小川 康のヒマラヤの宝探し

第22回●「リショ」ヒマラヤ大声コンテスト


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

リショ
リショ
「イクツェー、イクツェー、セヤデ、ケーチェンボ、マレー!(試験、試験、というのは重要じゃないんだ!)」
試験が近づくと、こんな絶叫が寮内に響き渡る。もちろん「重要じゃない」というのは重要であることの裏返しであり、試験のプレッシャーの大きさは僕自身も強く感じている。 筆記試験は、5月下旬、7月下旬、12月下旬の三回に渡って行われ、その都度0.5点刻みで細かく順位が決められ掲示される。12月上旬に行われる暗誦試験(14話参)も含めた年間総合得点において上位3名は創立記念集会で表彰されることから、生徒によるメダル争いも熾烈を極める。
「オガワ、日本の大学はこんな風に順位をつけたりせずに自由なんだろ?」 (more…)

第21回●「メトマルポ」チベット医学への旅立ち


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

正式チベット名 タクマ・メト 甘い蜜を含み食用に用いられますが、 シャクナゲの仲間は場所、種類によって 毒性のものもあるので注意が必要です。
正式チベット名 タクマ・メト 甘い蜜を含み食用に用いられますが、 シャクナゲの仲間は場所、種類によって 毒性のものもあるので注意が必要です。
2007年10月15日から11月17日まで足掛け1ヶ月に渡って行われる卒業試験にむけて、久しぶりに1年生の頃の課題だった根本・論説部門(第14話参)を読み返した。聖なる御言葉の行間に書き込みされている、たどたどしいチベット文字を見ると、思わず修正ペンで消したくなるかのような恥ずかしさに襲われる。よくもこんな拙い字で入学試験(第15話参)に合格したものだと、改めて当時の強運に感謝の念が湧き起こる。
思えば、タシデレ(こんにちは)という最初のチベット語を覚えてから7年と10ヶ月、一語一語、一歩一歩登りつめたその先に、いま八万語暗誦試験ギュースム(第14話参)という高く険しい頂きを視界に捉えている。しかし意地悪なことにその頂は近づけば近づくほど険しさを増し、今年の挑戦者七名を尻込みさせる。 (more…)

第20回●「ド」ラダックへの旅


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

ティンモスガンの小麦畑
ティンモスガンの小麦畑
2001年9月、メンツィカン入学前の僕は先輩のタシを無理やり誘って秘境ラダックへと向かった。ラダック出身の彼の実家は地元でも有名な医者の家系だという。地域に根ざした真の伝統医(アムチ)に出会うべく、是非、とお願いしてホームステイさせてもらうことになったのである。
ラダックの首都レーからタクシーで4時間、ティンモスガンという村に入るとたちまち車は村民に取り囲まれた。「タシじゃないか。タシが帰ってきたぞー!」なにしろ故郷に戻るのは4年ぶり、さらに当時まだ村には電話が普及していなかったこともあり再会の感激は一際大きくタシの祖母は感極まって泣きだしてしまった。まるでドキュメンタリーフィルムを見ているかのような場面が続く。村は金色の小麦(ド)で彩られ、ちょうど収穫の時期を迎えようとしていた。清流の側には小さな桃や杏がたわわに実る果樹園が広がり、桃源郷とはまさにこういう場所を指すのかと、その語源に納得させられた。 (more…)

第19回●「ダオー」月夜の薬


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

メンツィーカン男性寮の屋上より撮影
メンツィカン男性寮の屋上より撮影
一年に一日だけ、それも満月の光の下でしか作ることができない神秘的な薬、その名も月晶丸。チベット暦8月15日の夜、雨季が明けたばかりのこの時期は大気中に塵が少なく、月光(ダオー)が遮られることなく真っ直ぐに煌々と地上へ降り注ぐ。西暦では9月か10月に当たる満月の夜、僕たちは月光を浴びながら徹夜で作業を行うことになる。月光の影響を受けるのは必ずしも薬だけとは限らない。チベット医学の深淵なる智慧に触れることのできる光悦感によって僕たちも少しずつ変わっていっているのかもしれない。 (more…)

第18回●「タワ」東西医学の融合


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

キク科、日本名・ウスユキソウ 有名なエーデルワイスの一種
キク科、日本名・ウスユキソウ 有名なエーデルワイスの一種
2006年11月、メンツィカン卒業生13期生による謝恩会が夜遅くまで続けられていた。ゲーム、歌、踊り、一通 りの演目が終わり、生徒代表による締めの挨拶で賑やかな会がようやく終わろうとしたとき、一瞬、彼の横目が僕を捕らえた。
「最後に、本当ならば俺たちと一緒に卒業するはずだったオガワからどうしても一言もらいたい。俺たちはこれからどうすればいい。チベット医学はどこへ向かっていけばいいんだ。おまえの率直な意見を聞かせてくれ」  
会場は、急に夜の10時に相応しい静けさと緊張感がみなぎった。たとえ和やかに進行した会の雰囲気を覆そうとも、オガワは必ず飾らない言葉を発することを長い付き合いで彼らは知っている。しかし、彼らが今ここで期待してくれている僕の真っ直ぐな性格が原因で2004年春に大学と衝突し一年間休学することになったのだから、考えてみればなんとも皮肉なものだ。 (more…)

