5月場所 十両と幕下の壁

大相撲5月場所は24日に千秋楽が行われ、小結若隆景が大関霧島との決定戦を制して12勝3敗で2回目の優勝を飾って幕を下ろしました。若隆景が優勝し、宇良が「業師」ぶりを発揮し大活躍の10勝、新関脇だった熱海富士、琴勝峰も勝ち越し、藤ノ川は惜しくも1つ負け越したものの上位総当たりの前頭筆頭で大健闘と私の「推し」力士はみな活躍して個人的には毎日帰宅後に結果を確認するのが楽しい15日間でした。

さらに、幕下以下でも「史上最強の新弟子」と言われる旭富士(2代目:本名オチルサイハン)が元・十両の木竜皇を破りデビューから21連勝で三段目優勝。序の口から3場所連続で各段優勝を達成しています。外国人枠の影響でデビューに時間がかかったものの熱海富士、義ノ富士、錦富士、伯乃富士など関取ひしめく伊勢ケ濱部屋に所属し、初土俵前から「部屋で一番強い」、「実力はすでに三役クラス」などと言われてきた期待のホープ。来場所はいよいよ幕下上位に番付が上がり、その真価が問われます。幕下15枚目以内に入って7連勝、一気に十両昇進となるのか? それとも幕下の実力者たちが意地を見せるのか、楽しみです。

その幕下は、なんとアマチュア実績があり幕下最下位格付出でデビューしたばかりの大森も含めて7人もの力士による優勝決定トーナメントの末、藤ノ川の弟・碇潟(いかりがた)が優勝。こちらも小兵ですがきっぷのいい力士で、来場所の成績如何では兄弟同時関取の期待もかかり、将来が楽しみです(相撲界には兄弟力士が多いのですが)。兄同様に体格に恵まれているとはいいがたいので、怪我にだけは気を付けていただきたいところです。

実は幕下という地位は、幕内や十両から陥落し再浮上を目指す実績のある実力者と、大森のようにアマチュアから入門してきた期待のホープ、そして中卒や高卒で入門し序の口、序二段から叩き上げて番付を上がってきた力士がせめぎ合う厳しいサバイバルの場なのです。しかも、十両に上がれば月給110万円に対して、幕下以下は月8万円の手当のみ。十両とその直前である幕下とではその差は「天国と地獄」なのです。野球でいえば、「独立リーグ」と「NPB球団の支配下登録」くらいの差、いやもっと大きな差でしょうか。しかも幕下以下は1場所に7番しか取組がないので、1回1回の取組が重要で、そこに熱いドラマがあるのです。興味のある方は、是非とも幕下以下の力士にもご注目いただきたいと思います。まあ「怪物」や「大器」と呼ばれるような力士はあっさりとこの壁を乗り越えてしまうのですが…。

<閑話休題>

しかし、興行としては、大の里、豊昇竜の両横綱に加え、カド番大関の安青錦が初日から休場し、さらに序盤調子のよさそうだった小結高安も早々に休場、終盤には負け越した大関琴櫻までもが休場し、最終的に三役以上が9人中5人も休場するという異常事態となっていました。千秋楽は大関と小結の役力士2人での優勝決定戦で決着がつき、なんとか格好がつきましたが、千秋楽の本割で役力士同士の対戦がなくなるというのは前代未聞(正しくは2020年1月場所以来)!。協会あいさつで理事長と一緒に土俵に上がった三役以上の力士がたったの4人というのは何とも寂しい限りです。

ファンの間ではこの「大量休場」の原因は過密すぎる巡業のスケジュールにあるのでは、との声が上がっています。実際にすでに発表されている8月の巡業スケジュール(日本相撲協会のサイトへ)を見ると、8月の31日間のうち、休みはわずか3日です。しかも休みが8月1日、17日、31日と飛び石になっているため、中29日間で休みは1日(8月17日)のみという過酷なスケジュールです。

巡業は本場所と違い、勝ち負けはあまり気にしない「花相撲」。確かにけがのリスクはそれほどではありませんが、体の大きなお相撲さんがバスの狭い座席に座ってあちこち移動する姿は気の毒というほかありません。ファンサービスも大事な仕事とはいえ、丸1か月ほぼ休みなく働くのはかなりブラックな環境だと言わざるを得ません。さらに、6月には大相撲パリ公演(6月12⁻13日)もあり、ゆっくりケガを治しているヒマもないのではと心配になります。

特にモンゴル人の力士たちは暑い夏の間、涼しくて緑豊かなモンゴルの草原に戻って栄養たっぷりの乳製品を摂って養生できたら9月場所に元気いっぱいで暴れまわれるのにと思ってしまいます。

乗馬途中で今年最初の馬乳酒を楽しむ遊牧民一家に遭遇!

馬乳酒を楽しむ遊牧民一家に遭遇!

さて、この原稿を書いている最中に、優勝した若隆景とその兄・若元春の実兄で幕下の若隆元の引退が報じられました。最高位は東幕下7枚目。十両まであと少しのところでした。
<速報>幕下若隆元が引退 福島出身・大波3兄弟の長男(福島日報):外部リンク
祖父は1950年代に活躍した元小結若葉山、父は元幕下の若信夫。入門時から荒汐部屋の「大波三兄弟」の長男として有名で、しこ名の由来は毛利元就と3人の息子の「三本の矢」から。「3人仲良く力を合わせるように」と毛利元就の三人の息子(毛利隆元、吉川元春、小早川隆景)にちなんでつけられました。三人そろってテレビ番組に出るなど話題になり、昭和の井筒三兄弟(鶴嶺山、逆鉾、寺尾)以来の3兄弟関取、そして史上初の3人兄弟「同時」関取の期待がかかっていましたが、度重なる大ケガにも見舞われ、残念ながら幕下と十両の壁を突き破ることはできませんでした。若者頭として相撲協会に残るという事なので、後進の力士たちの指導に尽くしてほしいと思います。お疲れ様でした。

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