R.シュトラウスの『エレクトラ』

一旦降りた幕が再び上がると、エレクトラ役のアイレ・アッソーニを真ん中に、演者全員が横一列に並んでいた。彼女は一歩前に出てステージに両膝をつき、場内に鳴り響く拍手に合わせ、まるで床と拍手を交わすかのように、両掌で床を繰り返し叩き始めた。

全1幕、1時間45分。彼女はほぼ出ずっぱりで歌い続けていたから、次第にトランス状態に入っていたのかもしれない。その緊張感が一遍に解け、膝をついてしまったに違いない。

その姿にジーンと目頭が熱くなった。今日が千秋楽。公演を重ねるごとに完成度が高まっていき、彼女にとっても満足のいく公演になったのだろう。会場の拍手とブラヴィの多さからも、公演の素晴らしさに対する観衆の感動が伝わってきた。

音で人間の心理世界を描く天才・R.シュトラウスの『エレクトラ』は、100人を超える大オーケストラを編成しないとできないからか、新国立劇場で上演されるのは22年ぶりだそうだ。不協和音の連続で心がかき乱されるが、妙に引き込まれてしまう。『サロメ』同様、日本人には好まれそうにないが、R.シュトラウスには根強い固定ファンがいそうだ。案の定、会場は満員。新国立劇場の関係者も安堵したに違いない。私も自分事のように嬉しかった。

R.シュトラウスは「音がいい。まさに音の魔術師だ!」などと公演プログラムに書かれたりする。残念だが、私にはその音楽性の素晴らしさが理解できないので、演劇を見るような感覚で楽しんだ。今回は、トロイア戦争を復習して臨んだ。

なぜトロイア戦争なのか。実は、エレクトラの父親は、トロイア戦争におけるギリシャ連合軍の総大将・アガメムノンだ。アガメムノンはトロイア戦争開戦時、戦況を変えるために、エレクトラの姉・イフィゲニアを生贄に捧げている。それを妻のクリュタイムネストラに恨まれていたのだが、アガメムノンは約10年ぶりにトロイア戦争から凱旋すると、クリュタイムネストラとその情夫・アイギストスに風呂場で暗殺されてしまう。
アガメムノンに同情したいところだが、アガメムノンは過去に、クリュタイムネストラの元夫・タンタロスとその幼子を殺し、クリュタイムネストラを奪っている。もっと辿れば、アガメムノンの父・アトレウスは弟のテュエステスと王位を激しく争い、弟を追いやっている。なんと、このテュエステスの息子が、アガメムノンに殺されたクリュタイムネストラの元夫・タンタロスである。これら一連の悲惨な出来事を指して「アトレウス家の呪い」という。

エレクトラは、母親の元夫と幼子を殺した父・アガメムノンを何故か強く慕い、母・クリュタイムネストラへの復讐を誓う。このエレクトラの父親への異常なまでの恋慕を指して、ユングは「エレクトラ・コンプレックス」と名付けている。エディプス・コンプレックスの女子版だ。復讐は最後にエレクトラの弟・オレステスによって成就される。

しかし、一時はオレステスが死んだという報が入り、エレクトラは絶望する。その時、私は「なぜエレクトラ自身が母クリュタイムネストラに復讐しないのか」という疑問が湧いた。実は、父アガメムノンの復讐をアポロンの神がオレステスに命じている。だから、オレステスが死んでしまったと聞いて、エレクトラは動揺し、ひどく絶望したのだ。

当時のギリシャ世界では、父の血の復讐を担うのは男子の血縁者、とくに息子という考えが強くあったという。しかし、エレクトラこそが復讐者であり、オレステスは復讐をただ実行しただけにすぎない。

ギリシャ悲劇の「悲劇の対象」は人間であり神々ではない。ギリシャ神話の神々は不死であり人間のように「死」という結末がない。人間は運命に翻弄され、その結末に死がある。どちらがいいかは議論のあるところだが、『エレクトラ』では、父アガメムノンの復讐をアポロンの神がオレステスに命じている。「神々が悲劇を引き起こし、人間がその悲劇を背負う」なんとも理解しがたい世界である。

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