現地だより

プージェーからサインバイノー! スフバートル広場に戻りました

 
スフバートル広場に名称が戻りました
スフバートル広場に名称が戻りました


皆さんサインバイノー?
プージェーからニュースを送ります。

昨年モンゴルに来た方はご存知かと思いますが、チンギスハーン広場と呼んでいた場所があります。この夏、チンギスハーン広場からまたスフバートル広場に戻りました。

スフバートル広場はモンゴルの首都ウランバートル市の中央点となります。広場の名前はモンゴル人民革命の指導者であるスフバートルの名前です。

スフバートルについて簡単な紹介します。
スフバートルは1893年に生まれ、1923年(1921モンゴル国独立)に30歳で亡くなりました。1918-1921年度のモンゴル国独立のための戦いには優秀とされ、モンゴル国の英雄になった歴史的人物です。
1946年7月11日はモンゴル人民革命の25周年にスフバートル騎馬像を中央広場に立てました。この時からスフバートル広場と言うようになりました。
1946年から2013年まで67年間、この広場はスフバートル広場と呼ばれた来たのですが、2013年7月にチンギス広場に変更になりました。変更のきっかけは国民党から民主党への政権交代でした。

mktnews20161025_3モンゴル国は1990年に民主主義国になってから、多数の政党ができました。この中でもっとも影響のある政党は国民党(1920年創立)と民主党(1990年創立)です。
スフバートルは国民党創始者の一人で、国民党には欠かせない人物なのですが、民主党は彼を否定して広場の名前を変えたのでした。

ところが多くのモンゴル人はこのこと(チンギスハン広場への変更)をあまり良く思ってはいません。
広場の名前を変えるのは政治家の仕事ではないと私も思います。チンギスハンはもちろん国民の誰もが尊敬する最大の英雄なのですが、歴史の中で名づけられた場所は歴史のまま残して欲しいという気持ちが大きいです。

一人を否定するのはひと世代を否定しているということだと私は思っているのです。
    
おしまい