ミャンマー精霊紀行 ナッ神に魅了されて【寄稿】

文・写真●宮本神酒男

タウンビョン精霊祭のナッ神像

タウンビョン精霊祭にて 興奮した群集にもみくちゃにされながら宮殿に戻るナッ神(タウンビョン兄弟)像


パワースポット、ポッパ山

ポッパ山

ナッ神信仰の聖地ポッパ山(バガン郊外)

ミャンマー地図

(クリックすると拡大します)

私は世界各地でパワースポットを見てきたけれど、ミャンマーのポッパ山はそのなかでも指折りの心にガツンとくる聖地である。とうてい人が登れそうにもない、聳える岩塊の頂上にきらめく黄金のパゴダ(仏塔)。実際、這いつくばるようにしか登ることができなかった。高齢の水木しげる氏を案内したときは、現地のカゴのようなものに乗ってもらい、頂上まで運んだ。

ポッパ山(正確にはタウンカラッという丘)は大僧正ボーミンガウンが1938年から52年まで瞑想修行した仏教の聖地でもあるが、そのはるか以前からナッ神の総本山だった。

ナッは本来、アニミズム的な精霊を指す。しかしバガン朝黄金期のアノーヤター王(在位1044-77)が、伝説中の人物や非業の死を遂げた人々を祀った36のナッ神を定め、それに仏教の護法神、タジャ(帝釈天)を加えて以来37のナッ神は絶対的な権威を持つようになった。その後何度か入れ替えがあった。とはいえメジャーなナッ神でも37に含まれないものも多い。

タジャ(帝釈天)がナッ神を統括する位置にあるとはいえ、37のナッ神が仏教から承認されたわけではない。ミャンマーの作家チェニイは『漁師』(河東田静雄訳)という小説のなかで、仏教の修行僧にこう批判させている。

「ナッに憑かれた者たちは、死後、必ずナッの国に行き、ナッになるのだと信じ込んでいるため、ナッの祠を作り、ナッを崇め奉る」。

村の守護神になっているナッ神

村の守護神になっているナッ神もいる

ナッ神信仰は民衆に広く根ざしているが、仏教からすれば迷信的な俗習にすぎないのだ。仏像と比べ、ナッ神像はひどく安っぽく、各地のナッ神堂にならぶ像はまるで人形のようだ。推測するに、民衆は自称仏教徒なので、仏像と同等のナッ神像を造ることができないのだろう。

ナッ神の長はミン・マハギリである。大山侯という意味だが、大山とはポッパ山のことだ。ミン・マハギリに関してはつぎのような由来譚がある。

≪ミン・マハギリは、人間時代、タガウン国に住むウー・ティンデという鍛冶師だった。タガウン王は彼の力を恐れ、彼の姉を王妃として迎え入れた。それでも安心しなかった王は彼を王宮に招いたが、それは計略だった。彼はジャスミンの木の下で焼かれてしまう。それを見た姉も炎に飛び込み焼け死んだ。王は王妃を救うべく火を消そうとするが、彼らの首だけが焼け残った。

ウー・ティンデと姉はジャスミン樹に住むナッ神となり、木陰で休む人々を襲った。王の命令で木は切られ、エーヤワディー川に流されるが、バガン近くに漂着し、なお人を襲いつづけた。そのころ夢の中でお告げを聞いたバガン王は、ふたつの首をポッパ山に奉納した。それ以来ポッパ山の守護神となった≫

ミン・マハギリ崇拝は一般に広がり、現在どの家にも椰子が飾ってあるが、それは家の守護神としてのミン・マハギリなのだ。

ビャッタ一家

花食べ鬼女ポッパ・メードーと花大臣ビャッタ、

タウンビョン兄弟の像

ポッパ山との関わり合いが深い重要なナッ神には、ほかにポッパ・メードーとその息子のタウンビョン兄弟があげられる。その由来譚はナッ神の根幹部なので詳しく紹介したい。

≪インドのイスラム商船が難破し、ビャッウィ、ビャッタ兄弟だけが生き残った。寺に預けられた兄弟は、保管されていたゾージー(仙人)の香ばしい遺骸を食べ、超人的な能力を得た。ビャッウィは殺され、タトン国の守護神となり、ビャッタはバガン王アノーヤターに仕え、花大臣としてポッパ山に赴任した。そこで花食べ鬼女と恋に落ち結婚、シュエピンジ、シュエピンゲ兄弟(タウンビョン兄弟)が生まれた。ビャッタ没後、息子と引き離された鬼女は悶死し、ナッ神ポッパ・メードー(ポッパ山の母の意味)となった。

