第355話 ソクレ~鋸(のこぎり)~チベット医・アムチ小川の「ヒマラヤの宝探し」

2024年6月、都内の医学部の先生から、キャンプ場を含む自然豊かな山林42ヘクタール(注)の有効活用法を相談された。そこで僕は「医薬学部生のための薬草採取合宿地にしましょう」と以前から温めていた構想を投げかけた。チベット医学を日本の医薬教育に活かしたいと僕は以前から唱え続けていた(第129話)。詰め込みになりがちな医薬教育のなかで、身体を動かし五感を研ぎ澄ましてみる。すると、大自然、さらには民衆とのつながりを体感することができるのではないかと考えてきた。

トントン拍子に話は進み、9月中旬の三連休を利用して開催することになった。大学の正規授業ではなく、課外授業として医薬学部内で募集したところ15名の学生たちが参加してくれた。都会育ちの学生たちにとってはアウトドアを楽しむという単純な動機だったと思われるが、僕は誰よりも心からワクワクしていた。なにしろ個人所有の森ならば、掘っても伐っても何をしても許される。こんな場所をずっと探していたのだ。

ホウノキを運ぶ学生たち

ホウノキを運ぶ学生たち

お昼に集合するとさっそくみんなを引き連れて山の中へと繰り出した。最初の課題は「漢方薬の原料となる植物を見つけよう」である。僕自身、下見をしていないはじめての森である。さっそく桑の木を見つけると「何の漢方薬に配合されているかな?」と問題を出した。普段は机上や薬草園で学んでいるとはいえ、こうして野生の植物を探すのは初めての体験となる。するとさすが医薬学部の学生たちはみんな必死になって考えている。「コロナのときにちょっと話題になった清肺湯のなかに桑白皮という名前で配合されているよ」と教えると「あー、そうだった」と悔しそうな顔をした。

そのほか葛根湯の葛、ウドの根(独活)、ホオノキ(厚朴)、イノコヅチ(午漆)のほか、クロモジを見つけた。クロモジは漢方名を烏樟(うしょう)といい、養命酒に配合されているほか、近年はクロモジ茶として流通している。そんなこんなの話をしながら山を歩いていく。できるならば森の中で自生のキハダ(第174話)をみつけて樹皮を剥いで製薬実習をやりたかったが、あいにく発見できなかった。

ホウノキを伐る学生。

ホウノキを伐る学生。


そして二年目の2025年、今年も9月中旬の三連休に開催した。今年のメインイベントはホウノキを伐採して厚朴を採取し煎じて服用してみること。都会育ちの医薬学部生にとって木の伐採はもちろん初体験である。チェンソーを用いず、あえて昔ながらに大きなノコギリ(チベット語でソクレ)を用いて伐採を試みるとホオノキがゆっくりと倒れた。それからみんなでお神輿のようにホオノキを運んで、樹皮をはがして煮だしてみた。みんなにとっても僕にとっても初めての厚朴だ。ピンク色の煎じ液は意外とおいしく、神経性胃炎などに効くとされる効能をほのかに感じることができた。
厚朴の煎じ液

厚朴の煎じ液


さて、今年も課題となっていたキハダだが、土地を管理している地元の人に昨年からお願いしていたところ「いやー、見つからなかったすねえ」と残念な返事。そうしてあきらめていた二日目の昼食後の休憩時間。僕は何気に山道をちょっと逸れて立小便をした。ふーっと身体の力が抜けていくのがわかる。自然と顔は空に向かい隣の樹木を見上げた。そのとき「あれっ? この枝ぶりと黒い果実はもしかして……」と気がついた。興奮を抑えながら外皮を少し剥すと中から真黄色の内皮が現れた。間違いない。やはり「探すのをやめたとき見つかることもよくある話(BY井上陽水)」のようだ。

「キハダ発見」の報が学生たちにもたらされ全員集合。どや顔をしながらのキハダ講習会がはじまった。なによりも僕が学生たちに伝えたいのは薬草の蘊蓄ではなく、この「興奮」「どや顔」なのだ。「でも、小川先生。立小便では美しくないので、樹の下で瞑想して発見したことにしましょう」と引率の先生から素敵な提案を受けた。

発見したキハダ

発見したキハダ


来年までの課題はキハダの実をたくさん発芽させること。そしてこの広大な敷地をキハダの森にして、15年後からはキハダ伐採からはじまる製薬実習を何度も開催できるようにしたい。そのときメンツィカン薬草採取実習(第1話)の精神がここ日本でよみがえる。

そういえば僕が薬学部時代に出会った東北大学薬草園のおっちゃんたち(第312話)の歳に近づいてきているなと改めて実感している。いよいよ、僕が山の(ちょっと粗野な)おっちゃんとして、学生たちを育てる役目が廻ってきたようだ。

注 東京ディズニーランド、代々木公園、または姫路城の敷地とほぼ同じ面積

追記 木の伐採に際してヘルメットの準備を怠りました。来年はしっかり準備します。

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