仏教とイスラムが交わる道 天山南路の見どころ8選

天山山脈の南麓のオアシスを結ぶ交易路として、新疆ウイグル自治区ハミから西へカシュガルへと続きます。天山山脈、崑崙山脈、パミール高原に囲まれ、山の麓では古代から農耕社会が発展しています。
玄奘三蔵がインドへ向かう途中に歓待を受け長期滞在をした高昌故城のあるトルファン、新疆最大の仏教寺院キジル千仏洞のあるクチャ、民族の十字路とも呼ばれるカシュガルなどが代表的な町です。仏教遺跡が残り、多くの旅人がイメージする「中国シルクロードのオアシスを結ぶ道」と考えてよいでしょう。
車道だけではなく、南疆鉄道も走っていて各町の移動もスムーズです。

1. トルファン

天山山脈南の盆地に位置し、天山南路と北路の分岐点として古くから交通の要衝として栄えた都市。かつては漢民族が支配した「高昌国」やトルコ系ウイグル人が支配した「西ウイグル王国」など、異文化が共存していました。今ではシルクロードの観光地として重要な町であり、『西遊記』にも登場する火焔山や、高昌古城や交河古城といった仏教国の城址も残っていますが、現在ウイグル族などのイスラム教を信仰する人々が多く暮らす地となっています。
世界でも有数の低地で(最低地は市内南部のアイディン湖で海抜マイナス154m)、火州とも呼ばれるくらい夏は暑いですが、天山山脈からの雪解け水を地下水として利用し、熱い大地を潤しています。葡萄など農産物も豊富です。

ベゼクリク千仏洞は西ウイグル王国の文化を伝える仏教石窟群。
ベゼクリク千仏洞は西ウイグル王国の文化を伝える仏教石窟群。

トルファンでは民家を訪れ家庭料理をいただくこともできます(ツアーによります)
トルファンでは民家を訪れ家庭料理をいただくこともできます(ツアーによります)

トルファンは葡萄の産地。甘い干し葡萄はお土産にもお勧め
トルファンは葡萄の産地。甘い干し葡萄はお土産にもお勧め

高昌故城は、高昌国の城址遺跡。その昔、玄奘三蔵も訪れ、歓待を受け2ヶ月ほど滞在したともいわれている。
高昌故城は、高昌国の城址遺跡。その昔、玄奘三蔵も訪れ、歓待を受け2ヶ月ほど滞在したともいわれている。

アーチ型の連なった空間には、かつて煌びやかな仏像が彫られていたのだろうか。。。
アーチ型の連なった空間には、かつて煌びやかな仏像が彫られていたのだろうか。。。

2. 交河故城

交河故城
2つの川に挟まれた断崖の上に築かれた交河故城
写真:Zossolino(CC BY-SA 4.0) / 出典

トルファン市街から西へ約10km、2本の川が刻んだ谷に挟まれた木の葉形の断崖の上に、2000年以上前の城塞都市・交河故城が広がっています。前漢時代には車師前国の都が置かれ、唐代には西域統治の拠点・安西都護府が置かれるなど、天山南路の要衝として栄えました。

周囲を高さ約30mの断崖に守られた天然の要塞で、城壁を持たずとも侵攻を防げたといいます。日干しレンガではなく、地面を掘り下げて造る「減築(げんちく)」という珍しい工法で築かれており、大官庁跡や寺院跡、住居跡が今も土色の姿でびっしりと残ります。

13世紀、モンゴル軍の襲来によって廃墟となったこの都市は、世界最大・最古の生土建築都市として、2014年にユネスコ世界遺産(シルクロード:長安-天山回廊の交易路網)に登録されました。

3. 火焔山

火焔山
『西遊記』の舞台としても知られる火焔山
写真:Colegota(CC BY-SA 2.5) / 出典

トルファン市街の東に、全長約100km、赤褐色の岩肌が波打つように連なる山並みが横たわっています。夏の強い日差しを浴びると、まるで炎が燃え上がっているように見えることから「火焔山」と呼ばれています。

この山を一躍有名にしたのが、玄奘三蔵の旅を題材にした中国古典小説『西遊記』。三蔵一行が灼熱の火焔山を通り抜けるため、孫悟空が牛魔王の芭蕉扇を借りて火を消す名場面の舞台として描かれています。

中国国内でも屈指の酷暑で知られ、夏には地表温度が80℃近くに達することも。山の麓には巨大な孫悟空と金箍棒(きんこぼう)の温度計モニュメントが立ち、観光客を出迎えてくれます。

4. 蘇公塔(エミン・ミナレット)

蘇公塔(エミン・ミナレット)
中国最大の高さを誇るイスラム様式のミナレット蘇公塔
写真:Mytigercat(CC BY-SA 4.0) / 出典

トルファン市街の東に立つ蘇公塔(そこうとう)は、高さ44m、中国国内に現存するイスラム建築のミナレットとしては最大の高さを誇ります。1777年、清朝に仕えたトルファンの領主エミン・ホージャの功績を称え、その息子スレイマン2世が建立しました。「蘇公」は「スレイマン」の漢字表記に由来します。

日干しレンガを幾何学模様に積み上げた外壁は、釘や鉄筋を一切使わない伝統的なウイグル建築の技法によるもの。内部には漢文とウイグル文字(アラビア文字)の両方で記された記念碑が納められ、清朝皇帝とアッラーの両方への感謝が刻まれています。