バガン王は仏歯(仏陀の歯)を獲得しようと、タウンビョン兄弟の力を借りて中国(大理国、あるいはシャンを指す)に攻め入った。仏歯のかわりに得た玉の仏像を載せた白象が帰路、タウンビョン村で止まり、跪いた。王はそれを吉兆と考え、パゴダを建てることにした。建設中レンガ積みを怠ったと難癖をつけ、バガン王は兄弟を処刑した。兄弟は非業の死を遂げ、ナッ神となった≫

ナッ神、とくにウー・ミンジョーの憑依

正式にナッ神との結婚式を望むナッカドーは多い

正式にナッ神との結婚式を望むナッカドーは多い

ナッ神信仰は、日本でお地蔵さんに祈り、花や水をあげるような、温和な信仰ではない。先にあげた小説『漁師』につぎの場面がある。わが子が死にそうになったとき、主人公は呪術師に、ナッ神ナンカヤイン女神の儀礼を行っていないからだと告げられる。そののち女神はナッカドー(霊媒)に憑依し、激怒して言った。

「われはナンカヤイン大女神じゃ、(中略)われのことを忘れてしまっていたではないか」

日本ならお地蔵さんがだれかに憑依して話すなんていうことはありえないが、ミャンマーではさまざまなナッ神が頻繁にナッカドー(霊媒)に憑依するのだ。

ナッ神のなかで、もっとも人に憑依することが多いのは、酒と博打(とくに闘鶏)が好きなウー・ミンジョーである。無頼者の神ではあるが、女性に懸かることが多いのは、ワイルドな魅力を持っているからだろうか。

たとえばある40歳の女性は、8月のタウンビョン精霊祭で踊っていると、突然ウー・ミンジョーに憑依された。彼女は抵抗せず、受け入れた。というのも隣人の女性がウー・ミンジョーを拒み、罰の天然痘にかかり死んでしまったのを目の当たりにしていたからだ。

また夫と子供がいる二十歳すぎの女性は、ウー・ミンジョーにとり憑かれ、村の中をさまよう。ウー・ミンジョーは人間の夫に嫉妬し、彼女に夫と同衾することを禁止し、夢の中で自分と交わるよう迫った。

このように、ウー・ミンジョーをはじめとするナッ神が人に現れるのは、夢の中か憑依状態でのことである。憑依するナッ神はウー・ミンジョー以外にも、ミン・マハギリやタウンビョン兄弟など多種ある。こうしてナッ神が憑依した場合、その人はナッカドーと呼ぶことができる。ただ正確に言えばナッ神と正式に挙式して、はじめてナッカドーとして認められる。

ある56歳の男性の場合、ナッ神に愛されるようになってから30年以上たつのに、お金がなくて挙式できない。そのため罰としてつねに後頭部を木のサンダルで叩かれているという。

圧巻のタウンビョン精霊祭

ウー・ミンジョーの踊り

博打好きのウー・ミンジョーは

人気のナッカドーの一つ

ナッカドーになる場所は、ナッ祭、とくに国民祭ともいわれる大規模なタウンビョン精霊祭であることが多い。私はこの大祭が行われるタウンビョン村に数日間通った。

タウンビョン精霊際は8月の満月の日までの一週間、開催される。何万人もの人が集まり、のどかな村は都会の雑踏に変貌する。バザールが立ち、菓子、バナナ、花、おもちゃ、装飾品、日用品を売る店や屋台がぎっしりと並ぶ。

