世界的にも有名なのに知られていない街(?)ジャナクプルを行く

執筆●野村 幸憲(東京本社)

東西に細長く南北に短いネパールは、たった数百kmの間に8,000m以上に渡る「高低差」を持つ国です。「高」はご存知世界最高峰のエベレスト。「低」はインドとの国境に沿って広がる「タライ」という平原地帯を指します。標高は一番低いところで約60m。「インド」と呼ぶ方がイメージにあうかも知れません。そのタライ平原の中央部、カトマンズの東南130kmにある街ジャナクプルは実は、隠れた「世界でも有名な都市」なのですが、一般にはほとんど知られていません。その中身を調査すべく、野村幸憲(東京本社)が行ってきました。

3000年の歴史を持つジャナクプルの街

インド亜大陸の歴史が好きな人には、ジャナクプルは「古代の中心都市」として有名です。インドを代表する古代叙事詩『ラーマーヤナ』や『マハーバーラタ』にも登場し、その昔、まだネパールという国がなかった2,500年ほど前、つまり仏陀の活躍した頃から中心都市として存在していました。今のジャナクプルの街は、それほど大きくないので私たちはリクシャを借りて街を回ることにしました。
圧巻なのが、街の中央に建つジャナキ寺院の大きさ。白を基調としたネパール唯一のムガール様式建築で、ここまで大きな建物は王宮以外ではカトマンズにも見当たりません。その裏にあるラム・ジャナキ結婚寺院をはじめ、『ラーマーヤナ』に華々しく登場する人たちを祀る寺院がぐるりと囲み、インド古代世界を感じることが出来ます。ここは『ラーマーヤナ』の主人公ラーマ王子がミティラー国(ジャナクプルの地名)の王女の婿選びの儀で、並み居る王子達の前で、「シヴァ神の弓矢」を引いて婿の座を射止めた、少年期の中のクライマックスで登場します。しかし、そんなストーリーを知らずとも、見ただけでも圧倒されることでしょう。

ネパール唯一の鉄道が走るマニア以外も垂涎可能な地?

ジャナクプルの名前は、鉄道ファンの中では結構有名だそうです。それはネパールで唯一の鉄道がここを基点に走っているからです。このネパール鉄道(旧ジャナクプル鉄道)は、1日3往復、インド国内の街ジャイナガルまで約29kmを約2時間かけてディーゼル機関車が8両編成で走る狭軌鉄道です(いずれも 2006年6月の取材時点)。「え?たった29kmを2時間かけて…?」 私が興味を持ったのが、この「遅さ」。新幹線の走る国の住民からすると、信じられない速度です。「その遅さを体験したい!」と胸を躍らせながらジャナクプル駅を訪れたのでした。
駅に行ったら、その「遅さ」以上の驚きに出会いました。なんとその日は機関車が故障して、朝から列車が走っていない上に、いつ運行するのかもまだわからない状態でした。ホームは荷物をいっぱい抱えた人たちで埋め尽くされています。事情を教えてくれたのは、朝から娘と一緒に列車を待つおばあちゃん。「夕方までには出てほしいねぇ」と言いながら、動じることなくプラットホームの中央に座り、一緒に乗るのであろうヤギが逃げないようにしっかり紐を持っていたのでした。結局、この日は機関車の故障は直りませんでした。
私たちは翌朝、再度乗車を試みました。またもや列車が動かなかったそうだったので、別の「チョリ」と呼ばれるバイクのモーターで走るカート型の乗り物を特別にチャーターすることにしました。「チョリ」はおよそ5人乗り。我々と鉄道関係者の 4人のチャーターではありましたが、「犯人を捕まえに行きたい警察官」など諸事情で急ぐ人も乗り込み、7人満員での出発です。
人がたくさん待っているホームの前をこれで通過する時はとても気が引けて申し訳ない気持ちでいっぱいでしたが、駅舎を離れ景色が開けると、そんな事は忘れてしまいました。線路の上や脇を歩いて学校や職場へと向かう人とすれ違い、水牛にまたがり遊ぶ子供たちが私たちに驚きながらも線路をよける姿が幾度となく続きます。線路の脇では、民家の前で食器を洗う女性や農作業に精を出す人なども見られます。線路という「生活道」を中心に、タライの広い田園地帯での暮らしぶりがうかがえ、とても楽しいものでした。
ジャナクプルから21kmの距離にあるカジュリという駅に到着。この先にある終点のジャイナガルはインドにあり、外国人の越境が禁止されているので、ここが私たちの終点です。田園の中の小さな駅、ここで降ろされても何もないのではと考えていましたが、素晴らしいものがありました。機関庫です。1994年にインド政府の援助でディーゼル車に切り替えたものの、それまで活躍していた蒸気機関車が、今はここで休んでいます。中には世界的に貴重な車両も残っていて、機関庫というよりまさに「機関車博物館」(但し、野ざらし)。私は鉄道には疎いのですが、ここにある1947年英国バイヤー・ピーコック社製のナローゲイジのガラット式機関車(ここでの車体名シータラーマ号)や、現在でも動く1928年英国エイヴォンサイド・エンジン社製のタンク機関車(同ビシュヌ号)などはマニア垂涎の的だとか。確かに、これぐらいアンティークな機関車は世界でもそう見ることができないのでは、と容易に想像がつきます。

