第354話 ンゴンツァ~野草~ チベット医・アムチ小川の「ヒマラヤの宝探し」

2023年5月ころ、テレビ番組から「野草食専門家」として出演の声がかかったが、やんわりとお断りさせていただいた。そもそも(現在の)僕は野草を食べることに興味がないというか、むしろ注意を喚起する側である。とはいえ、20代のころは薬の神様・神農を追体験すべくいろんな野草を口にしていたので(第172話)、我ながら「どの口がいう」と突っ込みたくなる。なお、薬草、野草、雑草、山菜、これらの言葉には明確な定義は存在しないということを前提の上で、ここで問題となる具体的な野草をあげると、オオバコ、カラスノエンドウ、セイタカアワダチソウ、スベリヒユ、ヤブガラシ、スギナ、ドクダミ、イタドリなど、普段は食に採り入れない植物たちをイメージしてほしい。わかりやすくいえば、スーパーや直売所には売っていない植物たちのことである。

では、なぜ、野草食を勧めないのか。まず、野菜と違って、野草は虫に食べられないという事実に注目してみてほしい。なぜなら虫を忌避する自然の農薬ともいうべき物質、たとえば蓚酸(シュウ酸)やタンニン(それをアクと呼ぶ)を多量に含有しているからであり、それは身体にけっしてよろしくない(注1)。そもそも野草はタンパク質、炭水化物、糖分をほとんど含まないからエネルギーは得られない。戦時中に「野草を食べて生き延びた」という証言もあるが、それほどにパニックになっていたということだろう。仮に飢餓状態で野草を食べたらカリウムを豊富に含むがゆえに脱水症状が悪化するか、繊維質が豊富なので腸閉塞を引き起こす危険がある(注2)。もし山で遭難した時などに役立つアイテムは野草ではなく、ウバユリの根、自然薯などデンプンを含む根か、五味子、サルナシ、野イチゴなど糖分を含む果実類である。

ウバユリの根

ウバユリの根

野草食ブームの遠因を探ると、古来、日本に伝わった道教に由来する仙人思想が背景にあると思われる。日本人は霞(かすみ)だけを食べて孤高の存在として生きる姿にあこがれを抱く傾向があることに、その傾向がまったくないチベット社会での生活のおかげで気がつくことができた。また、日本は「雑草魂」や「雑草のように生きる」など雑草が肯定的な意味示す、これまた特殊な民族である(注3)。したがって雑草を食べることは、たくましい力を取り込むイメージを抱かせてくれるようだ。
近因としては1960年以降の公害、薬害問題があげられる。その反動の自然回帰としてスギナなど素朴な野草たちを食べようとしたのではと考えられ、その切っ掛けとなった代表的な書物は『家庭でできる自然療法』(東条百合子 1978)である。もっと身近な原因としては、普段、お金を介してでしか食料を調達できない都会暮らしの物足りなさから、その反動で野草食へと極端に振れてしまったのではと考えられ、さらには2010年ころに、フランスからガストロノミーという名で高級野草食ブームが到来した影響もあるだろう。ちなみにチベット語で野草のことをンゴン(青)・ツァ(草)と呼ぶが、チベット人が上記のような野草を積極的に食べることはない。ただ例外として、かつて密教修行者ミラレパがイラクサのみを食べて修行をしたことから(第17話)、イラクサへのあこがれは定着している。

左からコシアブラ、ギョウジャニンニク、タラの芽

左からコシアブラ、ギョウジャニンニク、タラの芽

森のくすり塾での食生活は第249話で紹介したように、春のフキノトウにはじまり、ノビル、タラノメ、コシアブラ、ココミ、ウド、ギョウジャニンニク、タケノコ、桑の実、スグリ、梅、秋には栗と各種キノコ、クルミなど自然の恵みをふんだんに採取している。さらに畑には食べきれないほどの野菜が収穫できている。こうして自然の優しい恵みをあふれるほどいただいているがゆえに、わざわざ猛々しい野草たちを食べようという気にはならないし、地元の古老たちに野草を好んで食べる人は誰もいない。
と、ここまで野草食に否定的な見解ばかり述べてきたが、アウトドア感覚でたまに楽しみ、摘み草料理やガストロノミー専門店で食べるのは安全でお勧めである。仮に自分で野草食を実践するならばまずはヨモギ(第325話)を摘んで草餅を作ることからはじめてほしい。または七草粥として、セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザを旬の時季に食べてみてほしい。万葉の時代より親しまれてきた歴史ある野草の代表である。こうして季節行事として野草を少しだけ食べるのは風情があるというもの。ただし、くれぐれも飛び級していきなり難度の高い野草たちに挑戦しないように。

草餅

草餅

注1
春先の野草はアクの含有量が少ないので比較的安全。

注2
植物性の食べ物にはカリウムが多く含まれていて、カリウムが大概に出るときはナトリウム(塩分)もくっついて出てしまいます。植物食の人には肉食よりも塩分が多く必要なわけです。大昔の飢饉の時、草根木皮で多くの人が生命を保ったのですが、逆に命を落とした人もいます。カリウム過多-塩分不足、そして死となるわけで、草根木皮を食べるときは塩が毒消しになるといわれるのは、この理屈と考えられています。 
『山菜入門』(山田幸男 カラーブックス 1975)P120

注3
「雑草」が褒め言葉に使われたり、「雑草」と呼ばれて喜ぶのは、私が知る限り日本人くらいのものだろう。たとえば、英語の「ウィード(雑草)」という言葉には、良い意味はない。
『雑草が教えてくれた日本文化史』(稲垣栄洋 エイアンドエフ 2017)
 

補足
江戸、明治時代に人々が野生の植物で何を食べていたのかを知るには明治3年(1870)に企画され、同24年(1891)に完成出版された『有用植物図説』(大日本農会刊行)がお勧め。当時利用されてきたものを穀類、豆類、葉菜類、根菜類、果実類など25部類にわけて解説している。たとえばお茶に利用されるものは以下のものが紹介されている。
茶の木、亀甲茶、枸杞、唐枸杞、鬼枸杞、玉蜀黍の毛、弘法、木通、甘茶、蔓甘茶、桑、鼠黐の実、疣取の実(いぼたのきのみ)、多羅葉の実、大麦茶、大豆、忍冬、河原決明、花苔、猿麻裃(さるおがぜ)、熊笹

お勧め書籍
『うまい雑草、ヤバイ野草』(森昭彦 サイエンス・アイ新書 2011)
野草食を美化することなく、実体験に基づいた率直な視点で綴られています。

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