小川 康のヒマラヤの宝探し

第199回 メ ~火と煙~


tibet_ogawa199_2チベットの薫香サン

 信州の山深き里、野倉(のぐら)。ここに店舗を建てるために30本近い杉の木を伐採したのは晩秋の11月3日のこと(第193話)。丸木を柱にするために製材所に運び込むと、副産物のごとく大量の杉枝がピラミッドのように残された。さて、どうしたものかと思案に暮れるもなにも、燃やすより他に手段はないではないか。そして12月5日早朝、上田消防署に電話で報告を済ませると、意を決して杉枝に火をつけた。山火事が騒がれる昨今、周囲に燃え広がらないだろうかとドキドキする。予想通り、火柱と煙が激しく舞い上がった。遠く離れた上田市街地からも確認できそうなほどの煙の勢いだ。すぐさま汗が流れ出てくる。そうして1時間もすると火と煙が身近な存在だった小さい頃の思い出が甦って楽しくなってきた。 (more…)

第198回 サドン ~穴を掘る~


tibet_ogawa198_3竹藪伐採

 店舗建設中(第193話)の敷地内の竹やぶをノコギリで伐採した。発生した500本近い竹は、知人が所有する機械を用いて竹チップにし、土壌改良剤として畑に撒くことにしたので一件落着。しかし、厄介なのは竹の葉っぱである。安易に燃やすと竹の葉は上昇気流に乗って舞い上がりやすく、延焼火事を発生しやすいという。地元の古老が「昔から竹の葉を燃やすときは、必ず大きな穴を掘ったものだ。まず葉っぱを穴に入れて、その上に枝や木で蓋をするようにして燃やすと舞い上がらない」と教えてくれ、さっそくスコップで畑に穴を掘りはじめた。初冬の寒さのなか次第に汗をかいてきた。穴がだんだん深くなっていく不思議な達成感。竹葉のためなのか、なんのためなのか分からなくなってくる心地よさ。すると、いまから23年前の思い出が甦って来た。 (more…)

第197回 オーガニック ~天然と合成のあいだ~


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 薬剤師とチベット医、チベット医と薬剤師。どちらの肩書きを先に記すかは、いつも悩まされる。本エッセーの読者からすると、当然、チベット医を重要視されるだろうが、意外と僕は薬剤師にも同じほどに誇りをもっている。なにしろ、チベット医学の学びが10年ならば、薬剤師は小学校に入学し22歳で国家試験に合格するまで、実に16年もの年月を要しているのだから。 (more…)

第196回 ツック  ~韓国の薬草文化~


tibet_ogawa196_01スーパーサイエンス

  
 スポーツや音楽と同じように、薬草をとおして国際理解を深めたい。そんな目的を掲げ、スーパーサイエンスハイスクール(注1)において薬学の授業を4日間受けもった。舞台は奈良女子大学付属高校。学生は日本、台湾、韓国、シンガポールから選抜された15~17歳の高校生たち。物理や生物、数学など魅力的な科目が並ぶなかで、17名の生徒たちが僕の「薬学」を選択してくれた。多国籍の学生たちに教えるのが初めてなら、英語で授業をするのもはじめての経験だ。初めてづくしの講師がドキドキしながらの講座は、きっと生徒たちにもドキドキが伝わっていたことだろう。 (more…)

第195回 ロコル・ギャ ~創立100周年~


tibet_ogawa195_41959年以前のラサ・メンツィカン

 メンツィカン(チベット医学暦法大学)が今年で100周年(ロコル・ギャ)を迎える。ラサとインドの両方では100周年記念の行事が盛大に開催され、アムチの端くれである僕のもとにも招待状が届いているが残念ながら出席できない。そこで、この場を借りて、100年前のメンツィカンを振り返り、日本のみなさんと歴史を共有することで、自分なりの役割を果たしておきたい。

 そもそも、1916年当時、17世紀から続くチャクポリ医学僧院(注1)があるにも関わらず、なぜ、ダライラマ13世はチャクポリの目と鼻の先にメンツィカンを創立したのだろうか。 (more…)

