明治維新150年/大西洋の絶海の孤島

セントヘレナ島 歴史・民俗・自然探訪 12日間

3名催行日本語ガイド添乗員同行
出発日設定2019/06/06(木)~2019/09/12(木)
旅行代金960,000円~1,080,000円
出発地東京・大阪・名古屋
POINT
  • 大西洋の絶海の孤島セントヘレナを訪問。
  • ナポレオン・ボナパルトの史跡を探訪。
  • イギリス風の街並が見られるジェームズタウンを散策。
  • 火山や海岸線など、美しい自然を満喫できる展望台を訪れます。
  • お泊りはアットホームなこじんまりとしたホテル(旅館)です。
  • 運がよければ、海鳥やイルカが見られるかもしれません。
詳細

セントヘレナ島と幕末の日本

なぜ、セントヘレナ島へのツアーが明治維新150年スペシャルに?
そう思われる方も少なくないと思います。
ペリー艦隊から始まる外国船の到来により、江戸幕府は海軍の設立が急務であると悟り、長崎海軍伝習所を設立し、士官や技術者の養成に着手しました。
日本は開国し、外国船が頻繁に訪れるようになると、国力の差を現実のものとして受け止めるようになり、海軍力の増強には軍艦の建造が必要であると悟ります。
文久2年(1862)江戸幕府は最初、アメリカに軍艦の建造と留学生の受け入れを依頼しますが、南北戦争の激化で断られ、改めてオランダに木造軍艦の建造と留学生の受け入れを依頼しました。
文久2年(1862)、留学生は咸臨丸で横浜を出航して長崎に向かい、オランダ船カリップス号でバタビア(現在のインドネシア)に向かう途中で海難事故に遭い、バタビアでオランダ客船テルナーテ号に乗り換え、オランダのロッテルダムに向かいました。留学生には、後の海軍副総裁で維新後に閣僚となった榎本武揚、世界一周の見聞記『輿地誌略』を著して維新後は学校取調御用掛を拝命した内田正雄、『日本造船の父』と呼ばれた赤松則良、海軍教官として海上砲の操砲訓練の先駆者となった澤太郎左衛門、将軍・徳川慶喜の側近として議題草案を起こし後に啓蒙思想家となった西周、法学博士となった津田真道、御典医・林洞海の嫡男で維新後は陸軍軍医総監となった林研海らがいました。
一行がバタビアからロッテルダムに向かった航路はインド洋航路で、喜望峰を回り、途中、セントヘレナ島に寄航しています。
榎本武揚は、出航以来、航海日誌をつけていましたが、セントヘレナ島で敬愛するナポレオンの陵墓に参拝し、感銘を受け、航海日誌を海に棄てようとしました。親友・澤太郎左衛門は、航海日誌の破棄を惜しみ、貰い受けたという逸話が残っています。
オランダのヒップス造船所で建造された木造軍艦は『開陽丸』と名づけられ、留学生を乗せ、リオデジャネイロを経由して慶応3年(1867)3月、日本に帰国しました。
慶応四年(1868)、やがて明治と変わるこの年、正月三日午後五時、鳥羽伏見の戦いが勃発。前将軍・徳川慶喜は密かに大坂城を出て、アメリカ軍艦に送られて開陽丸に乗り込み、江戸に帰還します。このとき、艦長の榎本武揚は不在で、副長・澤太郎左衛門が艦にいました。老中・板倉勝静は澤に艦長代理を命じ、艦長・榎本を置いてけぼりにしたまま、出航したエピソードは有名です。後に江戸城が明治政府に明け渡されると、榎本・澤は開陽丸を旗艦とした幕府艦隊を率い、箱館へと向かいます。彼等を最初に乗せた咸臨丸は暴風雨で離脱し、静岡沖で座礁します。そして留学生の拠り所であった開陽丸も、箱館戦争の前哨戦であった松前藩との戦いの際、江差沖で沈没しました。
榎本艦隊は箱館五稜郭に立て篭もり、新政府に対し、独立の意思を見せますが、明治2年(1869)、新政府軍の猛攻により降伏しました。
新政府の中には、反乱者に対し、厳罰を以って臨むよう、説く者もいましたが、官軍参謀・黒田清隆(薩摩)は寛大な処置を奏上、榎本・澤をはじめ、多くの人材が新政府に登用されました。本来であれば歴史の紊乱者として賊として扱われるところ、彼等の技術や経験を惜しんだ黒田清隆の嘆願が功を奏したのです。

