小川 康のヒマラヤの宝探し

第196回 ツック  ~韓国の薬草文化~


tibet_ogawa196_01スーパーサイエンス

  
 スポーツや音楽と同じように、薬草をとおして国際理解を深めたい。そんな目的を掲げ、スーパーサイエンスハイスクール(注1)において薬学の授業を4日間受けもった。舞台は奈良女子大学付属高校。学生は日本、台湾、韓国、シンガポールから選抜された15~17歳の高校生たち。物理や生物、数学など魅力的な科目が並ぶなかで、17名の生徒たちが僕の「薬学」を選択してくれた。多国籍の学生たちに教えるのが初めてなら、英語で授業をするのもはじめての経験だ。初めてづくしの講師がドキドキしながらの講座は、きっと生徒たちにもドキドキが伝わっていたことだろう。 (more…)

第195回 ロコル・ギャ ~創立100周年~


tibet_ogawa195_41959年以前のラサ・メンツィカン

 メンツィカン(チベット医学暦法大学)が今年で100周年(ロコル・ギャ)を迎える。ラサとインドの両方では100周年記念の行事が盛大に開催され、アムチの端くれである僕のもとにも招待状が届いているが残念ながら出席できない。そこで、この場を借りて、100年前のメンツィカンを振り返り、日本のみなさんと歴史を共有することで、自分なりの役割を果たしておきたい。

 そもそも、1916年当時、17世紀から続くチャクポリ医学僧院(注1)があるにも関わらず、なぜ、ダライラマ13世はチャクポリの目と鼻の先にメンツィカンを創立したのだろうか。 (more…)

第194回 トゥジェチェ ~締め切り~


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2015年1月8日の15時の時報とともに、早稲田大学内の修士論文受付の厚い扉は、冷酷なまでに閉じられる。そこには一切の例外も情状酌量の余地も存在しない。ほんのわずか数分、到着が間に合わず受付部屋の前で泣き崩れ、または、呆然と立ち尽くす大学院生の姿は、それからの1年間、大学内で都市伝説のように語られ続け、そして、後輩たちに緊張感という形で貢献していく。その後輩の一人である僕も、最後の1カ月、アドレナリンが放出されっぱなしの緊張感のなかで執筆することができた(第190話)。締め切りの存在は偉大である。普段にはない緊張感のおかげで論文の完成度が一気に高まっていくのを実感できた。 (more…)

第193回 シンナク ~大きな森の小さな薬店~


tibet_ogawa193_01建設予定地と木材

 信州、上田の森の奥深く、30件にも満たない小さな集落に土地を購入した。ここに小さな「くすりとハーブ店」を建設する予定だ。市街地に引っ越し、もう管理ができないので土地を手放したいというAさんと、森のなかに土地が欲しいという僕の希望が奇跡的に出会い、トントン拍子で話は進んだ。まるで1998年、チベット医学を目指して日本を飛び出すころのトントン拍子の感じによく似ているなと、まるで他人事のようにことの成り行きを楽しんでいた。 (more…)

第192回 ロ・ゲー ~大草原の小さな家~ 


tibet_ogawa192_1薬草採取中

大リーグでイチローが大活躍した2004年。このとき8歳だった日本の少年たちの多くがイチローと同じように右投げ左打ちに憧れた。昨今、甲子園の高校野球で右投げ左打ちの選手が突然、多くなったのはイチローの影響ではないかと、スポーツ雑誌Numberで論説していた(注1)。思春期のちょっと手前、無条件にものごとを受け入れ、柔軟に変容することが可能な8-10歳の体験が、他のどの年代における体験よりも、本人の思考形成に強い影響を及ぼしているのかもしれない(注2)。そういえば、僕の思考も8-10歳のときに夢中になったテレビ番組の影響を強く受けているような気がしてきた。 (more…)

第191回 サンチュ  ~トイレの話~   


tibet_ogawa191_1アッカラ村

新年そうそう申し訳ないが、今回はトイレにまつわる話をしたい。

●富山のポットン便所
4歳のとき泣き叫びながらはじめて一人でトイレにまたがった。便器の前にペンシル・チョコレートの御褒美が3本置かれていたのを不思議なほど覚えている。暗く、まっすぐに落ちていく便艙は気味が悪い。当時、誰もが通る道だったとは思うが、僕も御多分にもれず、一度だけ落ちて大騒ぎになったのを、これまた明確に覚えている。そして、祖父が天秤を担いで肥だめの人糞を畑に撒いていた光景と匂いを忘れることができない。トイレにまつわる記憶はどうして、こんなに鮮明に残っているのだろうか。 (more…)

第190回 イチェ ~薬の信頼~


tibet_ogawa190_1ハトムギワークショップ

 一年前、2015年1月8日に修士論文を提出し、晴れて早稲田大学の文学学術院を卒業し文学修士号を取得した。薬学学士+文学修士の組み合わせは、日本人+チベット医の組み合わせと同じほどに、マニアックな価値があるのではと自己満足している。

「小川さんはいつも文章を書いているから大丈夫でしょう」とよく言われたが、こうして執筆しているエッセーと学術論文は似て非なるもの。むしろ「ふんわり」と描くエッセー調に慣れてしまったがゆえに、「である」調への思考の変換には、かえって苦労を要した。それでも、指導教授や10歳以上も年下の先輩たちに助けられながら、最後は2日間、徹夜し、期限である1月8日15時のわずか2時間前に、駆け込むように修士論文を提出することができた。 (more…)

第189回 アマチャ ~えんめい茶~


tibet_ogawa189_2アマチャ

 一昨年、「森のくすり塾」を開塾するにあたって、看板を木彫りで製作しようと思いたち、押し入れの奥に眠っていた彫刻刀セットを取り出した。手に取るのは久しぶりだ。結び目を解き鹿皮のケースを広げると、18年前に購入した彫刻刀は18年ぶりに日の光を浴びた。「どうしてこんな高価な彫刻刀を持っているの!」と驚く妻に、「いや、まあ……」と苦笑いで返しつつ、18年前の若き自分を思い返した。 (more…)

第188回 サ ~土を喰らう~


tibet_ogawa187_1アムドの草原

2015年8月15日から23日まで、チベットのアムド地方へ伝統医学スタディツアーに出かけました。前回に続いてのツアー報告です。

「遊牧民の人たちに伝わる健康法はありますか」と日本語ガイドのノコさんに尋ねると、少し考えてから「そういえば、おばさんはよく、土(チベット語でサ)を食べていました」と教えてくれた。「えっ、土?」と驚く参加者をよそに、「釜戸の土や、ストーブで温まったベッドの下の土、お鍋の縁につく土の塊(かたまり)のようなものを食べていました。また、ウサギや豚小屋の土を顔に塗って薬にしていました。」と解説してくれた。 (more…)

第187回 アマニニ  ~お母さんのお乳~


tibet_ogawa187_1バーラチャルで遊ぶノコさん

2015年8月15日から23日まで、チベットのアムド地方へ伝統医学スタディツアーに出かけた。ツアー初日、アムドの草原で、さっそくここは講師の出番とばかりに、ルクル(第12話)を手に取った。これはゴマノハグサ科の薬草で日本名はシオガマという……と華麗な蘊蓄を披露しようとした、そのとき、現地ガイドのノコさんが真っ先に「それは、アマニニですね」と反応したのである。そして小さな花を摘むと、慣れた手つきで花の蜜を吸った。 (more…)