シルクロードだより 第66便 アルバニア

※厳密にはシルクロードから外れるかもしれませんが、東西を結ぶルート上の1つとしてご寛容頂ければ幸いです。

今年9月にアテネからベネチアまでのツアーを予定しています。その一部下見を兼ねてバルカン半島を訪れてきました。

スカンデルベグ広場に立つ像と双頭の鷲の国旗



かぎりなく透明に近い不安

バルカン半島といえば、学生時代、卒業旅行で西ヨーロッパからイスタンブールへ鉄道で移動した際、ベオグラードで乗り換えた記憶があります。首都の中央駅にも関わらずどんよりとした重たい空気がただよい、人の目つきもどこか殺気立った印象でした。 今思えば、当時のユーゴスラビアはチトー大統領を失い、分裂に向けて迷走していたのでしょう、経済不況に陥っていた時期かと思います。 ただ、もしかしたら寒い冬の時期だったから?あるいは勝手わからずにおびえていただけかもしれませんが・・。

その記憶もあって、「もしや危険な何かが待ち受けているのでは?」と不安でした。それに拍車をかけたのが、飛行機のスケジュール変更です。当初の昼過ぎの到着予定が、深夜12時半の空港着に。最初の目的地・未知の国アルバニアでの私の運命やいかに!?

すごいぞ、ティラナ

フライトスケジュールの変更のため長い時間かかってアルバニアに到着。到着してから、その空港名がマザー・テレサ空港ということを知りました。そうです、インドを拠点に貧困や病気に苦しむ人々の救済に尽力、ノーベル平和賞も受賞したカトリックの修道女のご尊名です。彼女はマケドニア生まれのアルバニア人だそうで、現在、アルバニアの首都空港には彼女の名前が冠されていました。

日本も特別待遇の国の1つのようです(ティラナ空港)

その空港はよく整備されていて、入国もスムーズ。パスポートを提示するだけ、入国カードもスタンプもありませんでした。荷物のターンテーブルは4つくらいしかない小さな空港で、両替も明朗会計で安心してできました。さて、ここから町のゲストハウスまで移動しなければなりません。意外でしたが、ティラナ空港から町の中心の広場までは24時間、シャトルバス(有料)が1時間おきに走ってるとのこと。半信半疑でそのバスを求めて、何人かに聞いてみたところ、みんな親切で、しかも英語で対応してくれました。シャトルバスも定額!しかもユーロ払いOK!(結構、旅しやすいかも!)どこをどう走ってるかもわからぬまま約40分で市内の中心地・スカンデルベグ広場に到着。さあ、ここから深夜の町を歩いてゲストハウスまで行かねばなりません。あにはからんや、降り立った広場のバス停周辺は、街灯が煌々と照らしていて、売店のスタンドもまだ営業していました!夜中の2時半です!すごいぞ、ティラナ!千鳥足のおじさんもいないし、街は健全そうに見えました。勇気もりもりで宿まで10分。夜中の3時に無事チェックインできました。

侵略への抵抗

オスマン帝国への抵抗の象徴クルヤ城


翌朝はバスでクルヤを目指しました。ネット情報では、アルバニアのバス事情は難解とのこと。案の定、バス乗り場にはたどり着けたものの、目論んでいた直行バス(ちょっと高い?)はすでに出発したようで、満席になれば出発する乗合バスで行くことに。あっちこっちで人を拾いながらいくので多少時間がかかります。1時間ほど走ったころでしょうか、右の山手にオレンジの屋根瓦が密集した、ちょっとした要塞のようにも見える集落が見えました。もしかしてあそこ?と思っていたら、そのずっと手前のふもとの町で「全員降りろ」との指示。英語のわかるアルバニア人が、「このバスはここまで。この先に別の乗合バスが止まってるからそれに乗り換えてくれ、だって。」と説明してくれました。その地元の人は慣れっこみたいで、 値段も半分だったので、正規のやり方なんだろうと勝手に納得。その通訳を買って出てくれた人は、親切に次のバスまで案内してくれました。それも流ちょうな英語で。

そこから乗り換えたバスも地元の人を載せたり、おろしたりしなが山の中へと昇っていきます。言葉はわかりませんが、地元の人がとても優しいのです。結構な荷物を抱えたおばあさんなのに、次で降りるから座りなさい、みたいなしぐさで旅人に席を勧めたりしてるんです!アルバニア人いい人!ぐっとポイントあがりました。

おおよそ1時間でクルヤの町の入口に到着。そこでも「お城に行くならこっちだよ」とか「帰りのバスは30分前に来てるから早めに来て席を取ったほうがいいよ」などアドバイスをしてくれたり、個人旅行者にもやさしいアルバニア、たった2日ですが気に入りました。

さて、ここクルヤはスカンデルベグという、15世紀の人物が大国オスマントルコを相手に抵抗を続けた地。スカンデルベグの紋章が今の国旗のデザインになっているくらいですから、マザーテレサをしのぐ、アルバニアの英雄ではないでしょうか。町の高台には城が復元されており、中にはスカンデルベグの功績をしのぶ展示がされています。天気がよかったので、城からアドリア海まで望むことができました。

石畳の雰囲気がいい、こじんまりとしたクルヤのバザール


クルヤのバザールで見かけたお土産


城に入る手前には石畳のバザールが続いていました。フェルトの帽子やスリッパ、ランタンカバー、アルバニア国旗を知らったTシャツやマグカップ、伝統的な手織りのクッションカバーなど、ちょっとほしくなるお土産がたくさん並んでいます。

影の時代

クルヤから戻ると、残った時間でティラナの中心部にあるバンクアート2を目指しました。アルバニアは、社会主義時代、外敵からの防御のために国内に75万基もの防空壕(真実だとしたらなんと4人に1基の割合!)を作ったと言われていますが、そのひとつ。当時の核兵器、化学兵器にも耐える (真実かは不明)、内務省からつながる避難施設だったそうです。そこでは今、社会主義時代の秘密警察シミグリに関する展示がなされていました。狭く区切られた部屋、重厚な壁、リアルな防空施設内の、年代を感じさせる実物展示がキッチュな雰囲気を醸し出し、それがかえって恐怖を感じさせる妙な感覚に陥りました。

秘密警察の犠牲となった人たちが入口一面を覆っていました


当時最先端の技術だったのだろう・・・。

あのやさしい、親切なアルバニアの人たちの家族も、1990年ごろまでは社会主義独裁体制下に暮らしていたはず。アルバニアの社会主義は独特だったようで、最終的にはソ連や中国とも一線を画し、隣国ユーゴスラビアとも国交を断絶する鎖国主義を貫き、そして「無神論国家」宣言をしていたとか。しかし、今は外国人の訪問も歓迎され、一見の旅行者にも居心地のよい場所に思えました。(個人的感想です)

アルバニアを訪れるツアー

悠久のシルクロード大走破【番外編2】

アテネからベネチアへの道~バルカンルート 17日間

10名催行英語ガイド早割120

東西文明を結ぶ道をたどるシルクロード大走破シリーズの番外編2。今回はアテネを出発して、アドリア海沿いにイタリア・ベネチアを目指します。アルバニア、モンテネグロ、ボスニアヘルツェゴビナ、クロアチア、スロベニアを訪れます。
出発日設定2026/09/15(火)
ご旅行代金1,383,000円
出発地東京・大阪・名古屋

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※ツアーでは、ほかに2つの世界遺産の街・①オスマントルコ時代の街並を残す・ジロカストラ、②「千の窓の街」と呼ばれる景観を誇るベラトも訪れます。

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