添乗員報告記●風薫る新緑のブータンへ
西ブータン三都周遊とホームステイ7日間(2007年4月)

2007年4月29日~5月5日  文●竹嶋 友(東京本社)


プナカ・ゾンと颯爽とした僧

ヒマラヤの南に広がる「雷龍の国」ブータン

ブータンは他国からの文明の波を拒み、自国の伝統文化を護るため、約35年前まで鎖国状態であった王国です。緑豊かな国土と独自の伝統文化を持ち、訪れた旅人に「心の豊かさとは何か」を優しく感じさせてくれる、不思議な魅力もつ国。今回私が同行させていただいたのは、ブータンの玄関口であるパロ、首都ティンプー、かつての首都プナカを巡る7日間の旅でした。

ブータンへの経由地 タイ・バンコク

ブータンへの旅で、もう一つのお楽しみとなるのが経由地バンコクでの滞在です。
最近、バンコクの空の玄関口が、ドンムアン空港から新しく建設されたスワンナプーム空港に移りました。この空港は、まだ移転したばかりのせいか、入国・出国の手続きに時間がかかる面 も見られたが、近代的で巨大な空港に正直驚きました。空港を出ると、肌にまとわりつくような湿っぽく暑い空気が、「さあ外国に来たな」という気分にしてくれます。
空港から車で30分ほどでバンコク市内のホテルへ。私たち成田出発組と、大阪、福岡出発組がホテルのロビーで合流。これから旅をともにする「旅仲間」として、ホテル近くのタイ料理レストランで夕食をかねた親睦会となりました。


パロ空港

ブータンへの空の玄関口パロへ

バンコクからブータンへの便は朝早い。まだ街が暗いうちに眠い頭もなんのその、空港へ向かいます。新空港であるスワンナプーム空港が闇の中ブルーにライトアップされ、幻想的でとても美しい。
ブータンに入国する唯一の手段はブータン国営のドゥルクエアーによる空の便です。使用されている航空機は、もちろんジェット機で内装も新しく清潔で快適。ブータンまではインドのカルカッタを経由し、約4時間半のフライトです。
到着間近、パロ空港への着陸は以前添乗に出たスタッフにも聞いてはいましたが、とても特別なものでした。山間に位置しているパロ空港へ向け、機体は高度を下げながら山の間を縫うように飛行していきます。信頼できる腕のいいパイロットのおかげで、機内の窓を流れていくブータンの景色を、間近に安心して楽しむことができました。この時、ネパールで経験したカトマンズから山裾に造られたルクラ空港への迫力ある着陸を思い出しました。あの時も機体が着陸した瞬間、乗客から歓声があがったからです。

空港を出るとそこはもう神秘の国ブータンです。飛行機を降りると、いきなり美しいブータン建築様式で造られた空港建物に目を奪われます。バンコクの空港とはまた別の美しさです。空港を出るとブータンでお世話になる日本語ガイドのウゲンさん達が笑顔でお出迎え、首からカタ(歓迎・敬意を表す白いスカーフ)をかけてもらいます。ネパールやチベット、モンゴルなどを旅行された方々も、この首からかけてもらうスカーフには覚えがあるでしょう。これはチベット文化圏特有の作法であり、見知らぬ 土地に来た私たち旅人にとって、この国が私たちを暖かく迎え入れてくれたという安心感を得ることができ、とても嬉しいものです。

空港からウゲンさんとともに、キチュ・ラカンやパロ・ゾン、カンチレバー橋を訪問。
パロからこの日の宿泊地である首都ティンプーへと向かう道は、現在道幅を広げる大がかりな工事が行われています。この国家的な道路建設で働く方々の中には、親子一緒に働いている姿もみられ、子供が親にならって一生懸命仕事を手伝っている光景がとても印象に残りました。


パロ空港でガイドがお出迎え

カンチレバー橋



ネコと戯れる少年
プナカ・ゾンにて

伝統文化を大切に護る、魅力的な人々

ブータンは国の近代化よりも国民の幸福や心の豊かさを優先する国です。この国で訪れる様々な場所で、人々の穏やかな心や、伝統を重んじる心に触れることができます。

ゾン(宗教上・政治上で重要な意味を持つお寺)では凛した空気の中お経を読む僧侶が、私たち旅人を暖かく迎え入れてくれます。中にはまだ子供の僧侶もいて、お経を詠んでいる最中に無邪気な笑顔で私たちに微笑みかけてくれました。それを見つけた大人の僧侶が少しはしゃぎすぎた子供の僧侶を厳しい顔で、しかし優しく叱っていました。子供であっても立派な僧侶。だが、その光景から厳しい規律の中にも人間に対する愛情があふれている、この国が持つ魅力的な文化の片鱗を感じ取ることができました。

街を歩いていると、ブータンの民族衣装である、ゴ(男性用)、キラ(女性用)を着た人々と当たり前のようにすれ違います。近年、首都ティンプーに住む若者達には、近隣国から入ってきた洋服を好んで着ている風潮も出ているようですが、街にはまだまだゴやキラを着て颯爽と歩いている人々で溢れています。ネパールの街で会う女性が着ているサリーやモンゴルの草原で遊牧民が着ているデールと同じように、その国の人々が民族衣装を、まだ幼い子供から少しやんちゃな若者、そして尊敬すべき老人までが、生活していく中で当たり前のように身につけている。私はそんな文化を尊敬し、うらやましく思います。