榎本武揚がセントヘレナでナポレオンの寓居や陵墓を見て、何を思ったのか、それは記録には一切残らず、歴史の中に埋もれてしまっています。一度は敗れてエルバ島に幽閉されたナポレオンが、密かに脱走して兵を指揮し、百日天下と呼ばれる政権奪還を行った史実に影響をうけたとは言えないでしょうか?大政奉還~鳥羽伏見の戦いを経て江戸無血開城で崩壊した江戸幕府の一将官として、政権の奪還とまではいかないまでも、幕臣の安住の地を築くことに、榎本武揚の幕臣としての意地があったのかもしれません。

【セントヘレナ島】
イギリス領セントヘレナ・アセンションおよびトリスタンダクーニャに属する南大西洋上に浮かぶ孤島です。
アフリカ大陸から2800km離れた孤島で、人口は4,000人ほど。
ナポレオン一世が流された島として広く知られています。

2017年10月14日に南アフリカからの飛行機が就航するまでは、船でしか行くことのできない島でした。イギリスの貨客船RMS(ロイヤル・メール・シップ)セントヘレナ号が、貨客船として南アフリカとセントヘレナ島、そしてアセンション島とを結んでいましたが、2018年2月に貨客船としての役目を終え、現在は貨物船として活躍しています。

この島がヨーロッパの歴史に登場するのは1502年(日本では文亀2年。後柏原天皇の御世。室町幕府第十一代将軍・足利義澄の治世)5月21日のこと。ポルトガル人の航海家ジョアン・ダ・ノーヴァによって“発見”され、コンスタンティヌス1世の母で聖女である聖へレナにちなんで名づけられました。船の修理に必要な材木と水が入手できたため、ポルトガル人は定住こそしませんでしたが、補給基地として用いました。

1584年(天正12年。正親町天皇の御世。足利幕府第十五代将軍・足利義昭が実権のないまま在職し、羽柴秀吉が台頭してきた時代)5月27日には天正遣欧少年使節が寄港しています。

1657年(明暦3年。後西天皇の御世。江戸幕府第四代将軍・徳川家綱の治世。明暦の大火の年)イギリスの東インド会社がセントヘレナの行政権を獲得し、ここにイギリス人の入植が始まりました。

1815年(文化12年。光格天皇の御世。江戸幕府第十一代将軍・徳川家斉の治世)10月、ワーテルローの戦いに敗れたナポレオン一世がこの島に流されてきました。ナポレオンはロングウッドの屋敷に幽閉され、以後、亡くなるまでこの島に留まりました。イギリスはナポレオン奪回を恐れ、セントヘレナ島、アセンション島、トリスタンダクーニャ島に砦を築き名実ともに領有化しました。

1853年(嘉永5~6年。孝明天皇の御世。江戸幕府第十二代将軍・徳川家慶の治世)には日本に向かうペリー提督のミシシッピ号が石炭補給のため、寄港しています。

飛行機の普及で、大西洋の補給基地としての地位を失うと、セントヘレナ島は再び歴史の彼方に姿を隠し、現在に至っています。

この島では、ナポレオン関連史跡や、英国風の街並が見られるジェームズタウン観光のほか、火山や海岸など、景観を楽しむことができます。
足で、車で、セントヘレナ島の主要観光地を完全制覇します。

