ジョージア旅の基本情報

ジョージア

美しいコーカサス山脈とキリスト教文化の国ジョージア

「グルジア」と呼ばれていた国。(2015年国名呼称を変更)
ワインの生産地であり、ワイン発祥国の有力候補地
カスピ海ヨーグルトのふるさとであり、長寿の国
美しいコーカサス山脈で夏のハイキングやトレッキングが楽しめる国
歴史の大半を異国の支配を受け続けてきた国
イスラム教国の支配下でキリスト教(ジョージア正教)信仰を続けてきた国
スターリンの生まれた国
伝統文化を語る「塔の家」がある国

美しく、しなやかな国ジョージアをご案内いたします。

ジョージア 2020年夏の一押しツアー

コーカサス山脈に抱かれて

西ジョージア  のんびりフラワーハイキング9日間

出発日設定2020/06/26(金)~2020/07/31(金)
ご旅行代金362,000円~408,000円
出発地東京、大阪

ジョージア大横断ドライブ&ハイキング

コーカサス山と秘境をめぐる旅9日間

出発日設定2020/06/13(土)~2020/09/05(土)
ご旅行代金351,000円~425,000円
出発地東京、大阪

コーカサス 
ツアー一覧 

ジョージアってどんな国?

壮大なコーカサスの山もジョージアの魅力のひとつ(ウシュバ山)

壮大なコーカサスの山もジョージアの魅力のひとつ(ウシュバ山)

日本では臥牙丸、栃ノ心ら力士の出身地としてご存知の方も多いのではないでしょうか?正式名称はサカルトヴェロ。南北を山脈に挟まれ平地は半分以下で、面積は約7万平方km(日本の5分の1)ですが、西端のアブハジア共和国と中央北部の南オセチア共和国は民族独立をかかげ半独立状態。人口430万人、民族はジョージア系が80%以上、そのほかにアゼルバイジャン系、アルメニア系、ロシア系なども暮らしています。公用語はジョージア語で、トルコ語系ともイラン語系、ロシア語系とも違う語族だそうです。独自のアルファベットもあります。コーカサス3カ国の中央に位置し、両隣のアゼルバイジャン、アルメニアそしてトルコとも友好関係にあり、コーカサス観光の拠点となるなくてはならない国なのです。

ジョージアの歴史

ジョージアは世界で2番目にキリスト教を国教にした国です(ムツヘタのスヴェティ・ツホヴェリ大聖堂)

ジョージアは世界で2番目にキリスト教を国教にした国です(ムツヘタのスヴェティ・ツホヴェリ大聖堂)

紀元前には、西部にコルキス王国、東部にはイベリア(カルトリ)王国といった王朝がありました。そのイベリア王国が4世紀、アルメニアに次いで世界で2番目にキリスト教を国教とした国です。その後、ササン朝ペルシア(ゾロアスター教)やアラブ(イスラム教)に征服されますが、975年バグラト朝ジョージアが成立、再びキリスト教文化が花開きます。13世紀初頭には南コーカサス全体まで版図を拡大、ジョージアの最盛期を迎えます。しかし、そこにチンギスハーンやティムール、その後も、度重なる外敵の侵略で弱体化、16世紀には、オスマントルコやサファヴィー朝ペルシアにの領土争いに巻き込まれます。19世紀にはロシアに併合され、ソ連に引き継がれ、独立は1991年になってからのことでした。長い間周辺の異教の大国に翻弄され続けた歴史を持っています。

ジョージアの見どころ

①トビリシとその周辺

◇トビリシ

ジョージアの首都。トビリシは「温かい」の意味。5世紀の王ゴルカサリが鷹狩りに訪れた時この地に獲物のキジを追って温泉を発見。ここに建国することを思いついたとの伝説が残っています。6世紀初頭、ゴルカサリ王の遺言に従って息子ダチ王がムツヘタから遷都。その後イスラムに侵略されますが、12世紀ジョージアを再統一したバグラト王朝もクタイシからトビリシに遷都しています。帝政ロシア時代は全コーカサス経営の総督府があり、アルメニア人が多く住んでいました。ソ連時代に町が発展、一挙にジョージア化しました。

■ナリカラ要塞

今は上までロープウェイで上ることができ、夜はライトアップされます

今は上までロープウェイで上ることができ、夜はライトアップされます


ナリカラ=不落の城の意味。4〜5世紀ごろ基礎が築かれ、それ以後外敵の侵入とともに拡大。現在、ふもとに旧市街が広がっています。

■旧市街

丸い屋根のところはハマムです。右手のモスク風の建物もハマムです。

丸い屋根のところはハマムです。右手のモスク風の建物もハマムです。


ジョージア人以外にもアゼルバイジャン人、クルド人(イスラム教)、アルメニア人やユダヤ人など多⺠族が暮らす地区。モスクやシナゴーグ(ユダヤ教会)などが混在しています。そのせいかイスラム文化のハマムがこの地区にあります。大衆用(銭湯)と事前予約が必要な個室のハマムがあります。

