
シルクロード仏教美術史研究家に学ぶ 第1回
今年の4月から始まりました 、シルクロード仏教美術史研究家・中野照男先生による、オンライン講座
『天山南路クチャ地域の遺跡と美術―石窟寺院壁画の画題を中心に―』とタイトルは長いですが、中身は目からうろこの新鮮なものでした。
第1回は、クチャを含む天山南路に点在する石窟(千仏洞など)について、それぞれ代表的な壁画や塑像を紹介しながら、その特徴、違い、共通性などについてのお話でした。石窟が多いのでネタをかなり絞りこまれたと思われますが、それでも「おなかいっぱい」になりました。
後日、見逃し配信で見直すと、さらに理解が深まったので、皆さんにもその片鱗に触れていただければとの思いで、私の個人的なメモを公開してみます。
※尚、下記は個人的メモです。要点のまとめではありません。後からふと思い出して書いたこともあり、講義の流れから外れてる場合もあります。個人的に気になったことを書いておいたり、調べたりしたもので、聞き違い、勘違いを含んでるかもしれませんが一受講者のメモ書きとしてご容赦下さい。
<川崎の個人的メモ>
ジャータカ(釈尊の前生の物語。本生譚ほんじょうたん)
アヴァダーナ(釈尊の高位の弟子や高僧の前世の物語。本縁あるいは譬喩という)
ヴィシュヴァンタラ太子本生:布施に熱心な太子で、自分の妻や子も人に請われて与えてしまうような度が過ぎた布施をした人物
繧繝(うんげん)彩色:濃淡を帯状に並べて塗る技法。唐で流行。立体感。
トゥムシュク遺跡:カシュガルとアクスの間
ここで発掘された説法図:描かれた鎧兜がコルラ近くの遺跡(ショルチュック)で見つかる鎧兜と同じ
通肩(つうけん):両方の肩を覆うように衣を着る形式。
偏袒右肩(へんだんうけん):右肩を露出し、左肩のみに衣をかける形式。
キジル千仏洞はシルクロードでは敦煌に次ぐ、第2番目の規模を誇る
キジル千仏洞:ガンダーラ美術に近い様式のもの(第Ⅰ様式)それらがこの地域で独自に展開した様式のもの(第2様式)、クムトラ石窟で見られる第3様式(仏教的中国様式)がある
牛飼いナンダが釈尊の説法に聞きほれる図案(徳のあるかえるの話)
ラピスラズリが使われるようになったのはいつか?
分舎利図;クシナガルで釈迦がなくなった時、ドルナという人物が仲裁
チンタマーニ:如意宝珠
ホータン(南)とクチャ(北)は タクラマカン砂漠をはさんで700㎞離れているが、夏、崑崙山脈からの雪解け水の川でつながる。そこに文化の伝達があったと考えられる。
石窟のヴォールト天井(かまぼこ状の天井)には、太陽や月などの天を駆ける神(日天や月天など)が描かれている
クチャは大乗仏教以前の部派仏教が主流だった
しかし、クムトラ石窟には大乗仏教の経典のひとつ観無量寿経の絵が描かれている
韋堤希(いだいけ)夫人:息子のクーデターで夫(王)を殺され、自らも幽閉される身の夫人が、仏に救いを求める
燃燈仏(ディーパンカラ):釈尊の前の仏様。メーガというバラモン修行僧は、街で遭遇した(当時の)仏・燃灯仏に差し出せるものがなかったため、泥道を進もうとする仏様の一行に、長い髪をほどいて敷き、私を踏んでお進みくださいと申し出た。このことで彼の来世は仏として生まれ変わることが約束されたという釈尊の前世の物語(ジャータカ(本生譚))。画材によく使われる。
請願図:過去の仏さまの説法を聞いた人が、仏さまに対して、「私もあなたのような仏さまになりたい」と誓いをたてる場面を表す。ベゼクリク千仏洞で多く描かれた。
など
詳しく聞いてみたくなった方は見逃し配信でどうぞ。
写真も多いので、きっとシルクロードについての新発見があると思います。