滞在中、運がよければ、貨物船として活躍するRMSセントヘレナ号の姿を見られるかもしれません。

出発日 旅行代金 出発地 催行状況 他
2019/06/06(木) ¥960,000 東京・大阪・名古屋 募集中
2019/08/08(木) ¥1,080,000 東京・大阪・名古屋 募集中
2019/09/12(木) ¥990,000 東京・大阪・名古屋 募集中
最少催行人員 3名(定員6名) 添乗員 添乗員が同行します。 同行します。
利用予定航空会社 南アフリカ航空
利用予定ホテル 【セントヘレナ島】ブルー・ランタン、ハリーズ・ゲストハウス、ザ・コンスレート・ホテル、マンティス・ホテル、タウン・ハウス・アコモデーション、ウェリントン・ハウス、マルディヴィア・ロッジ、ベルトランズ・コテージ、ファーム・ロッジ・ホテル、ウィローデン、リチャーズ・トラベル・ロッジ ※セントヘレナの宿は分宿になる場合がございます。 【ヨハネスブルグ】シティロッジ・ホテル・アットORタンボ・インターナショナル・エアポート、プロテア・ホテル・トランジットORタンボ・エアポート、インターコンチネンタル・ヨハネスブルグORタンボ・エアポート、アフリカン・ロック、ピアモント・ドレアル・グランド・アット・エンペラーズ・パレス、ピアモント・メットコート・スイーツ・アット・エンペラーズ・パレス、ピアモント・モンディオール・アット・エンペラーズ・パレス、ガーデンコートORタンボ・インターナショナル・エアポート、シティロッジ・ホテル・ヨハネスブルグ・バーバラ・ロード、シルバーバーチ・アット・バーチウッド、プレミア・ホテルORタンボ、プロテア・ホテルORタンボ・エアポート
お一人部屋追加代金 90,000円 ホテル泊
燃油特別付加運賃
(旅行代金に含まれません)
(基準日2019年2月14日) 国際線:¥67,380円(南アフリカ航空)

【ご注意】燃油特別付加運賃及び空港諸税についてをご覧ください。

その他 ●ビジネスクラス追加代金 480,000円~600,000円 (日本~セントヘレナ往復/出発日・予約クラスにより異なります) ●注意点 ※予防接種、予防薬服用は特に義務付けられていません。 ※虫が苦手な方は携帯用蚊取線香、電子防虫機具をお持ち下さい ※紫外線が強いので、紫外線対策を万全に。 ※セントヘレナ島は私有地が多いので、許可なく立ち入らないよう、お願い致します。 ※悪路を歩くこともありますので、履き慣れたハイキング用シューズをお持ち下さい。 ※現地の土壌、鉱物、動植物は持ち出し禁止です。 ●旅行代金に含まれないもの 各国空港税、日程表に含まれない食事代、その他個人的な出費。 【事前徴収】 ・成田空港諸税: ¥2,610 ・関西空港諸税: ¥3,040 ・中部空港所税: ¥2,880 ・南アフリカ空港旅客税: ¥3,870 (ZAR190.00x2) ・南アフリカ旅客税: ¥4,800 (ZAR238.02x2) ・南アフリカ出発税: ¥480 (ZAR23.61x2) ・南アフリカサービス保安料:¥490 (ZAR23x2) ・セントヘレナ出国税: ¥20,140 (GBP130.00) ・セントヘレナ入国税: ¥2,610 (GBP17.00) ・セントヘレナ入国許可費用: ¥4,600 (GBP30.00) <2018年9月10日現在> ●旅券(パスポート)の残存期間 帰国時に残存期限が6ヶ月以上有効及びパスポートの未使用ページが最低3ページ以上ある旅券が必要 ●査証(VISA) 査証は不要となりました(2019.02.14) ●大阪・名古屋発及び、その他の地方都市発の場合 ・福岡・札幌・沖縄など地方発はお問い合わせ下さい。●より詳細な条件はご旅行条件書(募集型企画旅行)をご確認ください。

このご旅行は早割90の適用対象です。

このご旅行はツアーアレンジが可能です。

ツアー仮予約

出発日 旅行代金 出発場所 催行状況 他  
2019/06/06(木) ¥960,000 東京・大阪・名古屋 募集中
2019/08/08(木) ¥1,080,000 東京・大阪・名古屋 募集中
2019/09/12(木) ¥990,000 東京・大阪・名古屋 募集中