◇ムツヘタ

山の上からみたムツヘタの街

山の上からみたムツヘタの街


トビリシの北約20㎞。2つの川の合流点にあります。キリスト教が国教になった4世紀、古代イベリア王国の都であり、ジョージア正教の総本山がありました。(その後トビリシに遷都)

■スヴェティ・ツホヴェリ大聖堂(世界遺産)

キリストが磔にされたとき着ていた外衣がこの下に埋められいるという教会内部(右)

キリストが磔にされたとき着ていた外衣がこの下に埋められいるという教会内部(右)


かつてのジョージア正教会の総本山。初代は6世紀の建築。その後修復などを重ねて今にいたっています。中の墓石は歴代ジョージア国王のもの。

■ジュヴァリ大聖堂(世界遺産)

シンプルな建物ですが、神聖な雰囲気にあふれています

シンプルな建物ですが、神聖な雰囲気にあふれています


6世紀の建築。ジュヴァリとは十字架の意味。聖人ニノがキリスト教布教のためこの地に十字架を建てたことに由来しています。

②中央北部山岳地帯

■軍用道路

現在、名前のような厳つい雰囲気はなく、ジョージア観光の目玉のひとつになっています。

現在、名前のような厳つい雰囲気はなく、ジョージア観光の目玉のひとつになっています。


トリビシから北上し、コーカサス山脈を突っ切ってウラジカフカス(ロシア領)まで伸びる約200kmの道路。古代からの道で、古代ギリシャの学者であるストラボン(紀元1世紀)によると、この道は狭くて、自然豊かな道でした。19世紀初頭グルジア(現ジョージア)を併合したロシアが、ペルシア、イギリスに対抗する南下政策の一環として物資や軍隊の輸送路として整備したため、この名があります。

■ステパンツミンダ(1,740m)

三位一体教会(ツミンダ・サメバ教会)は巨大な岩山を背景に絵になる教会です

三位一体教会(ツミンダ・サメバ教会)は巨大な岩山を背景に絵になる教会です


ソ連時代はカズベキと呼ばれていました。世界百名山にも数えられるカズベキ山(5,054m)の麓にある軍用道路のジョージア側の終点付近にある町。ソ連時代はカズベキと呼ばれていました。コーカサス山脈のトレッキングの拠点の1つになっています。町から見上げる丘の上の三位一体教会は観光&展望ポイントのひとつになっています。

③中央部・南西部

■ゴリ

係員が丁寧に説明してくれるスターリン博物館

係員が丁寧に説明してくれるスターリン博物館


トビリシから約90㎞西にある町。ソ連の第2代最高指導者スターリン(※)の生家があり、隣に建てられた博物館にその生涯が紹介されています。
※スターリン:1929~1953の間、5か年計画でソ連の工業化、集団農業化を推進、一党独裁の強力な社会主義国家を建設しました。第二次世界大戦に参戦し、ナチス・ドイツを駆逐、ソ連を戦後の超大国へと押し上げました。ただ、対立者を粛正するなどの恐怖政治のイメージもあり、評価は2分されているようです。

■バクリアニ

バクリアニと麓の町を結ぶ狭軌鉄道

バクリアニと麓の町を結ぶ狭軌鉄道


首都トビリシからクラ川を西へ約180㎞遡ったところから山に入ったところにある避暑地。ソ連時代はスキーリゾートとして有名だった村。標高1700m。現在はレトロ感ある、世界一遅いと言われる狭軌鉄道と夏の草花がツーリストを引き付けています。

■ヴァルジア

要塞として造られましたが、その後修道院として発展しました

要塞として造られましたが、その後修道院として発展しました


トルコ国境に近いクラ川の断崖にある遺跡。12世紀のジョージア最盛期、ギオルギ3世や娘のタマラ女王によって、セルジューク朝からの侵略に備えて要塞として、山を掘って作られた洞窟都市。かつては13層で600室もあったといわれています。1283年の地震で山が崩れ、隠れていた洞窟があらわになり、その全貌がわかるようになりました。中にはフレスコ画が残る巨大な修道院もあります。

④西部

■チアトゥラ洞窟教会(ムフヴィメヴィ修道院)

今は階段が設置され簡単に登れますが以前はどのようにして上ったのでしょうか?

今は階段が設置され簡単に登れますが以前はどのようにして上ったのでしょうか?


