ブムタン谷のウラってどんなところ?

谷が広い

BHUTAN KAZE TOURS & TREKS代表のシンゲ・ナムゲルは、つねづね言っています。

「私はブータンの中でもブムタンが好きで、その中でもウラがいちばん好きです。」

理由を聞いてみました。

「谷が広いから。」

谷が広いというのは、ちょっと説明がいります。

ウラの集落は、寺院を囲むように民家(農家)が密集しており、野原や山肌にぽつん、ぽつんと農家が点在する景観を目にすることの多いブータンでは、珍しい光景だそうです。
標高3000mを超えるウラでは、ブータン人が主食とするお米の安定した供給が難しく、代りに蕎麦やじゃがいもが栽培されており、目の前に広がる耕地はほとんどがじゃがいも畑です。
高台に立ってウラの集落を見渡すと、野原や山肌に民家がない分、耕地面積が広く感じられます。たべるものがたくさんあるという、豊かさを感じられるのです。
「谷が広い」というのは、浸食輪廻における幼年期の川岸が形成する広い谷という地理的な意味合いではなく、むしろ、開放感という意味合いでとらえたほうがよいかもしれません。

谷が広いと感じるウラ①(ブータン ブムタン谷 ウラ)

谷が広いと感じるウラ①(ブータン ブムタン谷 ウラ)

グル・リンポチェの隠された谷

ウラは、8世紀にブータンに仏教をもたらした聖者グル・リンポチェ(パドマサンバヴァ)にちなんで名付けられました。標高約3100~3200メートルの谷間に位置し、トウヒ、マツ、カラマツ、モミ、ネズ、竹、シャクナゲなどの森林に囲まれ、トラ、ヒョウ、クマ、イノシシ、レッサーパンダなどの野生動物が生息しています。農家、水車小屋、寺院、仏塔、祈祷旗が点在する美しい景観は、手つかずの自然と活気ある伝統的な生活が見事に調和しています。ブータンで最も大きな自治体の一つで、約70世帯、約400人の住民が暮らしています。

谷が広いと感じるウラ②(ブータン ブムタン谷 ウラ)

谷が広いと感じるウラ②(ブータン ブムタン谷 ウラ)

持続可能な“しあわせのかたち”

ウラの集落に足を踏み入れてみると、村の道路の大部分が舗装されていない、土の道であることに気がつきます。思わず、裸足や下駄履きで歩きたくなるほど、ノスタルジックな感じがします。村の道を歩いていると、農家のおばあさんと出会いました。昔ながらの背負子を背負ったおばあさんに Kuzug Zang Pola! とご挨拶。珍しい外国人観光客を見に、村の子供たちが集まってきました。その手には、自然の素材で作った手作りのおもちゃが。土の道を歩きながら、素朴な雰囲気に、持続可能なしあわせってこういう生活を守ることなんだなと思いました。

土の道を歩いていたら背負子を背負ったおばあさんに出会った(ブータン、ブムタン谷、ウラ)

土の道を歩いていたら背負子を背負ったおばあさんに出会った(ブータン、ブムタン谷、ウラ)


ウラ・ラカンの門前で出会った手作りおもちゃを手にしたこどもたちも素朴(ブータン、ブムタン谷、ウラ)

ウラ・ラカンの門前で出会った手作りおもちゃを手にしたこどもたちも素朴(ブータン、ブムタン谷、ウラ)


子どもの笑顔はしあわせの形(ブータン、ブムタン谷、ウラ)

子どもの笑顔はしあわせの形(ブータン、ブムタン谷、ウラ)

ウラ・ラカン

ウラの集落の中心に、ウラ・ラカンというお寺があり、ウラの住民の檀那寺といった存在で、弔事や法事の法要はここで行われます。檀家の人々だけではなく、近隣の村人たちも、巡拝に訪れ、立派な本堂の周りをコルラする姿を見ることができます。チベット暦に基づき、毎年行われるウラのお祭「ウラ・ヤクチョ」は、このお寺で行われます。バター灯明のお堂や、本堂では熱心に祈りを捧げる人たちを見ることができます。ブータン式の五体投地でお詣りしてみましょう。

ウラ・ラカンの立派な本堂。ブータン式の五体投地でお詣りしませんか?(ブータン、ブムタン谷、ウラ)

ウラ・ラカンの立派な本堂。ブータン式の五体投地でお詣りしませんか?(ブータン、ブムタン谷、ウラ)


法要のためウラ・ラカンに集まってきたお坊さんたち(ブータン、ブムタン谷、ウラ)

法要のためウラ・ラカンに集まってきたお坊さんたち(ブータン、ブムタン谷、ウラ)

ウラ・ヤクチョ

ウラの村には、グル・リンポチェ(パドマサンバヴァ)が、九つの頭を持つ蛇を調伏したという伝説が残っています。
パドマサンバヴァは8世紀にこの村を初めて訪れたと言われています。しかし、村の人々がヤクチョー祭で記憶し祝うのは、彼の二度目の訪問のときのことです。伝承によると、ウラの人々は流行性のハンセン病に苦しめられており、ハンセン病を治すためにパドマサンバヴァに祈りを捧げました。パドマサンバヴァは、テラスでせっせと羊毛を紡いでいた老婆の家に托鉢僧あるいは在家僧(ゴムチェン)の姿で現れました。老婆は彼を昼食に招きますが、そば粉のパンケーキを作り終えると、彼は不思議なことに姿を消してしまいました。老婆は困惑しつつも再び羊毛を紡ぎ始めますが、羊毛入れの中に仏教の尊格である金剛手菩薩の像が座っているのを発見します。人々は、 金剛手菩薩の像 像が老婆の家に3晩滞在した後、ウラからガダンへと飛んでいったと信じています。 金剛手菩薩の像がガダンに到着すると、九つの頭を持つ蛇が地面から現れ、谷から這い出てきました。パドマサンバヴァの法力・金剛手菩薩のご加護により、九つの頭を持つ蛇は調伏され、ついにハンセン病は鎮静したとされます。それを記念して始まったのがウラ・ヤクチョです。ウラ・ヤクチョは、地元の人たちが寄付を集めて行う、ローカル色ゆたかなお祭りです。お祭を盛り上げるアツァラのほかに、ガトポと呼ばれる「翁」を彷彿とさせるお祭の世話役も重要な役割を果たします。

手作り感満載のローカルなお祭ウラ・ヤクチョ(ブータン、ブムタン谷、ウラ)

手作り感満載のローカルなお祭ウラ・ヤクチョ(ブータン、ブムタン谷、ウラ)


ウラ・ヤクチョの「髑髏の舞」。左側にいるガトポが舞を見守る。(ブータン、ブムタン谷、ウラ)

ウラ・ヤクチョの「髑髏の舞」。左側にいるガトポが舞を見守る。(ブータン、ブムタン谷、ウラ)

地元の人たちに混ざって、お祭見物してみませんか?