北ペルー チャチャポヤス 天空の森に眠る神秘の遺跡を訪ねて

文●中台 雅子

クエラップ遺跡(空中写真)。かつてここには「雲上の民」を意味するチャチャポヤ族の人々が暮らしていた。
クエラップ遺跡(空中写真)。かつてここには「雲上の民」を意味するチャチャポヤ族の人々が暮らしていた。



雲霧林に眠る巨大遺跡「クエラップ」

ペルー北東部のアマゾナス県チャチャポヤス市にある「クエラップ遺跡」は、標高約3,000mの山の上にひっそりと佇んでいる。その存在はペルー人にもまだあまり知られておらず、昨年9月の視察に同行した現地スタッフのナオコさん(*1)もペルーに住んで30年経つのに、この遺跡を訪れるのは今回が初めてだった。そんな彼女が遺跡の中に入り、口にした一言は「あぁ、この雰囲気…、まるで30年前のマチュピチュ遺跡のようだ」であった。

今では知らない人の方が少ないペルーを代表する観光名所「マチュピチュ遺跡」は現在、来場者の人数制限を設けるほど毎日多くの観光客が訪れ、遺跡保存のために遺跡内外の整備が進んでいる。そんなマチュピチュ遺跡も30年前はまだ「秘境」と呼ばれる旅先の一つで、人の手が入っていない分、周囲の自然と溶け込んだ手付かずの遺跡の粗野さが、廃墟感を醸し出し、現在の姿よりも「神秘性」が強調されていたという。確かに、このクエラップ遺跡にはそういった雰囲気がまだ残っている。

「チャチャポヤ(ス)」とは、アンデス文明の一つでクエラップ遺跡を建築した文化の名称であり、また遺跡がある地域の都市名でもある。チャチャポヤス市は、アンデス山脈東側急斜面の高地密林地帯に位置し、東側の低地密林地帯から吹く湿った空気がアンデス山脈の壁にぶつかり、年間を通して雨が多い気候が特徴である。この辺りの高地密林地帯は、別名「雲霧林」とも呼ばれ、一年中雲に覆われることが多く、ブロメリアやシダ類、多種のランなどの植物が木々に多く着生する。クエラップ遺跡は、そんなうっそうとした雲霧林の中に在る。約400の円形居住跡を中心に残された数々の建築物は長さ約600m×幅約110mの巨大な敷地に及び、周囲は約20mもの高さの壁に覆われている。マチュピチュ遺跡のような派手さはないかもしれない。しかし、この遺跡の大きさと、雲霧林の中で自然と共生するように佇むその姿には存在感があり、人気の無い遺跡の中で森の匂いを嗅ぎ時間を過ごしていると、「チャチャポヤの人々は当時ここでどんな暮らしをしていたのだろう …」と思いに耽ってしまう。想像力を掻き立てられる場所だ。

インカ帝国が苦戦したジャングルの戦士チャチャポヤ族

遺跡は森の自然に溶け込むように存在する
遺跡は森の自然に溶け込むように存在する

9~15世紀頃までペルー北東部に栄えたチャチャポヤ文化は当時、現在のペルー・ジャングル地帯で「最強の文化」だったと言われる。アンデス文明の代表格「インカ帝国」はペルー南部のアンデス山岳地帯クスコを拠点に、最盛期(15~16世紀前半)には北はエクアドル、南はチリ・アルゼンチンまで広大な領土を統治していったわけだが、このジャングル地帯のチャチャポヤス地域の占領にはかなり苦戦したと記録に残っている。


ちなみに、アンデス文明は「文字を持たなかった」ことで有名だが、文字による記録は16世紀にスペイン征服者たちがやってきてから、クロニスタ(記録者)と呼ばれるスペイン人またはスペイン人とインカ(*2)の混血児によって書かれた史料を元にしている。他文化に比べると、チャチャポヤ文化について書かれた史料は極めて少ない。しかし、近年の考古学的な調査・研究により、この地域でのインカの存在が明らかになってきている。

インカがチャチャポヤス地域を占領したのは15世紀後半だと言われている。さて、広大な領土を有したインカ帝国は、領土を獲得した後、どのように統治していったのか…。インカの巧みな政治的戦略の一つとして、まず、新しい領土の部族にインカにとって最も重要な神である「太陽神(インティ)」崇拝を強制していった。精神面での支配、言語(ケチュア語)、祭儀用の建築をはじめとする公共建築など「インカ方式」に塗り替えていくといった手法である。固有の文化と神々を擁していたチャチャポヤの人々は「インカ方式」を受け入れることを当初強く拒んだようだが、次第に彼らの文化はインカの文化に融合されていった。
「荒々しい戦士」として知られていたチャチャポヤ族との戦いはインカの人々もできるだけ避けたかっただろう。しかし、森林地帯のこの地域には、黄金や塩、河川や湖など多くの水資源、また王族たちが祭儀用の衣服や頭飾りに使う貴重なコンゴウインコの羽毛などが豊富にあったため、インカの人々は苦戦しながらも領土獲得に勤しんだわけだ。
16世紀、インカ帝国滅亡へと導いたスペイン征服者たちがペルーの地へやってきた。チャチャポヤ族は、「打倒インカ」のためにスペイン人たちと同盟を結び力を貸したと言われている。インカ帝国による征服後も反逆心を内包していたのかと思うと、ジャングルの戦士・チャチャポヤ族の果敢な姿が浮かび上がってくるようだ。

