顧客の創造

*風のメルマガ「つむじかぜ」568号より転載

時々、とんでもなく早口の人がいる。林文子横浜市長もそんな方だ。なんだか、聴いている私の方が落ちつかない。しかし、豊富な経験を原稿見ず、まるで勢いよく吹き上げる噴水のごとく、一時間連続で話し続けるその姿は、ゆるぎない自信にに満ちていた。演題は「人に寄り添うリーダーシップ~すべては共感と信頼から~」。 2/22の(一社)日本旅行業協会の経営フォーラムという会議での基調講演だ。

同氏は、2003年にBMW東京株式会社の代表取締役社長になったことで一世を風靡した。私もそのとき初めて同氏を知った。女性であるということ以上に、ホンダのセールスマンだった人が外資の、しかもあのBMWの社長になったということが注目された。

その後、ダイエーの代表取締役会長兼CEO、日産自動車株式会社の執行役員、東京日産自動車販売株式会社代表取締役社長を歴任し、2009年8月、横浜市長になった現在2期目である。民間企業のトップが首長になること自体珍しいから、私は、“何故だろう”とずっと引っかかっていた。

同氏の話は、行政という世界が如何に特殊で、民間企業、ひいては一般社会の常識が如何に通じないかを指摘し、自分がどうやって横浜市を変えてきたかという話を延々と続けた。特に珍しい話でもないと感じたが、自ら実践しているところが評論家たちとは違い重みがあった。

実は、私は、大学を出て公務員を6年間やっていた。その経験から、“公務員のモラルの高さ”こそが、日本を支えていると思っている。こんなことを書くとお叱りを受けそうだが、私は、日本の大多数の公務員は、モラルが高く仕事を忠実にこなしていると思う。

もちろん、“コスト意識もなく9時-5時ではたらく怠け者”みたいに揶揄されることはよく知っているし、のんびりした仕事ぶりを見るにつけ“公務員天国”と、私だって批判したくもなる。

しかし、考えて見てほしい。公務員の世界に業績評価も取り入れられたにしても、個人の売上実績が数字になって出るわけではない。厳しいノルマもない。殆どの公務員の日々の労働は、稼ごうという意識とは無縁の細かな事務仕事や施設の管理業務である。これを飽きずに忠実に、永続的にこなすには、かなり高いモラルが必要だ。日本とは、そういうモラルが社会全体に備わっている貴重な国である。

もちろん、民間企業ならとっくに倒産しているような無駄な税金の使い方は問題である。誰も責任を取らず先送りして、自分が職責にあるときだけ問題が噴出しないようにする輩には、厳しい対処が必要だ。しかし、それは、個々の公務員のモラルの問題にして揶揄しても何も解決しない。ずばり、経営の問題である。

林氏は、自分が培った経営的視点を行政に入れたかったのだろう。企業の経営も行政の経営も、ドラッカー曰く、その目的は「顧客の創造」である。行政にとって顧客とは、市民であり地域の企業である。林氏は役所と民間企業の関係も「共感と信頼」こそが大切だという。しかし、一般的には、癒着を恐れる行政は、市民や企業との親密な関係を避ける向きがある。それではダメだと林氏はいう。

なるほど、その通りだ。この講演を聴きながら、企業の目的は「顧客の創造」という意味をずっと考えていた。また一歩、その意味を理解できたような気がする。

★弊社代表取締役原優二の「風の向くまま、気の向くまま」は弊社メールマガジン「つむじかぜ」にて好評連載中です。


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