素朴なグルン族の家族と過ごそう ガーレガオン

2015年4月25日にネパールにて大地震が発生しましたが、ガーレガオン村は幸いにも揺れが小さく、被害を受けておりません。


トレッキング中、
一番の展望ポイントに到着!
実はここが村の入口

ガーレガオン、ガイドブックには当然名前は出てません。ネパールの人も殆ど聞いたことがないこの村では、素朴な家族との出会い、伝統的な村の生活を体験できます。

いざ絶好の展望ポイントへ

カトマンズを出た車は、ポカラへ続く国道を西へと向かいました。ドゥムレからマルシャンディ川に沿って北上すると、目の前にはマナスル連峰やラムジュンヒマールの雄姿がご挨拶代わりに見えてきます。そしてカトマンズから約190km、クディという村につきました。ここは「ラウンドアンアプルナ」というトレッキングコース(詳しくは『風通信』2005年冬号をご参照下さい)の玄関口。私達はここから西の山を目指します。


マナスルからアンナプルナまで
パノラミックに見渡せる

歩き出した途端、さっきまで見かけたトレッカーはもうどこにもいません。高度をあげ、目指す村に近づけば近づくほど、山は大きく見えてきます。棚田の合間に続く階段の山道をあがるにつれ、ヒマルチュリ(7,893m)、ピーク 29(7,871m)、マナスル峰(8,163m)のマナスル三山の他に、ラムジュンヒマール山群(6,983m、6,931m)も大きく見えて来ました。中腹まで来ると、かなりの見ごたえがあります。尾根に出たら、アンナプルナII峰(7,937m)・IV峰(7,525m)、尻尾の先だけマチャプチャレ峰(6,993m)も見えて来ました。おぉ、絶好の展望ポイントに到着!しかもここが、今回目指したガーレガオン村の入口でした。

素朴な人たちが歓迎


歓迎のティカを受ける
今日から村の仲間入り

ガーレガオンは、標高2,000mちょっとの尾根にあるグルン族の村。グルン族はアンナプルナ地域を中心に住む山岳民族の代表的な民族なので、民家の造りや女性の民族衣装、言葉もアンナプルナのトレッキング街道と同じです。でもここにはバティと呼ばれる、トレッキングに来た観光客に食事や宿泊を提供する家が1軒もありません。だから、英語を話す人なんて皆無。もちろん、宿泊はホームステイのみ。
私達が村に到着すると、小さな集会場へ案内してくれました。村の女性たちが、花の首飾りを持って私達にかけ、アツェタティカ(白い米のティカ)を額につけてくれました。でも、みんな言葉少なに、少し離れたところから、笑顔でこちらを見ています。テレくさくて仕方ないようです。それぞれにご挨拶をすますと、今日からお世話になるニルマラ母さんの後について、家に行きました。

グルン族の暮らしがここにある


お世話になる家族の家
典型的なネパール山村の民家

私の部屋は、家畜小屋兼納屋を改築しベッドとイスを入れただけのもの。質素ではあるけど、とても清潔です。小柄な私が大きくなった気になるような小さな階段を登り、小さな入口に頭をぶつけながら部屋に荷物をおいて、2階から声のする方向を見下ろしました。ポカポカ陽気の時は母屋と納屋の間の庭がグルン家族の憩いの場です。おばあちゃんは羊毛を紡ぎ、お母さんは機織を始めました。男達も日向に腰掛け話に夢中です。子供達も集まってきました。いつもと変わらぬ彼らの日常に、日本人の私が入り込んでいるのが、とても少し不思議な感覚でした。


羊毛紡ぎと機織り

夕暮れ時、母屋へ入ってみました。食器がきれいに壁の棚に並べられ、土間敷になっている部屋は奥に直火かまどがあり、お母さんが食事の準備に追われています。私を見つけると、むしろを出し、パー(ネパールの地酒「ロキシー」のグルン語)を温め、自家製ポップコーンを作ってくれました。口当たりの良さに騙されて、杯の進みも早かったせいか「パートゥン・グルン」(酒飲みグルン)と名付けられました。


土間で夕食

さて、夕食。飯台はないので、土間がそのまま食卓に早変わりです。たっぷりのご飯に菜の花のグンドゥルック、いらくさの入ったダル、鶏肉のスパイス煮、生の大根とキャベツ。材料はすべて村で取れたものだから、おいしいのなんの。村の人も集まってきて、食べろ食べろと進められ、食べ過ぎてしまいました。

伝統文化を失いたくない


村に伝わるグルン族の
踊りを見せてくれた

夕食後、家の外では村の人による踊りが披露されました。村に代々伝わるグルンの踊りは、一般的にアップテンポなネパールの民謡とは少し違い、どちらかというとおとなしい踊りです。呑んで騒ぐためのものではなく、村の儀式などに見せるような、いわば神社の巫女の踊りみたいなもの。そんな話を横に座ったおじいさんとしていると、彼が「もう、純粋なグルンの踊りを踊れるヤツも少なくなってきた。外国人に見せることで伝統が残せるようになるといいが」と話をしていたのが、とても印象的でした。聞いてみると羊毛紡ぎや機織も、若い人はやらないとか。でも外国人にグルン族の文化に接してもらおうと、復活の兆しがあるらしいのです。

また来るんだよ

帰る時を迎えました。
気がつくと私の家の前には、仲良くなったご近所さんが勢ぞろいしていました。
「パー・トゥン、また来るんだよ。  忘れないからね」
とお母さんがひとこと。やっと村の人みたいになれたと思ったらもう帰るのか、今度はいつ来るんだ、ほらあたしの首飾りもっていきなさい…、村の人それぞれが私にいっぱい声をかけてくれます。首の花が重くなり、額がティカで真っ白になり、耳に花がいっぱいかけられた時、村を後に歩き出さなければならない時間になりました。村はずれの学校の校庭で村の人に感謝と別れの挨拶をし、そのまま後ろを振り向かずに山を下り出しました。振り向いたら、下りたくなくなるから…、そんな気持ちになったのでした。

素朴なグルンの生活をそのまま体験できるガーレガオン。外国人用に設備を整える事を最少限にとどめ、自然だけではなく現地の生活、文化も尊重しながら外国人の受け入れをしていくこのスタイルは、もしかしたら、これからの観光業のモデルになるのでは、と思わずにはいられませんでした。そして外国人が来ることによって、失われそうになっている現地の文化が復活の兆しがあることを村の人にも教えられ、お互いに「出会えてよかった」と心から言えるようになるのでは、と思った旅でした。山の眺望と村の生活を堪能できるガーレガオン、絶対おすすめです。

※風・通信No26(2006年春号)より転載

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