小川 康のヒマラヤの宝探し

第57回●「ネ」チベットの赤いお守り


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

ネ(日本名・青麦) 写真提供テンジン・ダクパ先生
ネ(日本名・青麦) 写真提供テンジン・ダクパ先生

2009年1月9日、フォトジャーナリスト川畑嘉文さんは僕への取材を終えると、次なる取材地パキスタン・ペシャワールに向けてダラムサラを後にした。ペシャワール地域では国の法律よりも部族の掟がより強い効力を持っており、銃も普通に軒先で売っているという。しかも米軍による介入により混乱が生じ、治安が悪化し、緊張した状態が続いているという。だからこそ川畑さんは危険を承知で取材に行かねばならないというが、凡人の僕にはなんと声を掛けたらいいか分からず、「気をつけて」というありきたりの文句もどうも喉にひっかかる。そこで僕はチベットにおいて最高のお守りとされる赤い「チャク(御加持の)ネ(青麦)」を見送りの際にプレゼントしてあげた。 (more…)

第56回●「ダツラ」ヤブ医者


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

「チベット薬と掛けて、お母さんが握ったおにぎりと解きます」
「ほう、で、その心とは」笑点の歌丸師匠が合いの手を入れる。
「どちらも心を込めてまーるく作ります」
「うまい!山田君、草楽(そうらく)さんに座布団一枚あげて」 (more…)

第55回●「パシャカ」代用品の歴史


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

 パシャカ 和名アダトダ
パシャカ 和名アダトダ
 長い冬休みを終えた3月下旬、メンツィカン(チベット医学暦法大学)の一年は講義に先立ち、パシャカ採集実習でいつも幕を開ける。朝7時に大学をトラックで出発し、みんなで賑やかに歌い続けること2時間、かなり標高を下った川沿いの村に到着した。焼けるような日ざしがインドの最も暑い季節が近づいていることを教えてくれる。汗をかき、埃にまみれながらパシャカの花と葉を一日中採取することで、新入生はチベット医学の厳しい洗礼を受けると同時に、その学年の働き具合が試される一日でもある。丈が1mにもなり白い花をつけるパシャカは高血圧など血に関わる病に最も汎用される薬草であることから、できる限り多くの採取が望まれている。 (more…)

第54回●「デワ・ユチュン」幸せの小さなトルコ石


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

正式名称 デワ・ユチュン・トカル (リンドウ科)  皮膚病の薬に用いられる。
正式名称 デワ・ユチュン・トカル (リンドウ科)  皮膚病の薬に用いられる。
 2008年8月、僕は勤務先の病院から休暇をもらい、薬草実習に是非参加したいという日本の学生Kと一緒にマリーを目指した。とはいえ内心は足取りが重い。今年は記録的な大雨で実習は大混乱に陥っているという。真夜中にテントが暴風雨で吹き飛ばされそうになり、後輩たちはみんなびしょ濡れになりながらテントの紐を掴んで堪えていたという情報がダラムサラまで伝わってきていたのである。そんな中、先輩風を吹かせて物見遊山で行くのもどうかと悩みつつ「ちょっと参加したらすぐに帰るからね」と弱腰な姿勢で恐る恐るベースキャンプに近づいていった。つい昨年までは向こう側、つまり生徒側にいて、その心境がよくわかるからこそ遠慮が生まれてしまう。ところが、である。 (more…)

第53回●「ヤク」肉が嫌いでごめんなさい


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

 ヤク 撮影インド・マリー
ヤク 撮影インド・マリー
2007年、この年がダライ・ラマ法王の厄年に当たることから、厄除け祈願のためにチベット社会では肉食を控える動きが広まった。仏教の教えの中にある十の不道徳のうち殺生は第一番目に挙げられているためである。


殺生、泥棒、不倫、嘘、無意味な言葉、他人を傷つける言葉、仲たがいさせる企み、他人のものを欲する、他人を害しようと考える、仏法を否定する。これら十の不道徳は慎みなさい。
 四部医典論説部第13章

