ペルーの「歴史」を知ればもっと旅が楽しくなる!

“インカ帝国だけがペルーの地で栄えた文化ではありません。
「プレインカ(インカ以前の文化)」から「インカ」へ、アンデス文明の流れを時間を遡って見てみると、インカの謎が紐解ける?「歴史」的視点からペルーを覗いてみましょう。あなたのペルーへの旅がもっと面白くなるはずです!

インカのルーツを辿る アンデス文明の流れ 「プレ・インカ」から「インカへ」

海岸・砂漠地帯、アンデス山岳地帯には、紀元前から数々の文化が発祥し興亡を繰り返してきました。インカ以前の文化(プレ・インカ)から引き継がれた知恵や技術を基礎にして、インカ文明は発展を遂げ巨大な帝国化へと勢力を伸ばしていきました。

nanbei_kiji083


nanbei_kiji083 ナスカ文化

nanbei_kiji08

●年代 紀元前後〜紀元後7世紀ごろ
●繁栄した地域 ペルー南部 海岸・砂漠地帯
●代表的な遺跡 ナスカの地上絵 
●特長 砂漠平原に描かれたナスカの地上絵は、天体運行との関係や、儀礼通路として使われたなど諸説が存在するが未だ謎に包まれる。また、多彩な色が使われた土器や、刺繍・レース織りなど様々な技法を用いた織物は見事。織物の素材は砂漠で育つ綿だけでなく、アルパカの毛も使われていることからアンデス山岳地帯との密接な交流も見受けられる。


nanbei_kiji083 モチェ文化

nanbei_kiji08

●年代 紀元前後〜紀元後7世紀ごろ
●繁栄した地域 ペルー北部 海岸・砂漠地帯
●代表的な遺跡 トルヒーヨの太陽と月のワカ、チクラーヨのシパン遺跡 
●特長 動物や野菜、人間の顔、そのものの形をした写実的な土器が特徴的。織物や金属の加工技術にも優れ、モチェ時代最大の王“シパン王の墓”からは金の仮面や王冠、金の耳飾など、数々の煌びやかな黄金装飾品が発見された。


nanbei_kiji083 チムー王国

nanbei_kiji08

●年代 紀元後13〜15世紀ごろ
●繁栄した地域 ペルー北部 海岸・砂漠地帯
●代表的な遺跡 トルヒーヨのチャンチャン遺跡 
●特長 ペルー北部でインカ帝国最強の敵といわれたチムー王国。20平方kmにも及ぶ都市遺跡、チャンチャンには全盛期25,000人を超える人々が住んでいたと言われる。乾燥した砂漠地帯で発展した灌漑設備や金など鋳造技術にも優れ、それらの技術は15世紀に征服されるインカ帝国に引き継がれていった。


nanbei_kiji083 インカ帝国

nanbei_kiji08

●年代 紀元後15〜16世紀ごろ
●繁栄した地域 ペルー南部 アンデス山岳地帯
●代表的な遺跡 マチュピチュ遺跡、オリャンタイタンボ遺跡、ピサック遺跡、クスコ旧市街など 
●特長 15世紀半ば頃突如として勢力を拡大しアンデスを南北にまたがる大帝国を築いたが、16世紀、わずか160数名のスペイン征服者によって滅ぼされてしまう。農業技術や石の建築技術など、インカ以前のアンデス文明から吸収し、更に優れたものに発展させていったのがインカ帝国である。




インカの謎を紐解く KEYWORDS

nanbei_kiji083

ピューマ・コンドル・ヘビ 一目置かれた動物たち
インカ時代の織物や陶器、遺跡などによく出てくるこれらの動物は、インカ時代、「聖なる動物」として考えられていました。力強さを表すピューマはクスコの街の姿そのものとして現れます。博物館や遺跡を訪れながら、これらの動物を探してみると面白いですよ。神々の使いとして考えられたコンドルは、乾季、アレキパのコルカ渓谷で見ることができます。

インカの人々が崇めた自然界の神々

nanbei_kiji083

アンデスの人々は昔から山、川、星、月、虹など自然万物のあらゆるものに神々が宿ると考えていましたが、インカの時代、最も重要な神として考えられたのが太陽です。インカ帝国の最高権力者である皇帝は、太陽神の息子として神格化されました。遺跡の中の太陽神殿は特に精巧な建築が施されています。自然の恵みを享受しその恐ろしさも知るインカの人々は、自然の神々を崇め、供物を捧げる儀式を盛んに行っていました。

神々への儀式といけにえ

nanbei_kiji083

自然界の恵みを与えてくれる神々への儀式はインカの人々の生活に欠かせないものでした。トウモロコシで出来た神酒「チチャ」や神聖な植物「コカの葉」が供物として捧げられ、主にリャマやクイ(天竺ネズミ)が、いけにえとして利用されていたようです。しかし、尋常じゃない事態が発生した際、時に、幼い子供が神々へ捧げられました。そのような事態とは…山岳民族のインカの人々にとって重要な「山の神」が火を噴いた時(火山)などです。アレキパのアンパト山の氷河から、凍結状態で発見された少女のミイラ「フアニータ」は有名です。

文字を持たない文明

nanbei_kiji083

高度な石の建築技術だけでなく、天文学や農業技術にも優れていたインカ文明ですが、文字を持たなかった文明としても有名です。インカの知恵や技術はどのように伝えられていったのでしょう。数字を記録するものとして「キープ」という道具が発見されています。紐の長さ、素材、結び目により数字が示され、このキープを持ったインカの飛脚がインカ道を走り帝国全土に重要な情報を伝えていったと言われています。

クスコ(へその町)は世界の中心だった?!

nanbei_kiji083

インカ帝国時代の首都だったクスコですが、皇帝たちはこのクスコが世界の中心と考え、街の名前を「クスコ(先住民の言葉、ケチュア語でコスコと発音)=へそ」名づけました。へそは人間の体の中心にありますが、クスコは世界のへそにあたると考えたのです。実際、広大な帝国の領土はこのクスコを中心に区分されています。

アンデスの十字架「チャカナ」

nanbei_kiji083

南十字星をかたどったチャカナはインカの世界を現すシンボルと言われています。真ん中に丸い空洞があり、階段状に12の角を持つ形が特徴。四方にあるそれぞれ3つの角は、インカの世界観(インカの人々は世界を3つに分けて考えていた)や聖なる動物(ピューマ、コンドル、ヘビ)などを表すと言います。また、真ん中の空洞のクスコを中心に4つの州(領土)の方角を示しているとも言われ、様々な説が存在します。



ペルーツアー一覧