第17回●「チャグー・スックパ」ヒマラヤのお尻拭き


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

チャグー・スクッパ
チャグー・スクッパ
「ディス、イズ、ヒマラヤン」という薬草を紹介します。白い綿毛をまとった不思議な薬草で、名前をチャグー・スクッパといいます。日本語に訳すと「ハゲワシの脚」ですが、どうでしょう、そう言われるとそんなふうにも見えてきませんか。キク科トウヒレン属で、このように綿毛や葉っぱで保温している薬草をセーター植物とか温室植物と呼びます。トウヒレンといいましても、あまり馴染みがないと思いますが、高山植物愛好家にとっては貴重な薬草が集まっているグループです。

トウヒレン属ではありませんが、私たちの身近に温室植物にあたる薬草があるのをご存知ですか。なんだと思います? 熱が逃げないように葉っぱを丸めている薬草というか野菜です。もうお気づきですね、レタスやキャベツです。これら高原野菜は昼間に葉っぱを広げて日光を吸収しようとし、夜は寒いので丸まって熱がにげないようにします。だから高原のように昼夜の寒暖差が大きい地域で栽培されているのです。 (more…)

第16回●「アル・パル・キュル」究極の秘薬


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

アルラ(上)、パルラ(左)、キュルラ(右)
アルラ(上)、パルラ(左)、キュルラ(右)
いよいよ二度目の暗誦試験が迫った2003年大学2年生の秋、四部医典論説部・老化防止の章の解説中に長身のダクパ先生が回想しながら呟いた。
「この章に登場する秘薬・三果薬用バターを10年も前にラマ(高僧)に頼まれて作ったことがあったが、あれは美味しかったなあ。でも作るのが面 倒だから今では誰も作っていないだろう」

アル・パル・キュル・デプー・メンマル・ギ・ワンポ・セルシン・トプゲー・ゲーカ・サ アルラ・パルラ・キュルラからなる三果薬用バターは感覚を明晰にし、体力を増進させ、老化を防止する
四部医典論説部第23章

アルラ(日本名・詞子[カシ])、パルラ(毛詞子)、キュルラ(余甘子[よかんし])というインド特産の三つの果 実は、チベット医学において最高の果実として崇められ多くの処方の基礎になっている。またシルクロードを渡って奈良の正倉院にも納められている歴史的な生薬でもある。 (more…)

第15回●「ブーゲンビレア」メンツィカン入学試験


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

ブーゲンビレア
ブーゲンビレア
「おい、ヤジマ」たまに友人が嘲笑を込めて僕のことをそう呼ぶが、決していい気持はしない。毎週月曜日の午後は30分スピーチの授業が行われ生徒が順番に発表していく。 多くの生徒は仏教や医学に関してなど堅い話をするものだが、僕は100年前にチベットに渡った矢島保次郎の生涯を紹介したところ予想外に大好評で今でも話題に上るのは演者冥利につきる。
群馬県出身の矢島は20世紀初頭に、ただ冒険のためにラサまで辿り着き9年も滞在した。その間にチベットの軍事教官を務め、富豪の娘と結婚し子供も生まれた。その後、家族と一緒に帰国したが、日本では妻の面倒をあまり見なかった。チベット人の妻は慣れない異国での生活から3年後に衰弱して亡くなり本人は 63歳で亡くなった。僕は彼のユニークな生き方を強調したつもりだったが、矢島さんには申し訳ないことに「チベットの女性を苦しめた日本人」のイメージが彼らにとっては強く印象に残ったようだ。そして100年後、矢島保次郎は思わぬ形で僕の人生に大きく関わってくることになる。 (more…)

第14回●「ウドゥンバラ」三千年に一度だけ咲く花


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

ウドゥンバラ (クワ科イチジク属 ダラムサラ・ノルブリンカ 写真提供 持田健幸様)
ウドゥンバラ (クワ科イチジク属 ダラムサラ・ノルブリンカ 写真提供 持田健幸様)
薬草実習から戻ると大学は後半戦に突入し、メンツィカン名物の暗誦試験に向けて全員が準備に取り掛かる。教典と解説書を合わせて80分にも渡り早口言葉のスピードで暗誦する姿は究極の隠し芸といってもいい。雨季が明けた穏やかな気候のもと、武者震いをしたくなるような緊張感に包まれるこの時期が僕は妙に好きだ。

八世紀に医聖ユトクによって編集された四部医典(チベット語でギューシ)は中国、インド、イスラムの三つの医学体系のエッセンスを集約して完成したといわれており、その名の通り四つの部門(根本・論説・秘訣・結尾)から成り立っている。 (more…)

第13回●「シムティク」マナリに吹く風


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

シムティク
シムティク
8月下旬、20日間に及ぶマリーでの薬草実習を終えてテントなど機材一式をトラックに詰め込むと、上部には僅か1m ほどの隙間が残され、そこに最後の忘れかけた荷物、とでも言わんばかりに僕たち生徒はもぐりこんだ。幌によって切り取られた長方形の風景が次々と移り変わっていく。つい昨日まで駆け巡っていたフィールドに惜別の念を抱きつつも、それ以上に久しぶりにマナリの街に戻れる喜びに心を躍らせながら約2時間トラックの揺れに身を任せていた。

マナリは標高1900mに位置する風光明媚な避暑地。渓流に沿った深い谷に街があり、両側の山にはリンゴ園が広がる。ダラムサラほどではないにしろマナリにも多くのチベット難民が暮らしている。そしてここのチベット寺において山から運ばれてくる大量の薬草が乾燥される。 (more…)