第194回 トゥジェチェ ~締め切り~


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2015年1月8日の15時の時報とともに、早稲田大学内の修士論文受付の厚い扉は、冷酷なまでに閉じられる。そこには一切の例外も情状酌量の余地も存在しない。ほんのわずか数分、到着が間に合わず受付部屋の前で泣き崩れ、または、呆然と立ち尽くす大学院生の姿は、それからの1年間、大学内で都市伝説のように語られ続け、そして、後輩たちに緊張感という形で貢献していく。その後輩の一人である僕も、最後の1カ月、アドレナリンが放出されっぱなしの緊張感のなかで執筆することができた(第190話)。締め切りの存在は偉大である。普段にはない緊張感のおかげで論文の完成度が一気に高まっていくのを実感できた。 (more…)

第193回 シンナク ~大きな森の小さな薬店~


tibet_ogawa193_01建設予定地と木材

 信州、上田の森の奥深く、30件にも満たない小さな集落に土地を購入した。ここに小さな「くすりとハーブ店」を建設する予定だ。市街地に引っ越し、もう管理ができないので土地を手放したいというAさんと、森のなかに土地が欲しいという僕の希望が奇跡的に出会い、トントン拍子で話は進んだ。まるで1998年、チベット医学を目指して日本を飛び出すころのトントン拍子の感じによく似ているなと、まるで他人事のようにことの成り行きを楽しんでいた。 (more…)

第192回 ロ・ゲー ~大草原の小さな家~ 


tibet_ogawa192_1薬草採取中

大リーグでイチローが大活躍した2004年。このとき8歳だった日本の少年たちの多くがイチローと同じように右投げ左打ちに憧れた。昨今、甲子園の高校野球で右投げ左打ちの選手が突然、多くなったのはイチローの影響ではないかと、スポーツ雑誌Numberで論説していた(注1)。思春期のちょっと手前、無条件にものごとを受け入れ、柔軟に変容することが可能な8-10歳の体験が、他のどの年代における体験よりも、本人の思考形成に強い影響を及ぼしているのかもしれない(注2)。そういえば、僕の思考も8-10歳のときに夢中になったテレビ番組の影響を強く受けているような気がしてきた。 (more…)

第191回 サンチュ  ~トイレの話~   


tibet_ogawa191_1アッカラ村

新年そうそう申し訳ないが、今回はトイレにまつわる話をしたい。

●富山のポットン便所
4歳のとき泣き叫びながらはじめて一人でトイレにまたがった。便器の前にペンシル・チョコレートの御褒美が3本置かれていたのを不思議なほど覚えている。暗く、まっすぐに落ちていく便艙は気味が悪い。当時、誰もが通る道だったとは思うが、僕も御多分にもれず、一度だけ落ちて大騒ぎになったのを、これまた明確に覚えている。そして、祖父が天秤を担いで肥だめの人糞を畑に撒いていた光景と匂いを忘れることができない。トイレにまつわる記憶はどうして、こんなに鮮明に残っているのだろうか。 (more…)

第190回 イチェ ~薬の信頼~


tibet_ogawa190_1ハトムギワークショップ

 一年前、2015年1月8日に修士論文を提出し、晴れて早稲田大学の文学学術院を卒業し文学修士号を取得した。薬学学士+文学修士の組み合わせは、日本人+チベット医の組み合わせと同じほどに、マニアックな価値があるのではと自己満足している。

「小川さんはいつも文章を書いているから大丈夫でしょう」とよく言われたが、こうして執筆しているエッセーと学術論文は似て非なるもの。むしろ「ふんわり」と描くエッセー調に慣れてしまったがゆえに、「である」調への思考の変換には、かえって苦労を要した。それでも、指導教授や10歳以上も年下の先輩たちに助けられながら、最後は2日間、徹夜し、期限である1月8日15時のわずか2時間前に、駆け込むように修士論文を提出することができた。 (more…)