タウンビョン村のあちこちに建つ仮設のナッ祭堂のひとつをのぞくと、ワイン・サイン(民族楽団)の音と荒々しい歌声が鳴り響く、騒々しいナッ儀礼が行われていた。日本の雅楽のようなものを想像すると、仰天してしまうだろう。微妙に音の違う太鼓やゴングを環状に並べて叩き、それに吹奏楽などが加わる。バリ島のガムランをもう少し騒がしくしたイメージだ。

ナッカドーは、腕や足で宙をきびきびと切るように踊っていたかと思えば、色っぽく科(しな)を作る。憑依するナッ神が変われば曲も変わった。ナッカドーのほとんどがゲイで、取り巻きもみなゲイだった。全国からこの日にあわせてゲイが大挙して集まってくるのは異様な光景だった。ナッカドーとナッ神は男女関係であることが多いのに、ナッカドーがゲイだとどうなるのか。

私はマンダレーの下町でナッ祭を主催したことがある。そのとき参加したゲイのナッカドーは、ナッ神のポッパ・メードーと母子の関係を結んでいると語った。これならナッ神との同性愛関係は避けられる。

私はそのあとタウンビョン村の中心であるナッ神宮殿に向かった。このナッ神はもちろんタウンビョン兄弟のことだ。群衆が殺到するなかで本祭の儀礼が進行していた。人々は競ってバナナや花をタウンビョン兄弟像に捧げようとした。宮殿内部では高位のナッカドーたちが、左手に金の雄鶏(闘鶏好きを表す)、右手にお札の入った金の器(酒好きと賭け事好きを表す)を持ち、ウー・ミンジョーの踊りを踊った。なぜか金の器のお札が下に落ちることはなかった。踊り終えるとき、ナッカドーは天井に向かって札束を放り投げた。蛍光灯の青ざめた光の下でお札が乱舞するさまは美しかった。

ナッ神宮殿内のタウンビョン兄弟像は見事な金色像である。それらは外の庭に出された瞬間、触ろうと群衆が押し寄せてきて、もみくちゃにされていた。宮殿に戻るとピンク色のスカーフが巻かれ、鎮座する。本来はエーヤワディー川で沐浴儀式を行うのだが、実際には行われなくなっていた。

中庭の野うさぎ狩り儀式も重要である。ナッ神の家来たちが聖なる剣を取り、舞い踊りながら、地上に置いたバナナ(野うさぎのかわり)を突き刺す。バーマ族(ビルマ族)が狩猟民族であった頃の記憶をとどめているのだろうか。

野うさぎ献上儀式では、雌雄二匹の野うさぎ肉を用意する。選ばれた若者は野うさぎ肉をもってナッ神宮殿を7周まわる。そしてナッ神像に向かって7度、捧げ物を投げこむ仕草をする。写真で見るかぎり、これも本物の肉ではなく代用品のようだ。

そして中庭で伐樹儀式。伐られた枝を得ようと群集が群がり大混乱となる。兄弟を処刑したアノーヤター王は水牛姿の木のナッ神に突かれて死んだといわれるが、木を伐ることで木のナッ神に復讐しているのだという。アノーヤター王はここでは英雄王である。

伐樹儀式

「野うさぎ狩り」儀礼を終え、中央の木を倒す「伐樹儀式」に入ろうとしている

(タウンビョン精霊祭)


村の守護神になっているナッ神

ナッカドーは信者を前に踊り、

ナッ神からのメッセージを伝達する

こういったタウンビョン精霊祭のこまごました意味合いはあとでわかったことである。祭りのなかで、私の存在は大海の一滴にすぎず、群集のなかでバナナや花を手にすれば、なんとか神像に手向けようとするだけだった。だれもが興奮のるつぼのなかにあり、われわれは人の波にもまれ、押し流される。そういうのもまた、意外と楽しいものだ。

狂乱の宮殿からはじきだされて仮設のナッ祭堂に戻ると、依然として個々のナッカドーの踊りはつづいていた。あのきびきびした踊りは速度を増していき、ナッカドーは激しく憑依状態で踊ったかと思うと、失神した。こんなときに人はつられて神がかりになり、ナッカドーになるのかもしれないと思った。


風通信」41号(2010年10月発行)より転載

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