下から見上げると、崖の中腹に洞窟が開いていて、その中に教会が造られています。しかも、その入り口は教会のある洞窟の下にあり、そこから掘り抜かれたトンネルを通ってその教会にたどり着くという、一種胎内くぐりのような気分で教会を目の当たりにすることになります。
外壁に残るレリーフは、13世紀ごろのもので、レリーフにはキリストを表す「ブドウの葉や蔦」などが彫られて美しく、堂内のフレスコ画も注目です。※階段が200段あるので体力に合わせて見学ください。

■カツヒピラー

高さは40m。マンションで言うと12階建てくらいです

高さは40m。マンションで言うと12階建てくらいです


丘陵地帯の中に屹立する1本の岩峰。高さ40mあります。その上に立つ修道院。この岩峰は、長い間謎に包まれていました。20世紀に入って登山家と考古学者が研究のため登り調査した結果、2つの建物の遺構があったことがわかりました。オリジナルは4世紀に建てられたそうで高い柱の上で修業する柱頭行者シメオン(※)の流れを汲むとの説があります。

※柱頭行者(登塔者)
キリスト教における隠遁修道は4世紀頃から盛んになったそうですが、5世紀に入り、現在のシリアでシメオンという聖人が塔に登りその上で生活し苦行を行うという特異な修道の形態を始めました。人徳のある人で奇蹟も起こしたと言われ、あとに続く人もいたそうです。

◇クタイシ

トビリシの西240㎞。北側に山を背負い、南北にリオニ川が流れる静かな街並み。
7世紀後半のイスラムの侵略以後トビリシはイスラムの支配下に置かれていました。10世紀イスラム勢力の衰退に付け込んで、ここクタイシを都においていたイベリア公国の王が周辺諸国と婚姻を結んだり、侵略するこで勢力を拡大。バグラト朝ジョージア王国を建国。、12世紀の最盛期には現在のコーカサス3国に相当するまで領土を広げます。そしてクタイシは宗教、文化の中心地となりました。

■ゲラティ修道院(世界遺産)

16世紀当時のフレスコ画が圧巻です。

16世紀当時のフレスコ画が圧巻です。


クタイシから東に約11㎞、見晴らしのいい丘の上に建つ。12世紀、バグラト朝ダヴィト王が建立。中世ジョージアを再興したバグラト朝建築歴代王の墓もある、16世紀まで宗教の中心地でした。

■バグラト大聖堂

結婚式が行われる人気の教会であり続けています。

結婚式が行われる人気の教会であり続けています。


クタイシ市の北の丘の上に立ち、市街を見下ろせる美しいフォルムの教会。11世紀建⽴。オスマントルコ侵攻により半壊しました。ゲラティ修道院とともに世界遺産に登録されましたが、無断で修復したため取り消されてしまいました。

■マーケット

上からいっぱいぶら下がってるのがチュルチヘラです。

上からいっぱいぶら下がってるのがチュルチヘラです。


市内中心部にある活気あふれる庶⺠のマーケット。チュルチヘラ(クルミなどをぶどうなどの果汁の甘いシロップでくるんだジョージアのお菓子)、紅茶、スパイス、ドライフルーツ、⻘果市場などなどいつも人でにぎわっています。

⑤北西部山岳地帯

◇スワネティ地方

ジョージアの西北、標高2,000mに位置する山岳地帯。この地方は外部からの攻撃が及びにくかったため伝統的な家屋が残っています。小さな村とウシュバ山、テトヌルディ山やジョージア最高峰シハラ山(5,200m)などのコーカサスの山々が美しく、トレッキングや乗馬などが楽しめます。また、この地方には「血の掟」といわれる習慣があり、侮辱や攻撃に対して必ず報復しなければならないという掟がありました。そのため、強固に守りを固めたとりでのような塔を今でも村々で見かけます。

■メスティア(標高1,400ⅿ)

町はずれには塔の家が何軒も残っていて見学できます。

町はずれには塔の家が何軒も残っていて見学できます。


上スヴァネティの中心となる村。天候が良ければテトヌルディ山(4,974ⅿ)などが望める町で、ゲストハウス、ホテル、カフェ、レストラン、ワインショップ、ベイカリー、お土産店、売店などが揃っています。中心部(底部)にはゲストハウスが多く、大きめのホテルの多くは中心部から少し歩いたところにあります。

■ウシュグリ(標高2,100m)

正面はコーカサス最高峰シハラ山5,200m

正面はコーカサス最高峰シハラ山5,200m


上スヴァネティの最奥の村。コーカサスの山とU字谷に残る崩れそうな塔の家がフォトジェニックです。夏はハイキングや乗馬が楽しめます。