日本では今、着物を着る機会は伝統行事の時に限られています。善し悪しは別 にして、私も含め、自分一人で着物を着られない人の方が多いのが現状でしょう。
日本の小学校で最近、着物の着かたやたたみ方など日本の基本的な伝統文化を学習しようという流れがあるそうです。ブータンで出会ったこの素敵な伝統や人々から、日本の伝統文化を改めて見直させられました。


ティンプーの織物博物館にて

歴史あるデチェンポダン僧院


ブータンのみどころ

ブータンでは、季節によって様々な花に出逢うことができます。
私たちの時にも、赤やピンクに咲き誇るかわいらしいシャクナゲ、プナカ・ゾンを美しく彩 る紫色のジャカランダの花に出逢うことができました。また夏には高地で国王の花でもあるブルーポピーを見ることができます。自分の好きな花に会うために、ブータンの旅行時期、訪問場所を選ぶのもブータンを楽しむ一つの選択肢になりそうです。

ブータンで有名な物の一つに切手があります。
切手は、ティンプーにあるブータンでは数ヶ所しかない郵便局で買うことができました。 仏画をモチーフにした色鮮やかなデザインが多いです。お客様の中に、買ったばかりの切手を貼って日本の自宅宛に手紙を出されている方がいらして「この手紙、どこを通 っていつごろ届くかねぇ」とおっしゃったので、「きっと私たちと同じ便で日本に来ますよ」と答え、2人で 思わず笑ってしまいました。


ジャガランタに包まれる
プナカ・ゾン

ティンプー郵便局



途中すれ違う僧侶

ブータン仏教の聖地

断崖絶壁の僧院へ日程4日目には、パロにあるブータン仏教の聖地タクツァン僧院が間近に見える展望台までのトレッキング。往復約5時間の道のりです。お客様は皆さん健脚者ぞろいで、「あそこまでならすぐに行けちゃうね」と冗談を言い合いながら、こちらが予定していた時間を大幅に短縮し、皆元気に登られていきます。展望台にたどり着くと、断崖絶壁に建てられたタクツァン僧院の、聖地と呼ばれるにふさわしい圧倒的な存在感が、私たちの疲れをしばし忘れさせてくれました。


タクツァン途中のマニ車

タクツァン僧院


おおいに盛り上がりを見せたツェリン家へのホームステイ

トレッキングで疲れた体を癒してくれたのは、その日の宿泊先となったパロ郊外にあるツェリンさん一家への心安らぐホームステイと、夜に入った石焼風呂です。日が落ちるにつれて薄暗くなるブータンの空を見ながら、疲れた体を熱いお風呂でゆっくりと癒していきます。ブータンの夕刻の抱かれるような静寂と、石焼風呂のあまりの気持ちよさに目を閉じ、ネパールの「はなのいえ」で入った五右衛門風呂にも思いを馳せていたら、近くの森にいる鳥の透き通るような鳴き声が鮮明に聞こえてきて、次の方へのお風呂の交代の時間を思い出させてくれました(笑)。2日後に誕生日を迎えられるお客様のために、夕食後ブータン・カゼが用意してくれたバースデイケーキを囲み、ツェリン家も揃って全員でバースデイパーティーを開きました。まずは、ご主人のクンガさんやブータン・カゼのスタッフがブータンの歌で祝福。日本側もお酒の気持ちのよい酔いもあってか、「上を向いて歩こう」や「365歩のマーチ」を披露。なぜか「キューティーハニー」の歌まで飛び出しました。私も十八番の「涙そうそう」を声を裏返しながら熱唱。バースデイパーティーをきっかけにした宴は予想以上の盛り上がりを見せ、楽しげな歌声は夜遅くまで響いていました・・・。


石焼風呂

立派な仏間


お別れの日


現地スタッフと
左からウゲン、ニマ、竹嶋、ツェテム・ドルジ

翌日、ブータンとのお別れの日です。パロ空港の入り口で4日間お世話になったウゲンさんやサブ・ガイドのツェテム・ドルジさん、ドライバーのニマさんと最後のお別れの挨拶。お客様を代表して今回の参加者の中で最高齢の方にご挨拶をお願いしたら、大きな声できっぱりと「3人のブータンの添乗員の皆さん。本当にありがとうございました!」と声を震わせながらおっしゃって下さいました。ツアー中ずっと仲間の皆さんを笑わせ、元気だったこの方の意外な一面に、抑えていた感情が湧き上がり、私も含め皆さん涙をこらえ胸がつまる思いでした。
 

ブータンは確かに先進国のように経済的には豊かではないかもしれません。 しかし、私達が心の奥の忘れられた部分を思い出させる懐かしさや、人々の穏やかな心の暖かさ、自国の伝統文化を心から尊敬し、護っていく精神をはっきりと感じさせてくれる国です。
雷龍の国ブータン。確かにこの国は、龍のような人々の力強さと、ブータン仏教を礎にした人間味溢れる心の豊かさがあります。

これから、パロは田植えの時期を迎えます。まだこの国を訪れていない方、もうすでに行かれた方も是非ブータンの風に触れて来ていただきたい。そう、心から願います。

日本で生活する私たちにとって、この国から得るものはあまりにも大きい。 そして、それと同じくらい、旅に同行させていただくことで、お客様からいただく大きな感動も決して忘れてはならない。