夢の時間〜旅の風に吹かれて〜

前回から始まった新連載。各地に精通した達人の眼を通して、ちょっとレアな「はまった人から見た魅力」を紹介していきます。今回は地球の裏側で風を支える、ペルー在住22年目の篠田直子さんがお贈りする『夢の時間』。浪漫溢れるお話です。


霧に包まれる空中都市
マチュピチュ

丘から見た地上絵

緑に彩られたアマゾン

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■魅力溢れるペルー
私たち人間はこの世に生を受けてから終わるまでの間にどのぐらいこ の愛すべき星・地球のことを知ることができるのでしょうか? 日本から遠い赤道下の南アメリカに位置するペルー、私はこの国を少しずつ知ることによってこの地球の素晴らしさと不思議さを知ることができました。まだまだ奥が深くてもっともっとこの不思議を知りたいと思っています。魅力溢れるペルーが私の心を震わせて、いつも「もうひとつの夢の時間」をプレゼントしてくれるのです。その忘れることのない「夢の時間」はそれぞれに違うことでしょう。皆さんにも素晴らしい「夢の時間」を過ごしてほしいと思います。

■天空の城 マチュピチュ
いつの頃からか空中都市マチュピチュとも呼ばれるようになりました。見渡すかぎり(360度)アンデス山中に囲まれていて,ジャングルと高地との接点にある場所は霧の生まれやすい場所で、その霧に包まれるとあたかも天空の中にいるような気がします。それでいつのまにか人々は空中都市と呼ぶようになったようです。マチュピチュへは何度も霧に包まれほんの少ししか前が見えない中を歩きます。様々な想いで、一歩ずつ歩いているうちにいつのまにかすーっと霧も晴れていきました。谷間から絶え間なく霧が湧きあがってきます。風と霧が戯れ合ってあちこちに動きまわり遊んでいるようです。すべては霧まかせ、風はときおり素晴らしい変化のある風景を自由自在に見せてくれるのです。その霧の中で私は静かに佇んでいました。今も屹立した山々(大地)は時おり激しい雨に打たれ削られ、それによってつくられた深い谷間をアマゾン川の源流のひとつウルバンバ川が蛇行しながら母なる海へ辿り着くよう流れているのです。インカの人々が暮していた街(遺跡)が見え隠れしながら遠く霧の中に浮かび、霧たちの演出の中に生きています。
いにしえの光、いにしえの風が私の魂を揺さぶり、自由自在に駆け抜け、45億年生きている地球の鼓動が伝わってきます。まだ人々がこの星(地球)に住んでいなかったころの清清(すがすが)しい風音を心のうちに自然に聞かせてくれるのでした。

■砂漠に落ちる夕陽 ナスカ
太平洋に面したペルー、この海岸沿いには砂漠が広がり、リマから北へ、南へと続きます。この広大な砂漠地帯に広がる不思議な地上絵を初めに見たのは首都リマから約450km南に下ったナスカ上空を小型機で飛んだ時でした。とても面白い地上絵で、ナスカ平原に残る宇宙人、コンドルやサルやハチドリなどのことは覚えているのですが、心の奥まで感じてくるものはなかったのです。ナスカの人々の暮しと気持ちが伝わってきませんでした。そこで、リマからクスコへ帰る陸路でアメリカンハイウエイを走り、緑あるオアシスの村を訪ねながら自分の足で砂漠に降りたちました。砂漠も場所々で様子が変化するのです。さらさらと風紋ができる砂漠から、ナスカ平原に入ると石ころだらけの砂漠になります。ナスカの地上絵はこの石ころだらけの砂漠から生まれたのです。この石ころをきれいにして大地の表面を見せてくれているのです。風が吹いてきてもいつまでもラインは消えません。昔から変らないラインなのです。夕陽がまっすぐ落ちるところにラインはどこまでもどこまでもまっすぐ続いています。
小高い丘の上に座り、赤い夕陽が沈むのを眺めていました。砂漠の向こうに太陽が行ってしまうと空は夕暮れ色の紫になりました。ナスカの風がここでも吹いています。再びセスナ幾に乗りました。ラインが生き生きと見えます。”コンドル”や”サル”や”ハチドリ”たちが、”宇宙人”が語りかけてくるのです。ナスカの人々は素晴らしい夢を持ち、今のわたしたちより遥かに越えた創造性を持っていた人々だったということが・・・。今でも地上絵は生きています。

■アマゾンの流れ マドレ・デ・ディオス
クスコの空港を飛び立つとすぐ左側に標高6,348mの氷河を残す雪山アウサンガテ山が見えてきたかと思うと、高度がぐーんと下がりブロッコリーをひきつめたような緑の森が目の中に飛び込みそこへ突入していきます。緑に彩 られたアマゾンです。 ここでは人間よりも生きもの(動植物)たちが元気にこの世界を生きています。生きものたちの間には循環があるようです。皆それぞれが自分の生命を生きています。

〜マドレ デ ディオス〜
聖なる母と名づけられた川
雨と大地が混ざり合い  土色となり
すべての生命を生み出してくれた
母なる海へ流れゆく
あらゆる生命(いのち)が息づいている
あらゆるものが繋がっている
すべてが交じり合い織りなしていく
すべての生命が生まれ死す
人も生まれ人も死す
とどまることなく 流れゆく
私たちの息づく生命の源
流れの中に地球の鼓動が聴こえる

川の流れを黙って眺めたりしているとこんな言葉が生まれてくるのです。アマゾンは森の不思議(自然)を黙って受け入れる旅のようです。 アマゾン流域にも時代の波が押し寄せています。人間は自分たちが生き延びていくために、いつのまにか自然の流れを変えようとしています。変容させていってしまうのです。砂金をとっているところにも行きました。森は伐採されています。
私の大好きな本「マドレの森」の(情報センター出版局)著者 高野潤さんが、『「森」は人間の関わる「鏡」そのものである。「森」に訊けば、今人間がどこに向っているのか、教えてくれる。』と書いています。
高野さんのように奥深くアマゾンの地まで入っていくことができないけれど、それでもほんの少しづつでもアマゾンを知りたいのです。
「わたしたちはどこへ向ったらよいのか?」を森に訊きに行きたいのです。