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第52回●「リ・ガドゥル」アムチごっこ


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

リ・ガドゥル(ゲンノショウコ・フウロソウ科)。 撮影ダラムサラ。 日本では主に下痢止めや風邪予防に処方される。
リ・ガドゥル(ゲンノショウコ・フウロソウ科)。 撮影ダラムサラ。 日本では主に下痢止めや風邪予防に処方される。
 病院の一日は朝9時から30分間、職員全員の読経で始まる。薬師如来、お釈迦さまを讃えるお経を唱えターラ菩薩に差し掛かったとき、職員の4歳になる子供が一緒に唱え始め、診察室は和やかな雰囲気に包まれた。なぜかは分からないが、チベット社会では幼稚園でターラ菩薩のお経を毎朝読経させており、したがってほぼ全てのチベット人はこのお経をスラスラと暗誦することができる。ダライ・ラマ法王も含め、高僧の方々もきっとこうして小さい頃からお経を読んでいらしたのだろうか。 (more…)

第51回●「イチョウ」暗誦の力


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

イチョウ 撮影 東京都   イチョウはヒマラヤに生えておらず、 チベット医学にも登場しない。
イチョウ 撮影 東京都   イチョウはヒマラヤに生えておらず、 チベット医学にも登場しない。
2007年11月16日、メンツィカン(チベット医学暦法学大学)講堂。
静かに眼を閉じて息を整える。四方を取り囲む教職員、生徒たちのかすかなざわめきが心地よい緊張感を与えてくれている。いま、ここのために5年間頑張ってきた・・・。最後にもう一度大きく深呼吸して意を決すると、薬師如来への礼拝文を唱え、僕は果てしなく続く暗誦のスタートを切った・・・。 (more…)

第50回●「ペマ」観音様との再会


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

ペマ(蓮)。 ダラムサラ近郊のタシジョン寺にて撮影。
ペマ(蓮)。 ダラムサラ近郊のタシジョン寺にて撮影。
2008年6月1日仙台。2時から開催される講演会を前に青葉山に拡がる母校・東北大学薬学部キャンパスを散策して心を落ち着かせた。すると当時は気がつかなかった多くの薬草が僕を出迎えてくれた。あれ、ここに桑の木が生えていたんだ。こんな身近にオオウバユリがあったなんて知らなかった・・・。そんな新鮮な感動を覚えつつ懐かしい校舎の裏手に回ると思いがけず観音菩薩像に再会した。そういえば年に一度、動物実験で犠牲になった霊を鎮めるための慰霊祭が行われていたっけ。もちろん当時も可哀想という気持は確かにあったけれど、こうして振り返るとあまりにも無邪気だったと言わざるをえない。とはいえ動物実験に反対するつもりは毛頭ない。そしてチベット人社会で何年暮らそうとも、自分が無宗教であることに変わりはないけれど、今こうして心が痛むのを感じると告白すると「やっとオガワも分かったか」と彼らから、したり顔をされるので絶対に言わないでおこう。大切なことは経典や言葉ではなく、一緒に生活する中で伝わった。
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第49回●「クルモン」ヒマラヤのタンポポ


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

Q: 一般的にいわれているチベット医学の姿と、小川さんの書かれていることの間には大きな隔たりを感じます。果たして実際にはどうなのでしょうか?

(エッセー読者Hさんからの質問) (more…)

第48回●「ウッペル」ダライ・ラマ法王へ捧げる薬


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

ウッペル(ケシ科)。 仏典中にも登場する花であることから ダライ・ラマ法王も注目されている。 (写真提供、メンツィカン生薬研究室)
ウッペル(ケシ科)。 仏典中にも登場する花であることから ダライ・ラマ法王も注目されている。 (写真提供、メンツィカン生薬研究室)
2008年9月、ダライ・ラマ法王の急病によって多くの公式行事がキャンセルされた。そんな中、メンツィカンでは法王の侍医五名が製薬工場の特別室に集まり、伝統にのっとり、祈りを込めながら、全て手作業で法王に捧げる御薬が製造されていた。
代々、歴代ダライ・ラマの侍医はアムチ(チベット医)が務めており、万が一、在任中にダライ・ラマが逝去した場合、罪を負うことになる。事実、1933年に 13世が急逝されたときの侍医チャンバは、法王に投与した風邪薬が医学的に適切ではなかったのではという疑いがかけられてコンボ地方への遠方流罪となった。また、ダライ・ラマは9世から12世に至るまでの平均寿命が18歳という異常に短命な原因は権謀術数による毒殺ではないかといわれており、当然、最も身近な侍医が疑われるか、もしくは管理不行き届きとして罰せられるのはいたしかたないかもしれない。 (more…)