小川 康のヒマラヤの宝探し

第2回●「ホンレン」ヒマラヤン・ノスタルジック


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

ホンレン
ホンレン
二人一組でホンレン(ゴマノハグサ科)を採取するよう指示が出された。場所はロータン峠(標高4000m)であるが、ロ(死体)タン(平原)とはチベット語で縁起のいい地名ではない。その昔、この周辺で大きな戦争があったという話を耳にした。
「オガワ、行くぞ」
当然のように親友のジグメと出発するが、正直なところ気のいい返事はできなかった。二人一組の作業の場合、一人が鍬を持ち一人が収集、水洗いを受け持つが、僕たちの場合ほとんど僕が後者の仕事を受け持つことになる。僕も日本の農場で鍬を握っていた経験があるので体力に自信はあるものの、チベットの大自然の中を生き抜いてきた彼から見れば、まだまだ頼りなく映るのだろう。しかし、毎回のように同じ作業を繰り返していると次第に不満もたまってきてしまう。僕は疲れる素振りを全く見せないジグメに向かって呟いた。
「疲れただろう。今度は僕が鍬を握るよ」 (more…)

第1回●「ツェルゴン」青い花の誘惑


小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

ツェルゴン (ヒマラヤの青いケシ)
ツェルゴン (ヒマラヤの青いケシ)
朝6時、ヒマラヤの冷たい空気に頬を撫でられて目を覚ました。テントの中ではまだ誰も起きていない。連日の薬草採集で疲れ果 てているのは自分だけではないようだ。近くの清流で顔を洗い、振り向くと朝靄のむこうにヒマラヤの山々が朝日で照らし出されている。今日は何の薬草を採りにいくのだろう・・・。
チベット医学暦法大学では毎年8月になるとヒマラヤ山中にベースキャンプを張り20日間に渡って薬草実習が行われる。しかし実際には薬の材料となる薬草を採取する「仕事」の意味合いが遥かに強く、事実チベット語では実習と呼ばれていない。それはまさに生きることと薬学とが直結し、医師や薬剤師がまだ大地との絆を深く保っていたころの姿を今に留めているともいえる。チベット医学生は全員がこの世界一過酷な医学実習を乗り切り、たくましいチベット医(アムチ)へと生まれ変わるのであるが、これこそチベット医学の神秘と呼ぶに相応しい。 (more…)