手付かずの遺跡が語りかけてくる

遺跡内には400もの円形居住跡が残る。当時は、写真のように三角屋根(復元)が葺かれていた。
遺跡内には400もの円形居住跡が残る。
当時は、写真のように三角屋根(復元)が葺かれていた。

クエラップ遺跡の魅力は、規模の大きさはもちろんのこと、まだ多くの人が訪れていないからこそ残る「手付かず感」にある。インカも、チャチャポヤの人々も、自然万物に神々が宿ると考え自然を畏れ尊び、共に暮らしてきた。史料を読まなくても、人気のない遺跡の中を歩いていると、廃墟と化した建築物の石たちが語りかけているかのように、その感覚が伝わってくる。言葉にするのは難しいが、その場所にある不思議な空気感だ。

クエラップ遺跡をはじめとするチャチャポヤス地域を訪れる観光客はまだ少ないが、近年ペルーでは、同遺跡の考古学的・観光資源的価値が話題にされることが多くなり、国の観光投資事業も動き出している。しかしながら、チャチャポヤス市には空港があるが機能しておらず、アクセスの悪さが観光地化への遅れにつながっている。いくつかあるチャチャポヤスへのルートの中で比較的アクセスの良いジャングル地帯「タラポト」経由の場合、首都リマからタラポトまで空路で1時間半、そこから陸路で峠を越えて、まっすぐチャチャポヤスへ向かえば車で約7時間かかる。将来的には、リマからチャチャポヤスへ直行便が運航するという話もあり、そうなれば、国内外からの観光客数が急速に増えるかもしれない。観光開発が進むことで地域の活性化やインフラ整備の加速化など多くの利点を生み出す一方で、かつてのマチュピチュ遺跡がそうだったように、観光客が増えると遺跡の「廃墟感」や「手付かず感」、「神秘性」さえそのうち消えていってしまうのでは…と思うと、勝手な思いではあるが、やはり寂しい気がする。

建築にはひし形の文様が施されている。
建築にはひし形の文様が施されている
これはインカ建築には見られない
遺跡の周囲は約20mもの高さの壁に覆われている
遺跡の周囲は高さ20mもの壁に
ぐるっと覆われている
遺跡の見取り図。円形の図は約400の居住跡を表す
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遺跡の見取り図。円形の図は
約400の居住跡を表す

 

石に彫られた文様 ハート型(?)の顔
石に彫られた文様
ハート型(?)の顔
くちばしの大きな鳥
こちらは、くちばしの大きな鳥
へび
対に描かれたへび
どれも愛らしい表情をしている


低地ジャングルから雲霧林をたどり神秘の遺跡へ

ゴクタの滝を目指して雲霧林をハイキング
ゴクタの滝を目指して雲霧林をハイキング

手付かず感が残るのは、遺跡だけではない。チャチャポヤス周辺には、低地ジャングルから雲霧林まで豊かな自然が残っている。タラポト(約350m)からチャチャポヤス(約2,300m)への中継地点モヨバンバ(約460m)に立ち寄れば、車とボートを乗り継いで「リオ・アビサド保護区」を訪れることができる。ここでは、カヌーに乗ってジャングル体験ツアーに繰りだしてみよう。チャチャポヤスから車で約1時間のゴクタ村では771mの落差を誇る「ゴクタの滝」を目指して雲霧林の中でハイキング(約5時間)を楽しむこともできる。

今の時代、世界中どの観光地も自然景観も、インターネットやテレビを通して簡単に「視覚」で楽しむことができる。旅先に行っても、ただ有名観光地を「目で確かめ」、またバスに乗り込み移動するだけなら、日本でテレビを見ているのと変わらず、「なぁんだ、こんなものか」と思ってしまうかもしれない。旅に出る醍醐味は、その場所に身を置き、心と体と五感で感じる「臨場感」ではないだろうか。低地ジャングルには蚊もいるし、都会とは違って多少の不便さもある。

道中に咲く花にも癒されます title=
道中に咲く花にも癒されます
マイナスイオンに満ちた雲霧林の中をハイキング
マイナスイオンに満ちた雲霧林の中をハイキング



しかし、自然の中に実際に身を置くと、思いもよらない感覚が沸き起こり、千年以上前にこの地で暮らしていたジャングルの民・チャチャポヤ族の暮らしに想像力が膨らんだり、旅の面白さはぐっと広がる、かもしれない。情報は少ないが、先入観がないからこそ、旅先での驚きや感動も未知数である。ペルーの「チャチャポヤス」へ、未知の魅力を探訪する旅に出かけて見ませんか?


●参考文献
『インカ帝国-研究のフロンティア』(東海大学出版会 島田泉、篠田謙一・編著 2012)
『マチュピチュ「発見」100年 インカ帝国展 図録』(TBSテレビ 増田義郎 他・編著 2012)

(*1)元ペルー支店長の篠田直子
(*2)_x0007_「インカ」とは先住民の言葉で皇帝のことを意味するが、本文ではインカ帝国及びその部族のことを指す。ちなみに、インカ帝国と称される国名は正確には「タワンティンスーヨ(4つの州)」である。

風通信」47号(2013年4月発行)より転載


★ゴクタでは滝が見えるコダワリホテルに宿泊できます


ゴクタ ロッジ Gocta Lodge
部屋の一例
部屋の一例
食堂のテラスからの眺め
食堂のテラスからの眺め


※現在、チャチャポヤスを訪れるツアーの募集はございません。「オーダーメイドツアー」のアレンジは可能です。お問合せください。

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