芸術の世界で有名 ミティラーアート

芸術の世界で、ジャナクプルを世界的に有名にしたものに「ミティラーアート」があります。ミティラーアートとは、ジャナクプル地方および国境の向こう側、インドのビハール州に紀元前1000年ぐらいから伝わると言われているこの地方独特の民俗芸術で、平面的な素朴なラインと、繊細なカラーのタッチがとても象徴的です。現在ではネパールの土産ものなどにもよく利用される筆致ですが、元々はこの地方の家庭の中で母から娘へと受け継がれてきたものです。私たちはカジュリから牛車に揺られ、のどかな道を進みました。そこには、様々な絵画で飾られた民家がありました。褐色の土壁に書かれた絵のモチーフは主に動物と人、生活に関するものが多く、太陽や月、それに草を主にした幾何学模様なども描かれています。

詳しいことが知りたいと、私たちはジャナクプルにほど近いクワ村という所にある「ジャナクプル・ウイメンズ・デベロプメントセンター」を訪れました。ここは約15年前にドイツの援助で出来た、ミティラーアートの文化保存と、それを利用して女性の地位向上のために作られたNGO機関です。この中では50名前後の地元の女性たちが、ミティラーアートを残すべく、作品作りに取り掛かっていました。私が女性の絵を覗き込むと、熱心に筆を進めながらも私たちに笑顔で説明をしてくれました。「この絵はお祭りの絵なの。フルーツがいっぱい成ったのでみんなでお祝いしているのよ」「これはカーリー神。これがシヴァ神。カーリーは怖い神様だけど、『やりすぎた』と舌を出したヒンドゥ教の神話を描いてみたの」と、聞いているだけで絵画を描く気持ちが伝わってきました。もともとはティハール(インドではデワリ)祭や結婚式などのお祝い事のために描いていただけあり、見ているだけで心が和みます。3000年も脈々と受け継がれてきたこの地の女性の気概も感じることができたような気になりました。なお、ここにはショップも併設されていて、とても安価で絵画や紅茶ポット、食器や布製品などを購入することができます。

現在、ジャナクプルの魅力を組み込んだツアーを検討中です。それ以外にも、新しいツアーも検討しながら、ネパールの魅力を詰め込んだ『吟遊詩人ネパール』パンフレットの改定作業に入っています。秋にはリニューアルし、登場する予定ですので、お楽しみに。


※風・通信No28(2006年秋号)より転載