隣接するモスクとあわせ、素朴で温かみのある煉瓦色の建築美を楽しめる、トルファンのもうひとつのシンボルです。

5. クチャ

玄奘三蔵が「伽藍百余ヶ所、僧徒五千余」と残しているように、天山南路最大の仏教王国亀茲(きじ)国(前漢時代)が栄えていたクチャ。郊外には、新疆最大の石窟寺院キジル千仏洞や、玄奘三蔵の『大唐西域記』にも記された仏教寺院遺跡のスバシ故城など、見応えのある仏教遺跡が残ります。シルクロードを通って日本にもたらされたものの一つである音楽。キジル千仏洞内に描かれている壁画の中には伎楽飛天が奏でる五弦琵琶を描いたものがありますが、日本の正倉院に伝わる螺鈿紫檀五弦琵琶と同じ型とされ、古くからの日本との繋がりも感じずにはいられません。
現在、市内は住民の祈りの場として、クチャ大寺(イスラム寺院)などがありイスラム文化が色濃く、バザールも賑やかです。
大自然が織り成す迫力満点の天山神秘大渓谷も一見の価値があります。

新疆最大の石窟寺院 キジル千仏洞(クチャ)
新疆最大の石窟寺院 キジル千仏洞(クチャ)

天山山脈の大自然が作り出した奇観 クチャ郊外の天山神秘大峡谷
天山山脈の大自然が作り出した奇観 クチャ郊外の天山神秘大峡谷

クチャといえば、巨大なナン(パンの一種)も有名!
クチャといえば、巨大なナン(パンの一種)も有名!

6. スバシ故城

スバシ故城
玄奘三蔵も訪れた新疆最大の仏教寺院遺跡スバシ故城
写真:Yoshi Canopus(CC BY-SA 3.0) / 出典

クチャ市街から北へ約20km、クチャ川(渭幹河)の両岸に、東西2つの区画からなる巨大な仏教寺院遺跡スバシ故城が広がっています。3世紀頃に創建され、6〜10世紀にかけて最盛期を迎えた、新疆最大級の仏教寺院跡です。

亀茲国の仏教文化の中心地であったこの寺院には、玄奘三蔵も『大唐西域記』の中でその繁栄ぶりを書き記しています。20世紀初頭には大谷探検隊の大谷光瑞ら日本の探検家も調査に訪れ、貴重な壁画や仏典が持ち帰られました。

日干しレンガで築かれた仏塔や僧坊の跡が、乾いた大地に立ち並ぶさまは、往時の壮大な伽藍を偲ばせます。2014年、シルクロード世界遺産の構成資産のひとつとして登録されました。

7. カシュガル

“不達喀什不達新疆(カシュガルに行かなければ新疆に来たとは言えない)”新疆の人が自慢げに言うほど、古よりシルクロードの重要な町として栄えてきました。疏勒(そろく)と呼ばれた漢時代から今に至るまで、活気溢れる交通の要衝であり、パミール高原を越えて西に向かえば中央アジア諸国、南に向かってカラコルム山脈を越えればパキスタンへと続きます。
周辺国家への玄関口でもあり、民族・文化の交差点として様々な民族の営みが感じられる町です。新疆最大のイスラム寺院エイティガールや、手工芸の技が光る職人街、活気溢れるバザール、日曜開催の家畜市など、見所も満載です。
カシュガル郊外に位置する神秘の湖カラクリ湖へは、日帰り観光が可能です。(車移動:往復約8時間)

カシュガルといえば、黄色の色が鮮やかなイスラムモスク・エイティガール!
カシュガルといえば、黄色の色が鮮やかなイスラムモスク・エイティガール!新疆最大のイスラム寺院として多くのイスラム教徒が集う 観光客も内部拝観可。(期間、時間の制限があります)

手工業の品々が軒先を彩ります。(カシュガルの職人街)
手工業の品々が軒先を彩ります。(カシュガルの職人街)

青緑系のタイルが美しい優美なイスラム建築のアパク・ホージャ墓
青緑系のタイルが美しい優美なイスラム建築のアパク・ホージャ墓には、かつてカシュガルを統治したアパクホージャ一族が眠る

ウイグル音楽を奏でる楽器屋さん(カシュガルの職人街にて)
ウイグル音楽を奏でる楽器屋さん(カシュガルの職人街にて)

「民族の十字路」を実感するような、カシュガルの町
「民族の十字路」を実感するような、カシュガルの町

高峰ムスターグ・アタ峰を背景に静かにたたずむ標高3600mのカラクリ湖
高峰ムスターグ・アタ峰を背景に静かにたたずむ標高3600mのカラクリ湖

8. タシュクルガン 石頭城

タシュクルガンの石頭城
パミール高原に残る石頭城の遺構
写真:Drgkl(CC BY-SA 3.0) / 出典

カシュガルからカラクリ湖を越え、さらに南へ進むと、パキスタン国境に近いパミール高原の町タシュクルガンに至ります。標高3,700mを超えるこの町の郊外に、晋代(3〜4世紀)に築かれたとされる城塞遺跡・石頭城が残ります。

「石の城」を意味するその名の通り、周辺の石を積み上げて築かれたこの城は、天山南路(西域北道)とパミールを越える道が交わる交通の要衝として、漢代から唐代にかけて重要な役割を果たしました。現在は城壁や城門の一部のみが残る静かな廃墟ですが、周囲には塔吉克(タジク)族の民家が点在し、独特の高原文化を垣間見ることができます。

ここからさらに西へ進めばクンジュラブ峠を越えてパキスタンへ、南へ向かえばアフガニスタン国境へと続く、まさにシルクロードが幾筋にも分かれる最果ての地。天山南路の旅の終着点にふさわしい、静謐な絶景が広がります。

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