本物にこだわる

草原でビーチボール

弊社は1993年にモンゴルのツアーを始めました。当時のモンゴルは1992年に議会制民主主義に移行してから日が浅く、外国人観光客を迎える準備はほとんどできていませんでした。その年の夏に出たツアーでは、ウランバートルで出迎えてくれたガイドはロシア語しかできず、添乗した社員は身振り手振りで最低限の意思を伝え、観光地の説明は前夜ホテルで読んだガイドブックの知識で乗り切ったという有様でした。
当時、ロシア製の車は草原の真ん中でしばしば故障し、修理が終わるのを一時間以上待つのは当たり前でした。翌年のツアーでは、チャーターしたヘリコプターは来ないし、予約したホテルに着いたらまだ建設中だったりして、お客様もさすがに絶句しておられたと添乗から帰った社員から報告を受けました。
ですから、事前にこうした事情を丁寧に説明する必要がありました。「ロシア製のバスしかありません。故障することもしばしばあり、草原の真ん中で修理が終るまで待つことになります。そんな場合に備えて、凧やビーチボールなど草原で遊べる道具をご用意下さい。食事はモンゴル料理ですから肉料理が中心です。野菜はほとんど出ません。苦手な方はレトルト食品をお持ち下さい。ご案内した日程はあくまで予定です」とまあ、一事が万事こんな調子でした。
ただ、こうした案内が功を奏したのか、或いは初めからそんなものだと覚悟してか、お客様は車が故障する度に、これぞモンゴルとばかりに草原でビーチボールを使ってみなさんで遊んだりして車の修理が終るのを待っておられました。本当に、どんな状況にあっても旅を楽しむ心に溢れていらっしゃいました。感謝の一言です。

素のままのモンゴル

今思えば、どれをとっても大きなクレームになるようなことの連続でしたが、不思議とあまりクレームにはなりませんでした。お客様は不便さや度重なるトラブルの代償に、素のままのモンゴルの素晴らしさを実感されていたと思います。当時はウランバートルの街から車で15分も走れば「凄い!」と思わず溜息が漏れるような見事な緑の草原が広がっていました。遊牧民のゲル(モンゴル式のテント式住居)を訪問しても喜んで迎えてくれました。そして何よりもモンゴル人の素朴で包容力のある人柄がすべてを打ち消してくれていたのかもしれません。

薄まったモンゴルらしさ

その後モンゴルは、外国人、とりわけ1996年にウランバートルと関西国際空港の間に直行便が飛ぶようになってからは、日本人向けのサービスを急速に整えていきました。特に食事は、野菜をたっぷり使った日本人好みの料理が提供されるようになりましたし、車も韓国製や日本製の車が入り、故障することは少なくなりました。また、日本語学科を置く大学が増え、優秀な日本語ガイドも出てきました。それは賞賛に値することでしたが、快適になった分モンゴルらしさも次第に薄まっていきました。食事が改善されてからは、逆に「もっとモンゴル料理を食べたかった」とアンケートでご指摘を受けるようになったのもその一例かもしれません。

自覚的に本物を守る

モンゴルは、ここ10年で急速な経済発展を遂げました。ウランバートルの人口は倍以上に膨れ上がり100万人を超えました。なんと、全人口の半数近くがウランバートルに集中しています。遊牧民は今や30万人ほどしかいません。遊牧文化そのものが失われてきているのです。また、「観光ズレ」という現象がいたるところで見られるようになってきました。もう数年前になりますが、奥カラコルムのコースで乗馬中に訪れる草原にある泉に、いつの間にやら門が出来ていて入場料を取られたのには驚きました。最近は遊牧民を訪問してお金を要求されるケースも出てきています。
しかし、こうした現象は日本も含めどこでも見受けられます。これでもうモンゴルがだめになったということではありません。むしろ自身のアイデンティティーそのものを見つめなおし、自国の遊牧文化、習慣、生活を誇りに思い、大切にし守っていこうという意志が生まれてくれば必ず良い方向に向かうはずです。
素のままではいつかは崩れます。自覚的に守ってこそ本物は未来に受け継がれていきます。モンゴルの直営キャンプ「ほしのいえ」と「そらのいえ」は、まさに私たちの挑戦でもあります。

本物にこだわる

私たちは、本物にこだわってツアーを作っています。しかし時々、本物とは何だろうかと私たち自身考え悩みます。素のままの本当に素朴な世界だけが本物でそれだけが価値があるかというと、決してそうではないと感じるときもあります。
モンゴル人は素晴らしい遊牧民の文化をもち歴史を持っています。それを抽出してたった8日間ほどのツアーに仕立てるのが私たちの仕事です。モンゴルの素晴らしさを知っていただくのが私達の役割です。モンゴルに限らず弊社が取り扱うすべての国、地域で同じことが言えます。そのためには、素のままだけではなくその国のアイデンティティーそのものを見つめなおし、本物って何だろうといつも考えながらツアーを作っていくことが大切だと感じます。

※風通信No38(2009年10月発行)より転載

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