透き通った声で、「一つだけ守ってほしいことがあります。リンクの中に入るときは、必ず右足(左投げの人は左足)から入ってください。反対の足からだと、すってんころりんですよ」。
なるほど。「ヤップ、ヤップ、ヤーップ!」「イエス、イエス、イエース!」「ノー、ノー、ノーッ!」。テレビで聴く、あの声だ。などと、肝心の指示はそっちのけで別のことを考えていた。それでも、言われた通り、こわごわと右足からリンクに踏み出した。その右足ですら滑って不安定だ。左足には、靴底がツルツルになった「スライダー」を履く。手には「ブルーム」というモップのような道具を持つ。ストーンの前の氷をスイープして、滑る距離や曲がり方を調整するためのものだ。
これでは容易に氷の上に立っていられないだろう、と想像がつく。
それでも左足を斜め前に出し、体を傾け、右足で蹴りながら少しずつ進む。アイスホッケーで使うようなヘルメットを着けてはいたが、仰向けにひっくり返らないよう細心の注意を払う。
「これで、どうやってストーンを投げるんだ?」
7月4日、トラベル懇話会の研修でやってきたのは「アドヴィックス常呂カーリングホール」。テレビのカーリング中継でおなじみの、常呂町のあのカーリング場だ。
60分ほどの体験でカーリングの難しさを思い知らされたあと、本橋麻里さんの講演を拝聴した。通称、マリリン。
常呂に生まれ、12歳でカーリングを始めた。高校を卒業すると、「カーリングでは生活できない」という理由で競技をやめてしまう選手も多いという。しかしマリリンは青森に移り、競技生活を続けた。
2006年、19歳でトリノオリンピックに出場。
「太刀打ちできない。人生で初めて悔しいと思った」
この悔しさと負けず嫌いが、その後のキャリアをつくっていったのだろう。
2010年、バンクーバーオリンピック出場後の夏に「ロコ・ソラーレ」の設立を発表。そして2018年、平昌オリンピックで銅メダルを獲得した。
講演の中で印象に残った言葉を拾ってみる。
「ゼロから1をつくる」
「オリンピックのメダルには勝敗がしみこんでいる」
「15歳で初海外遠征。火がついた!」
「大人は有言実行。大人ってすごい! そういう大人になりたい」
「若ければいいスポーツではない。経験が必要」
「20~23歳は、理想と現実のギャップに逃げ腰になって、思考が固定していた」
「チームスウェーデンは強くて格好いい。しかも強メンタル!」
「日本は目標は高く、個人の力量もある。でもチームワークがない」
カーリングという競技についての話も興味深かった。
カーリングでは、基本的に選手同士がフェアプレーの精神に基づいて競技を進め、判断が必要な場面では敵味方が話し合う。さらに、チームは一人が抜けただけでまったく別のチームになってしまうという。それほど、一人ひとりの役割と人間関係が重要なスポーツなのだ。だからこそ、単純に実力のある選手を集めれば強いチームになる、というものではない。
マリリンは、とにかく前向きだ。
迷ったら「やる」という選択をする。やらない理由は探さない。もちろん、何でも一人でやってきたわけではない。多くの人に助けられ、さまざまな助言を受けてきた。しかし、最後に決めるのは自分。そして、決めたら自分で行動する。その繰り返しが、今の本橋麻里さんをつくったのだろう。
今は選手としては第一線を退き、経営やチーム運営の側に軸足を移していらっしゃるようだ。そこでもまた、苦労しながら、それを楽しんでいるように見えた。それでも話を聞いていると、いつかまた、ふっと「選手の目」に戻る日が来るような気がしてならない。そう思うのは、すっかりマリリン贔屓になってしまったからかもしれない。