悲しき過当競争

先日、あるランドオペレーター(ホテルや車、観光など現地の手配をする会社)の方と話す機会があり、その苦労話を伺いました。このオペレーターが扱う地域は、日本から年間100万人以上が行く一大マーケット。風の旅行社が扱うマーケットは、日本人が年間数千人から数万人という程度なので、何もかもが違います。

悲しい過当競争の激安ツアー

航空会社は成田や関空からだけでも1日数十便を運航し、日本全国の各都市からも直行便が数多く飛んでいます。そんなに飛んでいればピークシーズンでも座席を確保するのに苦労は無いだろうと思うとそうでもなくそれなりに大変なんだということです。ただ、大きく違うのは、オフシーズン。座席が大量に余ってしまいます。一昨年起きた9.11米国同時テロ以降のように急激に需要が落ち込むと、人を運ぶより空気を運ぶ方が遥かに多くなってしまい、そこに出てくるのがとんでもない激安料金。往復で1万円台など、需給バランスとはいえこれは安すぎます。ツアーにいたっては2泊3日で2万円台。どうやったらこんな安いツアーが出きるのだろうと旅行業者である私たちですら首を傾げるほどです。消費者にとって安いと言うことは歓迎すべきことなのかもしれないが、どうも釈然としませんでした。
その疑問を彼にぶつけてみました。薄々聞いてはいましたが、あまりの凄さにしばらく茫然とし言葉を失いました。
「日本の旅行会社からは、ツアーの見積もり依頼はありません。電話が掛かって来るだけです。電話で言われるのは、『○○○円でやってくれ』という事だけです。断れば、『ツアー以外の団体旅行とかも発注しないけど良いのか』と言われる。それでは困るので、受けたいけど、○○○円じゃ最初からお客様一人当たり 6千円から1万円の赤字になってしまう。お客様に買い物をして戴きお土産物屋からのキックバックでこれを穴埋めするんだけど、最近の日本人の方は、買い物をしてくれません。先日は、150人の団体客で売れたのはキムチ1個だけでした。おかげで大赤字。仕方ないので、その日本の旅行会社を接待し、何とかツアーを受けないでも団体旅行などの発注をしてくれるように頼みました。断るために接待するなんてヘンですよね。でも仕方ないのです。昨年は日本の旅行会社から、こうした激安ツアーの手配を受けた会社が4社ありましたが、いずれも潰れました。だから、受けたら終わりなんです。今、日本人のツアーでは「市内観光」と言っても主な観光地は含まれていません。何故なら、観光地で入場料が掛かるところは赤字が増えるので行けないのです。バスもバス会社に頼んだら料金が高いのでお土産物屋のバスを使い、ガイドの給料は無く、お土産物屋からのキックバックやチップしか収入がないので必至になってお土産物屋に連れていくのです。よその会社の話ですが、先日なんか夜の11時にお土産物屋に連れていったガイドがいるそうです。でもこれらの激安ツアーを受けている会社は、日本の旅行会社との間でお客様からのクレームは現地は受け付けないという条件で契約しているケースが多いのです。ウチは、受けないで頑張っているんですが、全てそういう訳には行かない。本当にこんなことやっている自分は何なんだろうと自問自答しているんですよ。」

こうした話はご存知の方も多いでしょうが、改めて直に聞かされると、同業者としてとても複雑な気持ちになります。日本の旅行会社を責めても始まらない構造的な問題がありますが、旅行会社もまた、航空会社との間でオフシーズンも何とか座席を売らなければいけないノルマがあります。航空会社もその路線を維持しなければならないから、お客様がいなくても定期便を飛ばさないわけにはいかない事情もあります。赤字になっても受けざるを得ないランドオペレーターの事情もあるのでしょう。こうした事情はあるものの、そんなことをやっていたら、旅行という産業はダメになると直感してしまいます。

現在、アジアの各地でこうしたやり方がまかり通っています。日本が始めたこの激安ツアーの造成パターンが、アジア中に広がっているのです。アジアばかりではありません。日本の国内においても、激安の国内パッケージツアーは、ホテルが一泊食事付き3〜4千円でやっているそうです。あるホテルのマネージャーに聞いたら「終わってみないと利益が出るかどうかは分かりません。ただ、お客様がまったく来ないよりいいと思ってやっています。人件費が出るかどうかも分かりません。夕食の時にビールがどれだけ売れるかに掛かっているでしょうね」……なんとも情けない話です。

激安時代の風の旅行社の挑戦

事は善悪の問題ではないと思います。私たちも消費者の立場になれば、なるべく安いほうがいいと思うこともあるのですから、私が“悪いことだ”というのはおこがましいと思います。ただ、一企業として従業員を抱え、誇りを持って働けるのか、それで未来は開けるのかという疑問が湧いてきます。

旅行会社は「旅行代理店」「エージェント」などと言われます。即ち、自らは価値を生み出さず仲介手数料で食べている商売だという意味です。世の中、手数料商売は数多くあるのだからそれ自体が悪いことではありません。しかし、手数料商売的な発想でツアーをつくると「商品価値」は、ホテルや航空券の値段などをどう安く仕入れるかということになってしまいます。即ち、“正規の値段よりうちは安い”ということに価値を見出す傾向が旅行会社にはあります。しかし、手数料商売は、加速度的に無意味になりつつあります。国内線の航空券も、殆ど消費者は直接航空会社に電話やインターネットで予約し、空港で出発前に買えば安くて、しかもキャンセルしても手数料が掛からないで済みます。旅行業者の私たちですらそうしています。ホテル予約もインターネットが急激に増えています。国際航空券も近々そうなることでしょう。旅行会社は、もはや自ら価値を生み出さないと存在の意味がないという時代に入ってきました。

風の旅行社は、自分たちの商品を○○円で買ってもらうにはどうしたら良いのか、○○円で売れる価値が自分たちの商品にあるのかを考えています。一つのツアーコースのコストとして航空券代、ホテル代、食事代、車代、ガイド代といった原価を単純に加えて利益はその○%といった、そんな単純な原価積み上げ方式では、お客様からご予約は戴けません。添乗員が付かないケースが殆どの風のツアーは、現地の受入体制をどう作るのかが勝負です。これは、現地とどんな契約を紙面で結んでもそれは絵に描いた餅にしかならないからです。現地に何度も足を運び、人間関係を作り、現地の人間を育てていきます。ガイドの教育、レストランの選定とその改善などやるべきことはきりがありません。そして何よりも重要なのが、現地のスタッフの考え方を変え、誇りを持って仕事に取組めるよう姿勢を変えて行くことが最も大切です。その他に、安全上の問題などで備品や設備を整える。これらに、人と時間とお金を掛け、海外の仲間(KAZE FAMILY)と一緒に旅を作り上げていくことは苦労も多いが実に楽しい仕事です。

商売色々だから企業としては利益が残れば法に触れないかぎり何をやってもいいのですが、どうせなら自分の仕事に誇りを持ちたいものだと思います。“まだまだ不十分だが、これらの努力を一歩ずつ積み重ねて行こう”。このオペレーターの方の話を聞いていて改めて感じました。
また新しい年が始まりました。スタッフ一同、信念を忘れずに頑張って行きたいと思います。

※風・通信No14(2003年春号)より転載

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