた講演会にて

小学生4年生のとき社会科の授業中、世界地図を指差しながら「おい、みんな見ろよ。ブータンて変な名前の国があるぞ」と大声でクラスの笑いを誘ったのを覚えている。

それから20年後の2002年、メンツィカンに入学して間もないころ、突然、柔和な顔をしたおじさんが話しかけてきた。
「クズザンポー(こんにちは)。日本の方ですか。私はブータン伝統医学院から製薬の研修にきたサンポと申します。ブータン(チベット語でドゥクユル)の橋や道路はほとんど日本の支援で作られました。本当に感謝です」 (more…)

第69回●メンペー・ヘンゾム ~アムチ合同会議~


小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

tibet_ogawa069_1アムチ合同会議の休憩時間

『シュクドゥ・アムチ・タラ・ション/ギューシ・アムチ・ニンマ・ラ・ドゥ』
(意:世襲アムチは馬に乗って先に進んでいき、教典アムチは日向ぼっこでのんびりしている)

こんな自虐的な諺が同級生の間で流行したことがある。世襲アムチ、つまり地域に根ざす代々チベット医の家系では、教典『四部医典』を突き詰めて学ばないが一子相伝のごとく施術を小さいころから学んでいる。それに対して我々、メンツィカン(チベット医学暦法大学)の学生は重箱の隅を突くごとく教典を学ぶが施術を学ぶ機会は比較すると少ない。 (more…)

第68回●ドゥツィ・ンガ・ルム  ~甘露の五味浴~


小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

tibet_ogawa068_1甘露五味浴

2010年3月2日、「ダライ・ラマ法王ティーチングツアー」のお客さんたちを見送ると、僕は早速、昔働いていた病院で研修をはじめた。改めて脈診や尿診を学ぶと感じること、得ることがたくさんある。何事にもいえることだろうが、いったん距離を置いてみてこそ理解できることがある。先生も「英語を話せない日本人患者が来るたびに、こんなときオガワがいてくれたらなあ、と思ってた」と笑いながら話してくれた。そして患者がいなくなると、僕は最近の日本での活動「絵解き講座」を興奮気味に、でもちょっと控えめに報告した。 (more…)

第67回●バクチャ  ~すくらっぷ・ブック~


小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

tibet_ogawa067_1小山田いく  『すくらっぷ・ブック』
中央に描かれているのが主人公の晴ボン

小学校5、6年生のころ『すくらっぷ・ブック』という連載漫画に夢中になっていたことがある。物語の舞台は長野県小諸市。実在する芦原中学で繰り広げられる友情、恋愛、悪戯、なんでもありの学園青春ドラマは、これから中学生になり大人への階段を登り始める僕たちの心をタイミングよく捉えた。あのころ、僕は背が小さくて童顔だったことから主人公の晴ボンに似ていると言われ、まんざらでもなかったのを覚えている。描かれている小諸の町並みや、懐古園、浅間山を眺めているうちに、すっかり感情移入してしまい、いつか小諸に行ってみたい、そう願うようになるのは自然な流れだった。生まれて初めて遠くの知らない町に憧れを抱かせてくれたのだ。それはきっと作者の小山田いく先生が故郷の小諸をこよなく愛していらしたからではないだろうか。 (more…)

第66回●タナトゥク  ~医学の小さな物語~


小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

tibet_ogawa066_01四部医典を手にし、タナトゥクの絵解きを行なう筆者(写真提供 釜井様)

医学タンカ一枚目「医薬の都タナトゥク」を御覧下さい。チベット医学の教えは、ここタナ(見て)トゥク(美しい)の都で授けられ、四部医典という、たった一冊の教典に全てがまとめられました。それに対して現代の医学のテキストは膨大な量にのぼり、本屋の一階が占められてしまうほどです。現代医学は連載が果てしなく大長編物語なのに対して、チベット医学は昔から語り継がれる小さな物語であるといえます。しかも四部医典は詩文形式で書かれていることから、より一層、親しみやすくなっているのです。私はそんな四部医典冒頭のタナトゥクの件(くだり)が大好きで、もう何百回、いや何千回と空想を巡らしながら暗誦したか分かりません。 (more…)

第65回●ムティク  ~限られた情報の中で~


小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

小諸のチベット医学絵解き講座にて

(1月16日。小川アムチ薬房・チベット医学絵解き講座・第一回。一枚一枚、拡大コピーした絵解き図を紙芝居のように示しながら)
18世紀初頭に描かれたチベット医学タンカ(絵解き図)からは、当時の風習や世界観をうかがい知ることができます。たとえば『小さな虫など、すべての生き物を自分のことのように思いなさい(論説部第13章)』という一節の絵解きを御覧下さい。敬虔な仏教民族ならではの一コマですね。

同様に『自分に危害を与える敵ですらも、手を差し伸べなさい(同上)』の絵からもチベット仏教に根ざした寛容さが伝わってきます。 (more…)

第64回●「パチュ」~変わらない風景~


小川 康の 復活『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

パチュ(牛)
パチュ(牛)

 2009年12月19日、無料で白内障手術を行うアイキャンプ隊(第25話参)の通訳として日本からダラムサラへ同行することになり、いきおい心が弾んだ。10年間過ごした第二の故郷へ向かう僕の脳裏にはたくさんの同級生たちの顔が駆けめぐる。チベット語をしばらく話してないけど大丈夫かなと不安がよぎるものの、現地に到着して出会ったとたんに言葉が昔と同じようにあふれ出すから不思議なものだ。結婚して母親になった同級生もいれば、逆に遠く離れたために別れたカップルもいる。兄妹のように仲良くしていたドルマちゃんは婚約し、ちょっと気兼ねしながらも彼を紹介してくれた(第46話)。ダージリン分院(インド北東部)に赴任したトゥプデンは一年目にして名医の評判がたち、患者で賑わっている一方で、グジャラート(インド南西部)に赴任した同級生は地元のインド人からの信頼が得られず悩んでいるという。厳しい学生生活から解放された反動か、それともアムチ(チベット医)として安定した給与を得ているからなのか、みんな総じてふっくらとしている。かく言うこの僕もみんなから「ちょっと太ったよな」と言われたけれど。 (more…)